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シナリオ通りに退場です


 貴族が通う『王立パルフェ学園』。

 その寄宿学校の大ホールには、現在、全校生徒が集結していた。


 中央にいるのは眉目秀麗な金髪碧眼の王子と、ピンク色のミディアムボブ娘。

 それと、シルバーグレーの頭髪にすみれの花を挿している、すみれの瞳の公爵令嬢だ。


「私はヴィオレッタとの婚約を破棄する!」


 王子の宣言が響き渡った。

 公爵令嬢のヴィオレッタは、もはや諦めきっていたので、軽く返事をした。


「あ、はい」


 王子はその返事を聞いていきり立った。


「『あ、はい』だって? ふざけているのかな? 君は」

「立場を分かっているの? 君は断罪されてるんだよ!」


 王子に同調したのは陽気なかわいい年下の伯爵、トロピコだ。

 ヴィオレッタは恐れ入ったように目を伏せながら、内心でまったく違うことを考えていた。


 ――もう、名前からしてふざけているわよね。


 トロピコ。『熱帯』という意味の言葉が語源に違いない。

 ちなみにヴィオレッタは『すみれ』。


 王子様のご尊名はアルテスと言い、こちらは『王子』というような意味だった気がする。気がするというのは、ヴィオレッタもいちいち覚えていないからだ。


 由来も国籍もバラバラのネーミングは、ここがゲームの世界だからに他ならない。

 そしてヴィオレッタは、子どものころに前世の記憶を取り戻し、世界の真実を知ってしまった。


「……断罪とはおっしゃいますけれど、わたくしは何の罪を犯したのでしたっけ?」


 ヴィオレッタが内心でうんざりしながら聞く。

 すると、王子・アルテスは甘めの正統派プリンス顏に怒気を浮かべてみせた。


 ――あーあ。美形が台無し。


 ヴィオレッタがアルテスのうるわしいお顏に惚れていたのも今は昔だ。

 幼いころに記憶を取り戻して以来、度重なる失礼な発言に、熱はとっくに冷めている。

 前世でも一推し、今世でも一推しの最愛キャラだっただけに、冷たい目を向けられるのも最初はさびしかったが、すっかり慣れた。


「まだしらばっくれるのか? 仕方がないな、もう一度説明してあげよう。今度こそ、言い逃れができないようにね」


 アルテスは懐から小瓶を出した。

 アルテスが言うには、それが重要な証拠品なのだそうだ。


「これは、君が頭からかぶろうとしていた硫酸だ」

「死んじゃう!」


 よりによってなぜ硫酸なのだと思い、つい突っ込んでしまったが、アルテスはそのおかしさに気づかないらしい。彼はとがめるように顔をしかめた。


「何か言ったかい?」

「いえ……それで、わたくしが硫酸をかぶって、どうするつもりだというお話でしたっけ?」


 ヴィオレッタが一応は話を聞く姿勢を見せると、彼はますます語気を強めた。


「しらばっくれないで。その罪を人になすりつけようとしていたじゃないか」

「だから死んじゃいますって!」


 アルテスが『こいつは何を喚いているのだ』という顔になったので、ヴィオレッタはついむきになって、言い募る。


「ですから、おかしいですわよね!? 女性が嫌がらせでライバルにかける液体といえば普通は水とかインクとかショコラとか、とにかく日用品ではありませんこと!? なんでたかが嫌がらせに硫酸!? 命がけではございませんか!」

