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三日之神伝説編 59話

 01


 練習して数時間、ついに本番が近づいてきた。

 俺は劇で重要なナレーター、有紗はお姫様役、東雲は王子様、詩織は魔王役になった。

 和枝さんの実家が所有している小さな文化会館で人形劇を行うと有紗は言っていたけどやっぱり芸能人の力は凄い。

 普通は建物が建ってない土地を購入するのが限界だ。

 どれぐらいの人数が入るんだろう。


「そろそろ行きましょう、開場一時間前には文化会館に着いとかないと」


 有紗の言葉で俺達は練習を止めて、荷物を片付ける事にした。

 大勢の人前で劇をやるのは久しぶりだ。

 ここに来る前は数十人を相手に劇をやるのかと思っていたけど文化会館となると百人以上は来る筈。

 数年前の俺だったら緊張なんて全くしないのに今の俺は手が震えてしまっている。

 このままだと本番で失敗しそうだから能力を使って緊張を解こう。

 俺は緊張なんてしていない。

 俺は緊張なんてしていない。

 俺は緊張なんてしていない。

 俺は緊張なんてしていない。

 自身に嘘をつけば一定時間だけそれが本当になる、筈だった。


 なのに手の震えは治まらない。


「あっ」


 俺は手に持っていた荷物を落としてしまった。

 何で能力が発動しないんだ?

 いつもなら緊張したとしても能力を使えば直ぐに治まるのに。


「工藤、アンタもしかして……緊張してる?」


 有紗は俺が緊張しているのがわかったのかニヤニヤしながら落とした荷物を拾ってくれた。



「緊張してたら悪いかよ……」


 昔の俺はどうやって緊張を解いていたのか忘れてしまった。



「誰だって緊張ぐらいするわよ。私だってほら!」


 有紗は自分の足元を指さした。

 生まれたての子鹿みたいに有紗の足は震えていた。

 アイドルになる為に様々な修羅場を乗り切った有紗でさえ緊張するんだ。

 なんか笑えてきたな。


「今まで能力で緊張を解こうとしてた俺が馬鹿みたいだな」


 俺は何だか可笑しくなって笑えてくる。

 ……ああ、段々と昔の事も思い出してきた。

 母さんにいつも励まされていたっけな、昔も今も変わらないんだな。


 02




「すっごい人がいますね!」



 あらかじめ用意されていた衣装に着替えた俺達は会場に来ていた人数にド肝を抜かれた。

 百人どころか五百人以上いるじゃないか!!


「ナレーター、絶対噛まないでね」


 東雲は有紗との会話を聞いていたのか俺をからかってきた。


「噛んでも咳払いすればバレないだろ」


 俺なりにジョークを飛ばし、東雲と笑い合う。

 詩織と有紗は開場三十分まで台本を読んでいた。

 ナレーターは物語を進行するにあたって重要な役割、早口で喋ってしまうと世界観が分かりづらくなる。

 有紗の能力が発現する原因になった母親を説得するには人形劇を成功させないといけないという事はわかっているけど、失敗したらと思うと気が重くなる。


「皆さん、お時間です」


 文化会館の職員の方が開場する五分前に合図を出しに来た。

 舞台へと移動した俺達は幕が上がるまで静かだった。

 仕方ないか、皆緊張していると思うし。


「ねぇ、工藤。ママ見てくれてるかな」


 普段からウザイぐらい自信ありげな態度を取っている有紗がボソッと俺に聞こえるように弱音を吐いてきた。



「そうだな……人が沢山来ているって事は有紗がやりたい事を信じているんじゃないのか」


 気の利いた事を言えない俺は誰でも言えるような事しか吐けない。

 それでも有紗は俺にありがとうとだけ一言呟いた。

 開始のブザーが鳴り、幕が上がった。


 俺は台本通りに物語を進めていった。

 少し余裕があったので会場を見渡してみると病院で見かけた子供達がいた。

 人形劇を見なそうな大人もいた。

 様々な年代の人達が有紗の為だけにわざわざ足を運んでくれていた。

 和枝さんを探してみると入口付近で表情を全く変えずに人形劇を見ていた。

 嘘を見抜ける能力を使えない以上、和枝さんの気持ちを知れる手段は無い。

 台本には無いけどアドリブを入れてみるか。


「お姫様は魔王に捕まる前にある思いを抱きました。魔王に着いていけば私が本当にやりたい事が見つかるかもしれない」


 有紗と東雲、詩織は台本とは全く違うナレーターの文章に驚いていた。

 東雲と薫は分かっていないが有紗だけは俺が言いたい事を理解したみたいだ。

 和枝さんは俺が言った言葉に違和感を感じたのかポーカーフェイスが崩れていた。

 物語はついに終わりに近づいた。


「ねぇ、王子様。私は今までやってきた事よりも魔王になる練習をしてた方が楽しいの。だって周りの部下の皆がちゃんと私にひれ伏して崇めてくれる。お城にいた頃とは全然違うわ」


 有紗もまた台本とは違うセリフを喋る。

 東雲は有紗が意図している事に気づき始めた。

 詩織は魔王としての役割は果たしたから舞台裏に引っ込んでいる。

 きっと詩織も気づいただろう。


「そうだね。お城にいた頃よりもずっと楽しそうだ。楽しそうしている君を見れて僕は嬉しいよ」


 気がつくと和枝さんは会場から居なくなっていた。

 有紗の想いは届いたのだろうか。

 人形劇は失敗もなく成功した。


「失敗しなくて良かったー! 工藤がアドリブ入れた時はビックリしたわよ!」


 有紗が俺にツッコミを入れていると舞台裏に和枝さんが来ていた。

 俺と東雲、詩織は有紗から離れた場所で見守る事にした。

 とても見ていてハラハラしたけど和枝さんが何も言わずに有紗を抱擁した姿を見て泣きそうになった。


 和枝さんが何を喋っているかわからなかったけど有紗が子供みたいにわんわん泣いているところを見るに認めてくれたんだろうと推測した。


 母親と同じアイドルになるという夢を抱いた少女は疎遠になっていた親友のおかげで自分がやりたい事を見つけて、そして母親に夢を認められた。

 もう二度と誰かに構ってもらうために嘘をつく事は無い。

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