2、こちら恋愛初心者、まさかの告白をされました。後編
図書館に入ると、暖房のおかげで寒さが和らいだ。静かな音楽が流れる図書館内では、様々な年齢の人がいた。大学生くらいの男の人が机について、ノートに何かを書き写していたり、母と同い年くらいの人がガーデニングと書かれたコーナーで立ち読みをしている。おじいさんが新聞を開いていれば、児童図書を取り出している小学生くらいの女の子もいた。
「オレはあっち側にいるから」
「あ、うん。じゃあ、私も見てくるね」
大判の小説コーナーを達樹が指さした。由良は頷いて自分も何か読みたいものを探すことにした。普段、少女漫画を好んで読む由良にとって、小説を手に取るのは久しぶりのことだった。
ライトノベルで恋愛小説と書かれたコーナーを探してみる。狭い通路を移動して、お目当ての場所を見つけた。その中でもイラストが可愛いものを手に取ってパラパラめくっていく。
──これが最後の恋と決めていた。
一番最初の書き出しに興味を引かれた。由良はもう一冊、同じ作者の短編小説を手に取る。
あらすじを読むと、三角関係から始まる恋愛と書かれていた。
『あなたは彼の嘘を許せますか?』
そんなフレーズが載っている。本の中身がどんな内容なのか気になって、その二冊を借りることにした。達樹のためにももう少し時間をつぶした方がいいだろう。そう思った由良は今度は目的を決めないまま移動していく。
図書館内をふらいているとあっという間に三十分が過ぎた。達樹くんも借りる物を決めた頃かな? 通路の間を見て彼を探していれば、意外な場所で立ち読みしていた。そこは趣味のものを扱ったコーナーで後ろから見えたのは、ビーズのアクセサリーを自作で作れる本のようだった。
「達樹君?」
「…………っ!?」
声をかけたら、驚いたように振り向かれた。慌てて閉じられた本の表紙はやはりアクセサリーの作り方と書かれていた。
「そろそろ閉館時間だよ。アクセサリーに興味があるの?」
「いや。妹がこういう可愛いのが好きなんだ。誕生日プレゼントの参考にしようと思って。オレじゃよくわからないから」
「そうなんだ。そう言えば妹さんが居るって言ってたもんね」
「あぁ……」
実際に会ったことはないが話の流れで一度だけ聞いた覚えがある。こっそりと妹の為に下調べをしているなんて妹思いな彼が微笑ましい。その気持ちが顔に出てしまっていたのか、達樹の耳がうっすらと赤くなる。表情は平静を取り戻しているのに、隠しきれていない感情に由良は思わず微笑んだ。
無口でなよなよしさの欠片もない彼としては、隠しておきたかったことなのだろう。そんなに気にしなくてもいいのに。そう思いながらも、由良は達樹の気持ちを察して違う話を振る。
「借りたい本はあった?」
「これ。今から借りてくる。由良は?」
「私は恋愛小説だけどね」
二人が並んで貸出カウンターに向かうと、閉館を知らせる放送が流され始めた。ぎりぎりのタイミングだったようだ。
カウンターにいたおばさんが、カードを機械に通し、本を専用のバッグに入れてくれる。二人は帰り支度を始める人達に背中を向けて外へと向かう。
空にはまだ夕焼けの名残が見えていた。今日という日の最後の輝きを見せながら沈んでいく。代わりに遠くの空からやってくる夜の色に目を細めて、二人はバス停に向かって並んで歩道を歩き出す。
歩調の間にぽつりぽつりと言葉を落とす。静かな帰り道に心臓の音だけが高鳴っている。これが恋をするということなのだろうか。
由良にとって達樹は初めての彼氏だ。漫画みたいに誰かを思って一喜一憂することが本当にあるなんて驚いたし、時々気恥ずかしさも感じる。それでも、毎日が今までの何倍も楽しい。そんな風に感じる単純な自分を、馬鹿だなぁとも思うこともあるけど。
話しているとあっという間にバス停に着いてしまって、由良は少しがっかりした。
「もう着いちゃったね。ここまで送ってくれてありがとう」
「……もう少し、一緒に居てもいいか?」
「えっ?」
「バスが来るまででいい」
「……うん」
時間は僅かしかないのに、達樹は黙ったまま由良の傍にいた。言葉がない時間。バスが来るまでの数分がとても惜しくて、今日だけはバスが少し遅れてほしいと、由良はひっそりと願うのだった。