決闘
――わ、わたくしの夢は、サロンを細々と経営しながら、適当なおうちにお嫁にいくことだったのに~!
サロンの開店時間は近づいている。
すでに貴婦人たちの馬車が一つ、また一つと姿を現し始めた。
放っておけばすぐに大渋滞になってしまうだろう。
――どうしよう、どうしよう!
勝負をせずに『騎士勲章』を受け取る、という選択肢はない。
まずユヅキが許さないだろう。
――仕方がないわ。剣術が使えることは伏せておきたかったけれど、こうなったら勝つしかない。
ヴィオレッタはティグレの手袋を拾い上げて、門越しに彼に突き付けた。
「……わたくしが勝ったら、改めて勲章はお返しいたしますけれど、よろしいかしら?」
ティグレは盛大に顔をしかめ、ヴィオレッタから乱暴に手袋を受け取った。
「俺が勝つ」
「よくってよ。ところで、皆さん、往来の邪魔ですから、庭の稽古場に移動していただけません?」
ヴィオレッタは使用人に正門の解放と人の誘導を任せて、さっさと着替えにいくことにした。
スカートで戦ってもまず負けることはないだろうが、今回は派手に動きたかったのだ。
***
乗馬用のジャケットと長ズボン、ロングブーツを身に着け、フルフェイスのヘルメットと簡単な鉄の胸当てを装備して戻ると、すでに会場は人でいっぱいだった。
床に赤いラインが引いてあり、そこが試合のリングとなっている。
ヴィオレッタはティグレと向かい合って立った。
――わたくしが負けることはないでしょうけど……
ティグレのパラメータをチェック。
剣術231。
以前より少し上がっている。しかしまだヴィオレッタに余裕で軍配が上がる。
しかし、あまり実力に差があることを周囲に知られるのも面倒だ。
できれば、ティグレが手加減しすぎて足下をすくわれたんだろう、と周囲が思うくらいの接戦を演じなければと決意を固めたところで、試合開始の合図があった。
開幕からティグレが全力で突っ込んでくる。
ヴィオレッタは軽くはじき返したあと、ハッとした。
――ダメじゃん! 軽く弾いちゃ!
二秒ぐらい遅れて、大げさに手がしびれたような演技をした。
「いったぁ……ちょっと、ティグレ様、馬鹿力なんですからもう少し遠慮してくださいませんこと!?」
「何を言っている? ヴィオレッタ嬢の力はそんなものではないだろう!」
「ティグレ様、ヴィオレッタさんに怪我させちゃダメ!」
横合いから飛んできたのはユヅキの声だ。
「アルテス殿下、ティグレ様を止めて! ヴィオレッタさんが大けがしちゃう!」
――ナイスフォロー!
ヴィオレッタは心の中で喝采を送った。
さすがは実力だけで学園の頂点にのし上がった女。どう立ち回れば自分の逆ハーレムを死守できるか、よく分かっている。
ユヅキにせっつかれて、アルテスはおのれの腹心に短く命じた。
「加減してあげなよ、ティグレ」
「しかし彼女は本当に強くて――!」
「ティグレ」
ティグレは何か言いたそうに口をパクパクしていたが、もともとアルテスの命令には絶対服従する性格。
やがて諦め、剣を掲げて恭順の意を示した。
「……承知」
――やったわ!