「重度のけがを負わせたという罪悪感を彼女に植え付けようとしていたんだろう? 許されることではないよ」


 王子がかたわらにいた美しい少女に向けて甘い笑みを見せる。

 彼女――ユヅキは、このゲームにおけるヒロインだ。


 そばでやりとりを見守っていた取り巻きのひとり、騎士見習いのティグレが、憤慨したように声をあげた。


「お前の悪辣さには言葉もない」

「やめてティグレ様、私が全部悪いの。私がアルテス様に恋をしたから……」

「ユヅキ……こんな女をかばうとは、お前はなんて……」


 勝手にふたりの世界を作っているユヅキとティグレに、ヴィオレッタはもはやかける言葉もなかった。


 ――この人たち、本当にわたくしの話ちっとも聞かないのよね……


 そんなことはしていないと訴えること数十回。

 その硫酸もヴィオレッタの持ち物ではないと訴えたのも数えきれないほど。


 やっていない事件を捏造するからには何かの証拠があるのか、せめて誰か目撃者はいるのかと問えば、ユヅキが証人だと言う。


 ――ゲームの強制力、おそるべし……


 どうもゲームにはシナリオ本来の状態に戻ろうとする力が強力に働くらしく、これまでにもおかしなことが山ほど起きたが、みんなユヅキの言うことを盲目的に信じてしまい、ヴィオレッタの意見は少しも通らなかった。


 途中でヴィオレッタはおかしいと思い、変なツッコミを入れたり、シナリオから大きく逸脱するような突飛な行動を仕掛けてみたりと努力を続けたのだが、すべては徒労に終わった。


「ところでアルテス様、少しお尋ねしてもよろしい?」

「なんだい?」

「硫酸を頭からかぶったら、人はどうなるかご存じ?」


 アルテス王子は、馬鹿にするなという顏でフンと鼻を鳴らした。


「顏の皮膚が溶けただれるだろうね」

「それ! おかしいとお思いになりませんの!? 仮にわたくしがユヅキ様をお恨み申し上げていたとして、自分の顏を溶けただれさすほどの恨みってどれほどですの!? そこまで憎んでませんわよ! たかだか好きでもない男を取られたくらいで!」


