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3、こちら恋愛初心者、そうして恋に落ちました。前編

 明日に休日を控えて、最後の授業を終えた教室では生徒たちが開放感に溢れていた。友達と寄り道する話をしたり、部活に向かったりとそれぞれが楽しそうな空気を出している。


 由良もリュックを背負って、達樹の元に向かう。二人は廊下に出ると階段を下っていく。


「明日は予定あるか?」


「ううん。特にはないけど」


「それなら、家に来ないか?」


 達樹は前を向いたままそう言った。一緒に近場に出かけたことは何度もあるが、家に誘われたのはこれが始めてだ。大したことじゃないはずなのに心臓が早鐘を打ち出し、顔が熱くなる。けれど緊張しているのは彼も同じだったようで、口元にいつもより力が入っていた。


「うん。行きたいな」


「そうか……っ」


 声が上ずりそうになるのを抑えて答えると、達樹が安心したように顔を向けてきた。口端が上がっていて、どきりとする。一瞬だけ浮かべられた笑みはすぐに消えてしまったけれど、由良の脳裏にはしっかりと焼き付いた。どうしよう。今、すごく好きだなぁって思っちゃった。


「どうした? 顔、赤いぞ」


「う、ううん。なんでもないよ」


 今度はこちらが目を逸らす番だ。自分でもわかってしまうほど顔が火照っている。恥ずかしくて、照れくさくて、目が合わせられない。幸いにも達樹は動揺している由良に怪訝そうな表情はしても、深くは追求してこなかった。もしかしたら、わかっていてそうしてくれたのかもしれないけど。


 校舎を出ると、周りでも下校している生徒が多かった。中には恋人らしく手を繋いでいる男女もいて、つい目で追いかけてしまう。いいなぁ、なんて羨ましく感じていたら、由良の手に触れるものがあった。驚いて見下ろすと、達樹の手が優しく絡んでいた。自分と比べると太く骨ばった手首を辿るように視線を上げていくと、眼鏡をかけた彼の真面目な横顔がある。けれど、その耳だけは真っ赤になっていた。


 嬉しくてはにかんでしまう。それを隠すように今度は足元に視線を落とすと、握られた手にきゅっと力が込められた。




 翌日はあいにくの雨だった。由良は傘を手にバスに乗ると、達樹に指定されたバス停まで向かう。


 休日は人も少ないので、のんびりと景色を楽しめる余裕がある。生まれた時から住んでいる町でも、バスの中から見ると違う風景に見えた。いつも通る道からはずれて、ほとんど向かったことのない道に進んで行く。風景が変わるだけで、別の町に来たような気分になった。

 

 バスが次々と目的地を告げる中、由良も達樹に言われた場所でボタンを押す。降りていく乗客に続いて下車すると、停留所の前で達樹が待っていてくれた。いつから居たのだろう。ズボンの裾が水を含んで色を変えている。


「ごめんね、待たせちゃったかな?」


「いや、時間通りだ。ここからオレの家まで五分もかからない」


「そうなんだ。案内よろしくね」


 待っていたなんて一言も言わず、達樹が傘を傾けてくれる。由良は少し恥ずかしさを感じながらも、中に入れてもらう。いつもより距離が近くて、鼓動も高鳴る。もう何度、こうして隣を歩いただろうか。今はまだ慣れないけど、由良は達樹と恋人らしいことが似合うようになりたかった。


「雨、だね」


「雨だな」


「わたし、お菓子持って来たよ」


「オレも買った」


「そっか」


「あぁ」


 ぎこちない会話をして、視線が合うと二人で照れる。そんな細やかなやり取りに心に花が咲く。達樹くらい恰好良ければ過去に彼女くらい居ただろうに、彼の慣れない様子も由良には好ましく見えた。


「ここがオレの家」


 達樹が指さしたのは一軒の家だった。家の脇に車庫があり、簡素な門もある。門を通ると左側には庭があり、手作りの小さなハウスが見えた。達樹の母は家庭菜園が趣味のようだ。


「今、親と妹は居ないからのんびりすればいい」


 それは別の意味で緊張しそうだ。けれど、達樹は下心のない顔をしていて、一瞬疑ったことを由良は恥ずかしくなった。真面目な彼に限ってそんなことあるはずがない。


 玄関を通されて、二階に上ると、一番右端の部屋で達樹が足を止めた。ドアが開かれて手招かれる。勉強机と小さな本棚。奥にはベットがあり、カーペットの引かれた床にはローテーブルが置かれていた。ベットの横にクッションが三つ寄せられている。


 随分と綺麗な部屋だ。達樹の性格を考えると特別掃除をしなくても普段からこうなのかもしれない。由良は自分の雑然とした部屋を思い出して、少し落ち込む。彼氏に女子力が負けてる気がする。


「ほら、クッション」


「ありがとう。ふわふわだね」


 丸いクッションを一つ貰うと下に敷いて座った。達樹が正面に座る。テーブルの上にはペットボトルの麦茶とお菓子が用意されていた。


「達樹君は普段の休日は何してるの?」


「本読んだり、外に出たりしてるな」


「この間借りたのはもう読んじゃった?」


「後少しだな。由良は?」


「一冊は読み終わったよ。もう一冊は途中なの」


 達樹の選んだ本に比べれば文字が圧倒的に少ないので、あまり読書しない由良でも楽々読みきれた。切ない恋愛ストーリーに思わず感情移入してティッシュボックスを引き寄せたくらいだ。


「オレは読んだことがないんだが、恋愛小説って面白いのか?」


「面白いよ。純愛から片想いの切ない小説もあるし、作者によって書き方が違うから飽きないし。でも、漫画の方が時間はかからないかもね」


「漫画か……オレも読んでみようか」


「え?」


「いや、勉強しておこうかと。オレ、由良に喜んでもらえる方法がわからなかったんだ。デートって言っても、家くらいしか思いつかなかった。恋愛小説とか漫画を読めば参考になるかもしれない」


「あははっ、そんなこと気にしなくていいよ。今日誘ってもらってすごく嬉しかった。私って恋愛初心者だからこういうことはあんまり慣れてないけど、達樹君と二人でゆっくり形を作っていきたい」


「そうか。由良がそれでいいなら、オレもそうしたい」


 達樹の肩からほっとしたように力が抜ける。いろいろと考えてくれていたんだと思うと、心が温かくなった。お互いに緊張していたのを隠していたのがわかっただけで、気が抜けてリラックス出来る。柔らかな空気を心地良く思っていると、玄関のドアが開閉する音がした。


「ただいまー」


 女の子の声が部屋のドア越しに籠って聞こえた。達樹の妹が帰って来たのだろう。それが予想外だったのか、無表情に焦りを滲ませて彼が立ち上がる。


「悪い。ちょっと待ってて」


 急ぎ足でそのまま部屋を出て行く。由良が来ることを言っていなかったのかもしれない。挨拶しようと思って、由良は身だしなみを整える。スカートの裾を手で直して、髪を手櫛ですいて撫でつけた。緊張しながら、達樹が戻ってくるのを待っていると、バタバタと足音が聞こえて来た。





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