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最強悪役令嬢のティーサロンにようこそ!  作者: くまだ乙夜


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14/40

大型獣の襲撃


 婚約を破棄され、学園を退学した悪役令嬢のヴィオレッタ。


 このままでは社交界に居場所がなくなってしまい、結婚も危うくなる。

 そう考えた彼女は、自宅の一部を改装して、ティーサロンを開くことにした。


 そして迎えたティーサロンの開催日。


 ヴィオレッタは大きな部屋の真ん中で、ぽつりと独り言をもらす。


「お客様が来ないわ……」


 つい先週までお客様で満員だったティーサロンだが、すっかり閑古鳥が鳴いている。それというのも、先週、先々週までは王城でお客様の呼び込みをしていたのだ。


 王城にフリーパスで入れるチートアイテムを、攻略対象からうっかり預かっていたがゆえにできたことだった。


 返却してしまったので、お客の入りもまたもとに戻った。


 もちろん、暇つぶしは全部やった。ティーカップはすべてきれいに洗って磨いたし、床も机もぴかぴかだ。


 掃除するところがなくなって、ヴィオレッタはつぶやいた。


「……通りの掃除でもしようかしら……」


 ヴィオレッタはほうきを片手に、屋敷の前にある大通りへふらふらと繰り出した。


「ああ、いい天気……」


 日差しが気持ちいい。そんなことを思いながらのんきにほうきを動かしていたら、曲がり角から人がやってきた。


 ギクリとした顏で立ち止まったのは、もと同級生の騎士見習い、ティグレだった。


「ち、違う、これは、たまたま通りがかって」


 何が違うのか、ヴィオレッタには不明だが、どうもティグレは後ろめたいらしい。


「ヴィオレッタ嬢の様子を見にきたとか、そういうわけではないんだ。本当にたまたま、用事があって」


 ――なんて分かりやすいストーカーカミングアウト!


 彼は前回、ヴィオレッタがついうっかり高パラメータで悪気なくオトしてしまった攻略対象。


 もう会わない、会いに来ないでと言い渡されていたのにも関わらず、つい来てしまったのだろう。


 言い訳がヘタクソすぎて、ヴィオレッタは逆に怒る気力を削がれてしまった。


 ティグレはユヅキの逆ハーメンバー。あまり仲良くしすぎると彼女が怖い。


 しかし、あわあわとうろたえているティグレは可愛かった。


 ――お茶の一杯くらいなら、別に問題ないわよね。


「……そう。お時間あるようでしたら、一杯いかが? お客様が誰もいらっしゃらなくて、暇なの」

「いいのか!?」


 ネコ科を思わせる大きな釣り目を見開いて、照れている表情もまた可愛らしい。


 なんとなくヴィオレッタは、昔飼っていたペットのことを思い出した。とても人懐っこくて美人な女の子で、釣り目の感じが少しティグレに似ていた。


 ヴィオレッタの家のごはんが気に入らなかったのか、それとも発情期だったのか、原因は不明だが、突然大暴れして脱走してしまい、もう五年になる。


 ――きっともう生きてないわよね。


 悲しい気持ちになったとき、遠くで狼の遠吠えが聞こえた。


「まあ、いやだ。また魔物が出たのかしら?」

「まだ捕まってないらしいな」


 近ごろ王都を騒がせている魔獣の襲撃事件。


 ヴィオレッタが聞いたところによると、貴族の邸宅ばかりを狙って、大型獣が突っ込んでくるのだそうだ。


 狼の遠吠えは断続的に聞こえてくる。


「なんか……だんだんこっちに来てない……?」


 ずしん、ずしん、と鳴り響くのは、足音だろうか。


 魔獣は高速で移動しているのか、どんどんその音も大きくなる。


「……ヴィオレッタ嬢。念のため、早く建物の中に」


 今でははっきりと、クマやクジラに似た雄たけびが、超音波となってあたりの邸宅を震わせているのも感じられた。


「でも、もしうちに来るようなら、わたくしが退治しないと……!」


 ヴィオレッタが覚悟を決めて、ぐっとほうきの柄を握った瞬間。


 耳をつんざくような大絶叫と、超音波の衝撃波がティグレとヴィオレッタを直撃した。


「くうっ……!」


 吹き飛ばされないように身構えたヴィオレッタの足元に、超巨大な毛玉が一瞬で着地した。


 ――お……大きい……!


