西久保有紗編 44話
01
「工藤創、単刀直入で言うわ、アンタは今すぐ生徒会を辞めなさい」
屋上に来て開口一番が生徒会を辞めろときたか……
「どうしてだ」
「いずれ工藤の過去を知る人間がこの高校に来るかもしれない。もし、ソイツが三雲に工藤がプロデューサーを暴行した事をバラしたらあの娘がどんな顔をするか想像できる?」
蔑まれるだろうな。
俺はそれだけの事をしてしまった。
「……そういう事か。その時が来る前に俺は生徒会を辞めてるよ」
「あら意外ね、てっきり反論するかと思っていたわ。」
西久保は仮定として話をしているが、俺は既に誰が来るのかを知っている。
文化祭にかかる予算に関する資料を職員室に持っていく時に俺は奴の姿を見た。
名前は赤城光秀、四十代半ばの元大手テレビ局のプロデューサー。
俺は昔、赤城がプロデューサーを務めた番組で子役アイドルグループとして鮮烈デビューをした。
学業が疎かになるぐらいに多くの番組やCMなどに出演をし、富と名声を得た。
一見すると輝かしい人生だと思われがちだが全く違う。
赤城は周りの人達からは誰にでも優しく、一生懸命で真面目な人だと言われていた。
でもそれは赤城が言わせた嘘だ。
本当は自分の意にそぐわないスタッフなどに手を挙げたり、気に入った女には権力を振りかざして傷をつける行為をしていた。
俺が所属していた子役グループは売れていた時は被害を受けなかったが、思春期に入った途端人気は落ちていった。
ここから赤城の嫌がらせが始まる。
有りもしない仕事をでっち上げたり、際どい衣装を着させてファンの前で踊らせたりなど思い出すだけで心が苦しくなる。
赤城に少しでも反抗すると大勢の人間がいる前で恥をかかされる。
現に俺以外のメンバーは人には言えない事をされていた。
腕に傷をつけたり、精神を病んだとしても現場のスタッフや事務所は誰も赤城を注意しない。
赤城に対して媚びへつらう大人を見た時に俺はこの世に人間なんかいないと実感した。
もしかして嘘を見抜ける能力が発現したのは……いやまさかな。
他のメンバーと比べると何故か俺だけ被害が無く、グループじゃなくてピンの仕事が所属していた事務所に大量に入ってきていた。
当時の俺は芸能界で成功したいと思っていたから、やっと実力を認められたと喜んだ。
しかし、ある日俺は肩を組んで夜の街に消えていく母親と赤城を見かけてしまった。
俺は自分の実力ではなく、赤城によって精神や体を傷つけられた母親のお陰なんだと知る。
その後の事は覚えていない。
気がつくと目の前にはボコボコに殴られていた赤城がいた。
誰かが赤城の悪行をバラして何処かの地方に出向させたと風の噂で聞いていたのに、文化祭を取材するローカルテレビ局一覧に赤城の名前が書かれていた。
以前見た時には書かれていなかったのに……
次にアイツの顔を見たら俺は何をするかわからない。
「事実だしな、反論する気力もないよ」
「私はね才能がある三雲の人生を壊したくないのよ、アンタみたいなクズがいたら三雲は穢れてしまうわ。それに真梨愛呼びも気に食わない」
事件の真相は闇に葬られたから知らないのも当然か、ニュースにはならなかったが芸能界では暴行した俺の名前は各所に出回っている。
だから父親は俺を引き取り、苗字を四宮から工藤に変えてくれた。
「三雲はね工藤と出会わなきゃ孤高の女神として全生徒に崇められる予定だったのよ! 私がそうなる様、わざとビビらせるように三雲の嘘武勇伝を作って準備していたのに! 邪魔すぎるわ!」
やっぱり西久保さんは馬鹿なのかな?
「おーい、話逸れてるぞー」
「と、とにかく早めに三雲の傍を離れなさいよ!」
目をキラキラと輝かせた西久保を夢から覚ますために声を掛ける。
ようやく我を取り戻した西久保は顔を赤くしながら捨て台詞を吐いて先に教室に戻っていった。
せっかく思い出さないようにしていたのに嫌な事を思い出してしまった。
最悪だ。
02
午後からの授業は何事もなく終わり、いつの間にか放課後になっていた。
生徒会LINEには明日、とっておきの潜伏場所を教えますと詩織からのメッセージが書かれていたので第二控え室に集まる事は無かったみたいだな。
昼休みが終わる直前まで西久保と話し込んでいたのか……
詩織が気を使ってくれたみたいだから後でお礼がしたい。
身支度を終え、校門を出ると東雲が待っていた。
「東雲、まだ帰っていなかったのか?」
「工藤にちょっと話をしたい事があるから待ってたんだ」
東雲はいつもみたいに向日葵の様な笑顔で俺に笑いかける。
その笑顔が今の俺には良い薬になった。
「もしかして西久保との関係の事か?」
「うん……真梨愛ちゃんや詩織ちゃんに話をする前に先に工藤に話をしたくてさ」
俺は覚悟を決めた東雲の話を聞く為に桜ヶ丘駅から一個先の駅まで歩く事にした。
普段なら三十分かけて他の駅まで歩く事はしない。
でも今は西久保と東雲の事を知れる。
西久保に俺の過去がバレたのは動揺したが、何か焦っているような感じがした。
二人の過去で能力解決のヒントを掴めればいいな。
「ねぇ、工藤あれウチの高校の生徒じゃない?」
東雲が自分から話すまで俺は適当な話題を振りながら待っていた。
桜ヶ丘駅を離れて既に三十分、目的地の駅に着いたと思いきや東雲はある方向を指さした。
「おい、いつになったらイイことしてくれるんだよ? 待ちきれねぇよ」
「汚い手で触らないで!」
繁華街で俺達と同じ高校の男女二人が口論していた。
男は嫌がる女の子を人目につかない路地裏へと無理やり連れ込む。
これどう考えてもまずいだろ!
「東雲はここで待っててくれ!」
「え、でも警察呼ばないと」
「大丈夫だから!」
心配する東雲の制止を振り切り、俺は路地裏へと向かう。
……以前と同じような状況だな。
もう傷ついた人を見るのはウンザリだ。
人目につかない場所に連れ込むとは最低な野郎だ、そういう奴には痛い目を合わせなきゃ気が済まない。
勿論暴力はしない。
「あ、ヨシ子こんなとこで何やっているのぉ?」
「!? なんだお前は!?」
「く、工藤!?」
オカマのフリして暴行野郎にインパクトを与えて撃退しようとしたが……何で西久保さんがいるんですかね?
男に胸ぐらを掴まれたのかシャツのボタンが取れて肌が少しだけあらわになっていた。
ああ! もうどうにでもなれ!
オカマぽっく見せるために体をクネクネしながら小指を立たせよう。
「もういきなり姿消すからビックリしたじゃなーい、早くスイパラに行かないとぉー! 時間無くなっちゃうよぉ」
「え、ちょっ、待って」
男が呆気にとらわれているうちに俺は西久保の腕を掴んで逃げる。
「へぇ、やっぱり演技上手いのね……」
「……何で男に襲われそうになってんだよ。能力使ったのか?」
「あ、アンタに関係ないでしょ! ほっといて!」
西久保は俺の手を離し、東雲がいる方向へと走っていった。
嫌な予感がしてきたぞ……
「有紗!」
「薫……」
ついに因縁の二人が出会ってしまった。
気まずい雰囲気が離れている俺にも伝わるな……




