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三日之神伝説編 58話

 01


「西久保の奴遅いな」


 日曜日の朝、俺と詩織、東雲は桜ヶ丘駅にいた。

 西久保が能力を発現した原因を解決する為に西久保母の実家に行かなければいけないのに当の本人がまだ来ていなかった。

 まだ作品が出来上がっていないのか?


「さっき有紗にLINEしてみたけどまだ既読はついていないよ」



 集合時間の八時はとっくに過ぎている。

 西久保の性格上、親との約束は絶対に守る。

 だから逃げ出す事はないはずだ。



「東雲先輩! 工藤先輩! 西久保先輩来ました!」


 詩織が指を指した方向には西久保がフラフラになりながらもこちらに向かっている姿があった。

 両手には女の子では持ちきれないような大荷物があり、正直見ているだけで転ばないか不安になる。

 あっ、そう思っているうちに転んだ……

 俺は西久保が転んだ場所まで走っていく。


「おい、大丈夫か?」


 散らばった荷物を拾い、転んだ西久保に手を差し伸べる。


「遅れてごめんなさい、準備にだいぶ時間がかかっちゃって待ち合わせ時間に遅れてしまったわ」


「てっきり来ないかと思っていたぞ心配させんな」



「今回ばかりは逃げていられない、私はママ達の人形じゃない事を示すチャンスなんだから」


 西久保はグッと拳を握り締めていた。

 きっと今日に至るまで様々な思いがあったのだろう。

 絶対成功させてあげたい。


「私達も有紗の夢の為に協力するからね!」


 後ろから遅れて東雲と詩織がやってきた。

 東雲は今まで疎遠になっていた分、力になってあげたいんだろうなというのが目に見えてわかる。

 詩織は西久保との最初の出会いが悪かったが以前と比べると苦手意識が薄れたみたい。

 酷かった時は西久保が現れたら俺の後ろに即座に隠れていたりしていたからな……


「西久保先輩、どんな感じの物語を作ったんですか?」



「私史上最高傑作の絵本よ、見なさい」


 俺達は桜ヶ丘駅から電車に乗りながら西久保に自作の絵本を読ませてもらっていた。

 絵本のストーリーは魔王に捕らわれたお姫様の元に王子様が助けに来るというもの。

 魔王はお姫様を新たな魔王として育てる為に捕まえた。

 どうして彼女は捕まらなきゃいけなかったのかと誰もが疑問に思うだろう。


 世間に広まっている物語に出てくるお姫様は大抵性格が良い。

 西久保が作るお姫様は違った。

 お姫様は自国の国民を見下し、更に魔王でさえも秘められた王家の力で倒せると見下していた。

 本当は王家には何の力も無いと気づかずに。

 魔王になる者は肉体的にも精神的にも優位に立って置かなければならない。

 だから魔王はお姫様を自分より優れた魔王になるだろうと思っていた。


 魔王は来る日も来る日もお姫様に厳しい訓練をやらせてきた。

 最初は余裕そうにしていたが途中から段々と体に負荷が生じていた。

 後半からはお姫様は魔王に精神的に追い詰められるような言葉を投げられ、自暴自棄になっていたところに幼なじみの王子様に助けられる。


 この物語は数週間前の出来事を元に作られたな。

 だってお姫様の性格が西久保に当てはまっているから。

 アイツがどう思ってくれていたのかわからないけど物語に出させてくれたという事は何かしらの感謝を示しているんだろうか。

 真偽はわからないけど物語としては……


「まあ面白いと思うよ、ただ人形はどうにかならなかったのか?」


 詩織と東雲も同じ気持ちだったのか少し西久保から目を逸らす。

 ただ西久保自身は褒められて嬉しいのか俺の指摘には気づいていなかった。


「褒めても何も出ないわよ!」



「いってぇ!!」


 気分が上がったのか俺の背中を叩く。

 意外と力あるのな!


「す、凄い毒々しい、いや凄いお茶目で可愛らしくて素晴らしいです! 西久保先輩!」



「私が裁縫を教えていればこんな事には……」


 この和気あいあいとした雰囲気が続けば人形劇も成功しそうだな。




 02



 西久保の母親の実家は光ノ森駅から降りて三十分のところにあるらしい。

 駅周辺は桜ヶ丘と同じで都会とも田舎ともいえない普通の街。

 俺達は喋りながら実家の方に向かっているとボケ役になっていた西久保が急に静かになった。


「ママ……」


 実家と思わしき場所に西久保と瓜二つの女の人が立っていた。

 昔、アイドルだったと西久保は言っていたけどそんな面影はない。

 過去の栄光にすがりついているように見える。

 何かしらの事件があってアイドルの道を閉ざしたんだろう。

 それで西久保に自分が成し遂げられなかった夢を叶えさせようとしたのが目に見えてわかった。


「まさか本当に来るとはね、逃げ出すと思っていたわよ」


 こちらを舐め回すように見つめてくる西久保母。

 蛇に睨まれているようで気分が悪い。



「今までの私はママに褒められたくて妹と同じ完璧なアイドルを目指してたけど心の底では楽しめていなかった。ずっと息苦しかった私に手を差し伸べてくれた人がいたの。私はその人達に新しい西久保有紗を見せる為に来たんだよ」



 西久保、いや上の名前で呼ぶとここには西久保が二人いるから今だけ有紗と呼ぼう。

 有紗は西久保母に秘めていた想いを目いっぱいぶつけた。

 出会ってからまだ日は浅いけど有紗が一生懸命変わろうとしている姿に俺は感銘を受けた。


「貴方は梨沙みたいにはなれないのはわかってた。でもね、アイドルになる為にトレーニングをしていた人間が別の事をしても成功出来ると思う? 頭の良い人ならわかるわよね、薫さん」



「そんな事無いです和枝さん。有紗はイラストで沢山の子供達を笑顔にしていました、生半可な気持ちじゃ出来ないと思います!」


 西久保母、和枝さんに反論する東雲はいつもと違ってかっこよく見えた。

 夢を実現するには長い歳月がかかるかもしれない。

 それは有紗も東雲もわかっている。 

 確かに和枝さんが言うようにアイドルになる為だけに集中していた奴がいきなり別の事をやってもまた一から基礎を覚えないといけない。

 でも夢を否定するのは違う。



「コイツは不可能を可能にする事が出来る力を持っているんですから」



 東雲や詩織、有紗に与えられた能力(呪い)は過去と向き合うのに必要のものだった。

 目を瞑りたくなるほど酷い能力(呪い)から東雲や詩織は立ち直る事が出来た。

 立ち直るまでが過酷だけど乗り越えれば輝かしい未来が待っている。

 嘘を本当にする能力(呪い)を持った少女 西久保有紗には今まさに最大の難関が立ちふさがっていた。




「現実は甘くないのよ……」


 意味ありげな言葉を残して和枝さんは自宅に戻っていった。



「西久保、母親を見返す為にも早速練習に取り掛かろう」



「言われなくてもわかっているわよ!」



 有紗は今の状況を楽しんでいるのか笑っていた。

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