1、こちら恋愛初心者、まさかの告白をされました。前編
移動教室に向かうための教科書を準備をしていると、なんの前触れもなく誰かに腕を握られた。
「海藤くん? えっと、なにか用かな?」
由良は、思いもしなかった相手にしどろもどろになりつつもそう尋ねた。緊張しているのは、相手が海藤達樹という同じクラスの男子生徒だったからだろう。
高校二年でありながら、物静かで端正な顔立ちに黒縁のシックな眼鏡が似合う彼は、密かに由良が気になっている人なのだ。普段から騒ぐこともなく落ち着きのあるイケメンと分類される達樹はクラスの女子の間でも人気があるためか、近づかれた由良に向けられる視線は刺々しい。
男子生徒の冷やかす口笛もあり、由良の表情も自然と表情を困惑したものに変わっていく。
「あの、本当に──」
「──好きだ、秋本。付き合ってほしい」
ゆったりした声で伝えられた告白に、由良は左腕に抱えていた教科書を落とした。バサリッという音が響き、教室内は水を打ったような沈黙に満ちる。そして次の瞬間、「えぇーっ!?」と絶叫が響いたのであった。
教室内での突然の告白から二人が付き合い初めて、そろそろ三カ月目になる。当初は女子の嫉妬にまみれた視線と男子の冷やかしに居心地が悪い思いをすることもあったが、知ってか知らずか達樹がいつも一緒にいたため、今では普通のカップルとして扱われるようになった。
なにしろ達樹の友達が恥ずかしがらせようと囃子立てて言葉を投げても、毎度当然のように真面目な返答を返すものだから、そのさらりとした返しと男前振りに相手の男の子の方が照れ負けてしまったのだ。
だから由良はこの一月は本当に幸せに過ごしている。親しい友達はずっと片思いをしていたのに話しかける勇気も持てなかった由良を知っているだけに、よかったねと言ってくれた。それが、ここ最近で心から嬉しいと思ったことだった。
お昼休憩のチャイムが鳴った。教師が背中を向けた瞬間に、生徒達がバタバタと席を離れていく。おしゃべりな声と音に溢れているのに、その声はすっと耳に入ってきた。
「──由良」
呼ばれて振り向くと、達樹が弁当箱を片手に持って傍にやってくる。青いチェックの風呂敷が彼が好みそうな柄だな、と由良は思いながらカバンから巾着を取り出して返事を返す。
「うん。お待たせ。食堂に行こっか」
二人が通う学校では学食と弁当を選ぶことが出来る。食べる場所は自由になっているので、恋人同士が食べる姿も珍しくなく、教室で一緒に食べるよりも目立たない。教室を抜けて会話であふれている廊下を並んで歩く。
「今日の放課後、青葉図書館に行くんだが……一緒に行かないか?」
「いいよ。私もたまにはなにか借りてみようかなぁ。達樹君は本を返しに行くの?」
「推理小説を。その続きも借りようと思っている。この間は貸し出し中になっていた」
「そうなんだ? じゃあ、今日は借りられるといいね」
「あぁ」
最近では、こんな風に普通の会話が出来るようになった。最初はお互いに照れがあってぎこちなさがあっただけに、些細な変化でも由良には嬉しい。達樹はもともと口数が少ないので、こちらから話を振ってもいつも一言二言で会話が終わってしてしまうことが多かったのだ。だからこうして会話のキャッチボールが続けられるとそれだけで心が熱を持つ。
「なんで笑ってる?」
「ん? ふふっ、なんでもないよ。それよりもご飯早く食べなくちゃ、昼休みが終わっちゃうよ」
「そうだな」
ただ、食堂でお弁当を一緒に食べるだけなのに、こんなに心が弾むのは達樹君が一緒だからかな? それだけで、いつもの時間が特別なものに変わった気がした。
日が暮れ始めた外は気温が下がってきたためか、肌寒さを感じた。学校の中との温度差に、由良が少し身体を震わせていると、達樹が視線を向けてきた。
「大丈夫だよ?」
そう伝えると無言で頷かれた。最近は視線だけで何が言いたいのかわかる時がある。それから、彼が意外と細やかな心配をしてくれているのに気づけるようになった。無口な彼の不器用な優しさを見つける度に、気持ちも深まっていくようで、なんだか面はゆくなる。
学校から東に向かうと、大通りから外れていく。あまり車の通らないその場所に、目的の図書館はある。建設されたのは十年ほど前で、大きくて種類も豊富なのだ。本だけでなくVDVやCDも貸し出しているので、それを目当てに来る人もいるようだった。