重要なのは周囲に『ティグレは手加減をしている』と思われることだ。
こうなればしめたものである。
ヴィオレッタはしばらくティグレの猛攻を一生懸命避けることに専念した。
一撃ごとにつらそうな演技も欠かさない。
「くぅっ……! なんて重い攻撃なの……!」
だんだん周囲の見る目も変わってきた。
『これ、ティグレが一方的にご令嬢をイジメてない?』というような、冷めた空気があたりを支配する。
「ヴィオレッタ嬢、遊ぶのはよせ! あなたの実力はそんなものじゃなかっただろう!」
ティグレが焦って怒鳴り散らしているが、知ったことではない。
ヴィオレッタはティグレの猛攻に追い詰められ、ボロボロになっていった。
――こんなところね。
フェイントをいくつかまいて、ティグレの勇み足を誘ったところで、ヴィオレッタはほとんど転びそうになりながら、ガンと強く彼の胴体中央を突いた。
中央に赤いインクがつき、審判が勝負があったことを高らかに宣言する。
「はぁ……はぁ……なんとか勝ったわ……」
適当なことを言いながらヘルメットを脱ぎ、汗をぬぐうふりをする。
ティグレは信じられないような顔で自分の鉄の胸当てを見つめていたが、やがてヴィオレッタをにらみつけた。
「やり直しを要求する! なんだ、あの試合は! あなたは手加減をして、俺の剣術の腕前まで愚弄するつもりなのか!」
――おっと、まずいわ。
ヴィオレッタは目をうるうるさせ、必要以上に傷ついたような顔をした。
「そんな……! ティグレ様はとても強敵でしたもの! そんな余裕全然ありませんでしたわ!!」
それからヴィオレッタは床に足をついている彼に手を貸すふりをして、ぐっと身を乗り出し、誰にも聞こえない声で言った。
「ちょっと! わたくし、嫁入り先がなくなるから剣術は披露したくないって申し上げましたでしょ! 何をしてくれてますの!?」
「知るか! お前が先に俺の誇りを踏みにじったんだ!」
――ダメだこりゃ。
ヴィオレッタは瞬時に彼の説得を諦めた。
こうなったら何かいいこと言ってる風の発言で周囲を扇動し、ティグレにも無理やり納得させるしかない。
ヴィオレッタは立ち上がらせたティグレの手をしっかりつかんで、硬く握手をした。
ついでに態度もコロッと変えて、さも感動した、という風に言う。
「――いい試合でしたわ、ティグレ様!」
「俺はやり直しを要求すると――」
「わたくしなんかがティグレ様から一本取れたのも、きっとティグレ様がお上手だからね! わたくしの力量のギリギリを見極めて試合をしてくださったんですわ! きっと!」
もはやティグレには一言もしゃべらせない心づもりだ。
「わたくしの勝ちはたまたまですわ! ですからその勲章はわたくしにふさわしくありません! ゴミだと申し上げたのはお詫びいたしますが、失言をするのは人間としてまだまだ未熟な証拠! わたくしは勲章の重さに見合う人間ではないと存じます!」
ここまで言い切ってしまうと、ティグレはまた反論しようとした。
「あなたがそれに見合わないのなら、あなたに負けた俺にも見合わんということになる」
「では、この勲章はもっとふさわしい方に差し上げてくださいまし」
ヴィオレッタはアルテスを見た。
それから、ユヅキに微笑みかけた。
冤罪をかぶせられた遺恨はなんとか押し隠し、ヴィオレッタはふたりを眩しく見つめ、静かに言う。
「わたくしには、その勲章は似合いませんわ。あなたが忠誠心を捧げるべき方はもっと別にいらっしゃるでしょう? どうか、その勲章はその方に差し上げて」
そしてヴィオレッタはポケットからハンカチを取り出し、うまいこと顏が隠れるようにした。
「どうかわたくしの代わりに、あなたの主人を守ってさしあげてね。わたくしにはもう、できないことだから……」
ヴィオレッタが涙に声をつまらせながらそう言ったとき、周囲から同情ともつかないため息が聞こえてきた。
そのまま泣き真似を続けること数十秒。
ティグレはまだ納得がいかないという顔をしていたが、やがて非常に不承不承ながらも、うなずいた。
「……俺は勝負に負けた。あなたの意思を尊重しよう」
――勝ったわ!
試合にも勝ち、駆け引きにも勝った。
なんとかヴィオレッタの決闘騒ぎは無事収束しそうだった。