 そう、ユヅキのことはもちろん憎く思っていたヴィオレッタである。


 しかし、途中から茶番が過ぎるので、すっかりアルテスへの気持ちも冷めてしまった。

 恋が醒めてしまえば、ユヅキへの恨みもどうでもいい。


 今では『そうですか、ふたりでどうぞご勝手に』とさえ思っている。


 しかしアルテスには少しもヴィオレッタの気持ちが届かない。

 このときの彼も、不快そうに眉をしかめた。


「君……まさか、この硫酸で、ユヅキを狙うつもりだったのか……?」

「自分で硫酸をかぶると見せかけて、どさくさに紛れて止めに入ったユヅキを傷つけるつもりだったんだろう!」

「なんて恐ろしい……」

「やはり彼女は王妃にふさわしくない……!」

「全部丸ごと言いがかり! いえーい!」


 王子はふたたび眉をひそめた。


「『いえーい』とは何事なのかな? 君には反省の色が見えないようだね」

「やっぱり冤罪いえーい!!!!」


 このように、何を言っても悪いのはヴィオレッタ、ユヅキは被害者、という見方がすでに出来上がってしまっている。


 どれほどふざけた言動で彼らを煽り、シナリオを破ろうとしてみても成功率ゼロなので、ヴィオレッタはすっかりやさぐれていた。


 ――もういいわ……終わらせましょう。


 幸い、ゲームはヴィオレッタが婚約を破棄されて、泣きながら学園を去るところで終わっている。その後、ヴィオレッタの消息がゲーム内で描かれることはない。


 ――この学園を出れば、わたくしも自由の身になれるはずだわ。


「ひ……ひどいですわ。あんまりですわ……」


 うっすらと浮かべる涙はただの演技だ。必死に息を詰め、目を見開いて乾燥させ、涙を流そうと一応は努力する。

 しかし、茶番に二年も青春を浪費させられたせいか、涙も枯れ果ててしまい、うまく出てこなかった。


 ヴィオレッタは笑いそうになるのをこらえながら、それでもなんとか口上を述べる。


「もう勝手になさればよろしいのですわ! わたくしはもうたくさん! アルテス様との婚約はわたくしの方からもお断りさせていただきます!」


 半泣きで教室を去ったことにより、ヴィオレッタの役割は終わったのだった。


 このゲーム、『王立パルフェ学園』の全シナリオを終了させたのである。


***


 婚約破棄騒動から一夜あけて、次の日の早朝。


 ――最後まで、本当にシナリオ通りだったわね。


 ヴィオレッタは荷物をまとめて学園を去る馬車の中で、そんな風に回想した。


『王立パルフェ学園』は、異世界ファンタジー風の全寮制学園を舞台にした乙女ゲーのタイトル、およびその舞台となる学園の名称だ。

 プレイヤーは主人公の『ユヅキ』となり、特待生として学園に入学する。

 パルフェ学園に通えるのは貴族だけで、その中でも特に魔法の力が強いものだけが入学資格を得るのだが、ユヅキは平民。しかし特別な魔力を持つことで、王の認可を受けて特別に入学することになった。


 ゲームをプレイする三年間を通してさまざまなイケメンと仲良くなり、最後の卒業パーティで告白されたらゲームクリアだ。


 公爵令嬢・ヴィオレッタはゲーム内で、ユヅキのライバルとして登場する。

 ユヅキが、攻略対象の王子アルテスと仲良くなろうとして、一定以上のイベントをこなすと、ある日、手袋を投げつけてくるのだ。


 ――わたくしとあなたはもうお友達なんかじゃないわ! これからは容赦しませんことよ!


 ヴィオレッタはユヅキと張り合い、テストの点や裁縫の成果物、ダンスレッスンなどでなにかと順位を競う。


 ユヅキがそれらの勝負に一定数勝利すると、学園の中に『ヴィオレッタよりもユヅキのほうが王妃にふさわしいのではないか』といううわさが立つようになるのだ。


 すると、ヴィオレッタは思い詰めて凶行に及んでしまうのである。


 ヴィオレッタの住むここ、『サルヴェソルベ』王国には古いしきたりがあり、王妃となる女性にはいくつかの条件が必要とされる。


 その条件のひとつに、『王妃は手や顏に、目立った大きな傷があってはならない』というのがあった。


 そう、腕や足の一部に傷をつけてしまえば、もうユヅキは王妃になれない。


 そこでヴィオレッタは、学校行事の儀式に使う聖水の中身をこっそりと硫酸に入れ替えた。

 儀式の聖水は通常、指先を少し濡らすだけだと知っていたから。


 ところがアルテスが、挙動不審なヴィオレッタを怪しんだ。ユヅキの聖水をアルテスがみずから使おうとしたことでヴィオレッタが自供、悪事が発覚。


 ヴィオレッタがいかに高貴なご令嬢であってもこれは立派な傷害未遂事件だということで騒ぎになり、アルテスは愛想をつかして婚約を破棄。


 かくしてフリーになったアルテスはユヅキと結ばれるのであった。


 ――まさか、一切やっていない事件の犯人に仕立て上げられるとは思っていなかったわ。


 ヴィオレッタはゲーム知識で未来を知ってしまったので、ユヅキの聖水に硫酸を仕掛けたりはしなかった。


 というよりも、仲良くなろうとしてたくさん努力をした。

 しかしそのことごとくが失敗。


 ランチを一緒にとりましょうと誘えば『格差を見せつけて恥をかかせた』と人でなし扱いされ、ご機嫌取りでユヅキの秀麗さを褒めたたえれば『嫌味を言ってイジメていた』と言われ、何もかもが裏目に出る始末。


 ――でもまあ、いいわ。終わったんだものね。


 ゲームのシナリオは今日でおしまい。晴れてヴィオレッタは自由の身になった。


 ――ここから先はどうなるのかしら?


 傷害未遂事件の娘ということで、社交界の評判はガタ落ち、まずまともな縁談は望めない。となれば、何かで身を立てなければならない。


 ヴィオレッタは万が一のことを考えて、いろいろと準備をしていた。


 ――ひとまずお屋敷に戻って……


 ヴィオレッタはふるふると震える。


 ――……お祝いしたいわ!!


 それは、喜びの武者震いだった。


 学園生活はこれで終わり。

 しかし、ヴィオレッタの真の人生はここから始まるのだ。


 ――せっかくの人生なのだから、楽しまなくちゃ!


 すでにヴィオレッタの心の中はさまざまな計画で占められていた。


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