 それはそれは大きい体躯の、不思議な色に輝く毛皮を身にまとった魔獣だった。犬ともクマともつかない何者かの、真っ黒に濡れた瞳がヴィオレッタを捉える。


 ティグレが腰の剣に手をかけた。

 しかし、間に合いそうにない。


 ヴィオレッタがほうきの柄で魔獣の目を突こうと構えたとき、魔獣はすばやく足下に転がった。


 ――キャウウウン! キャウウウウウン!


 甲高い悲鳴をあげて、おなかを見せ、あたりをゴロゴロと転げまわる大型獣。


「な……なに?」

「まさか、ヴィオレッタ嬢が仕留めたのか?」

「違いますわ、まだ何もしておりません!」


 ――キャウウウン!


 あいかわらず鳴き声は大きすぎて超音波じみているが、なんとなく、降参をしているように見えないでもない。


 おなかを見せてくねくねと動きながら横たわる姿は、媚びているときの犬そっくりだ。


 ――キャフウウウウン!!


 甲高い声で鳴きながら通りを転げまわる超巨大な犬(?)のおかげで、往来の人たちが悲鳴をあげながら逃げていく。


「ちょっと、やめなさい! 近所迷惑でしょ!」


 ヴィオレッタが思わず叱ると、犬(?)は命令を理解したのか、すばやく身体を起こして、伏せの姿勢になった。


 しっぽを振りちぎって伏せている姿は、まるで主人への忠誠心をアピールしているかのよう。


 ――ご主人、ご命令を!


 そんな声が聞こえてきそうだ。


「……知り合いか? ヴィオレッタ嬢」

「まさか! 魔獣の知り合いなんていませんわ!」


 犬(?)はその会話を耳にしたのか、ショックを受けたようにまた甲高く鳴いて、両前足を目に当て、泣き真似をした。芸達者な犬(?)だ。


 ――キュウウウン、キュウウウウン!


 さかんに鳴きながら、犬(?)が前足でガリガリと石畳を引っかく。


 スレートはズタズタになり、生々しい爪痕が残された。


「ちょっと! 人んちの庭になにをするんです……の……?」


 犬(?)は、石畳に意味のある言葉を刻んでいた。


 サルヴェソルベ王国の文字で、しっかりと書いてある。


 ――ラジエル、と。


 そしてその名前こそは、ヴィオレッタの家から五年前に脱走した、ペットの女の子の名前だった。


「ラ……ラジエル!? あなた、ラジエルなんですの!?」

「クウウウウウン!!」


 大感激しながら飛びついてきた大型獣にヴィオレッタはひっくり返され、ほっぺをべろべろと舐め回されることになった。


「ラジエル! 無事だったんですのね!? まあまあ大きくなって……! 十倍……いえ、二十倍? とにかく、無事でよかったわ!」


 当時から猫にしてはちょっと大きいな、山猫の新種かな? ノルウェージャンフォレストキャットとかもすごく大きくなるって言うもんね、とは思っていたが、まさか魔獣だったとは。


 感激の再会を果たしたラジエルとヴィオレッタを、ティグレはあっけに取られて眺めていたが、ふとラジエルの首筋のあたりに近寄っていって、ごそりと毛をかきわけた。


「こいつ、首輪してるぞ」

「あら、本当」


 しめ縄かと思うような、長い長い綱でできた大きな首輪に、タグがついている。


 ヴィオレッタはタグに書かれた名前を見て、また驚いた。


「……トロピコ、アランジャータ伯爵……って、トロピコ様!?」


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