西久保有紗編 42話
01
「この放送……俺達をおびき寄せるための罠だな」
西久保の放送があった後、東雲は暫く黙っていた。
いつもニコニコしていて見ているこっちが気分が良くなりそうな東雲は今はいない。
過去に何かあったのだろうか。
「罠だとわかっていても生徒会室は早めに返してもらわないといけないし……どうしましょう」
「生徒会室を早く返してもらわなきゃいけない理由あるのか?」
「り、理由なんてないわ。ただ早めに返してもらわないと仕事に支障が出るからよ」
俺が嘘を見抜ける事を忘れているのか真梨愛は……
能力なんか使わなくても一ヶ月一緒にいれば嘘をついているかなんて直ぐにわかるのに。
信頼している人物じゃなきゃ能力を使わないと嘘は全くわからない。
「ある程度戦力がいりますよね……叶枝先輩は力を貸してくれないんですか?」
詩織が俺と真梨愛が話をしているうちに案を考えていたようだ。
確かに叶枝はその辺の男よりは強い。
警備会社に務めている利光さんから護身術の稽古を受けているようでたまに俺に喧嘩を売ってくる同級生がいると真っ先に駆けつけてソイツを成敗してくれる。
力を貸してくれるなら良い戦力になるだろう。
「いや、確かに力を貸してくれたら助かるけど叶枝を能力者関連の事件に巻き込みたくない。余計に心配をかけてしまう」
真梨愛と入れ替わった事がきっかけで能力関連の事件に首を突っ込む事になった。
誰のせいとかはないけど事実を知った叶枝が真梨愛に説教するような未来しか見えない。
真梨愛は俺の中にある入れ替わり残滓を消す為に手伝ってくれているし、何より能力という共通点があったお陰で真梨愛と知り合う事が出来たんだ。
今更離れる事はない。
もっと真梨愛の事を知りたい。
「すいません……叶枝先輩に失礼な言い方でしたよね」
詩織は叶枝の事を信頼しているんだろう。
能力を使わなくてもわかる。
しょんぼりした詩織の肩を叩く。
「信頼しているって事がわかったからいいよ、それよりどうしようかな……」
時計を見るとあと十分でHRが始まる。
西久保の宣戦布告はどう考えても罠だし、無視してもいいか!
「ひとまず西久保の宣戦布告は無視しよう。まだこちらの方が不利だから昼休みにどうやって生徒会室を奪還するか対策を練るしかない」
「あまり西久保さんの事は知らないからどういう事してくるからわからないし、対策を練った方がいいわね」
「……私先に戻っているから」
東雲は一言だけ喋って部屋を後にした。
絶対生徒会室に行くつもりだな……
「ごめん、詩織。昼休みが始まるまで東雲と一緒に居てくれないかな」
俺のクラスと東雲のクラスは反対側だ、詩織から話を聞けば東雲のクラスと詩織のクラスは階段を降りて直ぐの場所にあるらしい。
「私に任せてください!」
詩織は走って東雲を追いかけに行った。
今、ここに残っているのは俺と真梨愛だけ。
「詩織さん、ハジメ君にすっかり懐いちゃったわね。もしかして年下趣味がお有りなのかしら?」
「からかうなよ。趣味が合って少し仲良くなったんだ」
もしかして真梨愛は俺から詩織を取られた事に嫉妬しているのか。
……可愛いところあるんだな。
「まあいいわ。ハジメ君、君は西久保さんの能力をどう対処しようか考えているの?」
真梨愛に話を逸らされた。
今はふざけている場合じゃないから仕方がない。
放っておけば西久保が大変な事になってしまうし。
「……俺がどう考えているか当ててみて」
「ふっ、ハジメ君嘘をつくのが下手になったわね」
真剣な表情をしているより笑みを浮かべている真梨愛の方が俺は好きだ。
真梨愛の為にも生徒会室を一刻も早く奪還しよう。
02
真梨愛と別れ、俺は自分の教室の戸を開けた。
「!?」
俺が教室に入ると赤目をしたクラスメイト達が一斉にこちらを見てきた。
もし夜でこの状況に陥ったらおしっこ漏らす自信がある。
俺のクラスは俺以外全員洗脳されたのか?
周りを少し見渡してみると一人だけ目が赤くない人物がいた。
アイツは……野球部の山本だっけ。
まだ時間は僅かにあるから話を聞いてみるか。
「なぁ、山本」
「何だよ、工藤」
「周りを見て変なところはないか?」
俺に言われて山本は周囲を見渡すがキョトンとした顔で俺を見る。
「特に変わった事は無いと思うけど……用がないなら席に座りなよ、先生来ちゃうよ」
周りに赤目の人達がいる事に気がついていないのか?
話題を変えてみよう。
「あー、待った思い出した。西久保有紗ってさ彼氏とかいるの? 俺さあの子の事気になってるんだよね」
自分でも言っていて恥ずかしいがここは我慢だ。
「え、アイツの事が好きなの? よせよせ辞めといた方がいいよ。嘘吐き女だし」
予想外の返答が返ってきたな。
「え、どうして? 可愛いくない?」
「アイツと一緒に居たら何言われるかわからないよ、噂だと三雲さんの悪い噂を流したのは西久保とか言われているみたいだしさ、先生からの評判もすこぶる悪いみたい。日頃から嘘をついているからバチが当たったんだろう」
「そっか、忠告ありがとうな」
俺は自分の席に戻って山本が言っていた事を頭の中で整理する。
西久保の事が嫌い、もしくは苦手な場合だと洗脳にかからないのか……
そういえば俺の嘘を見抜く能力は他人の洗脳を解けるのかな、やった事がないから試してみたい。
HRの鐘がなり、担任の先生が教室に入ってきた。
もちろん先生も両目が赤色で既に洗脳済みだ。
さて、西久保の能力の秘密がわかってきたから生徒会グループにLINEでもしとくか。
ん、気のせいか西久保の顔が見えたような……
「ちょっと!! 工藤創!! 私の放送聞いていなかったの!!」
勢いよく教室の戸を開けたのは西久保だった……!
丁度良いさっき思いついた方法をやってみるか。
「ちょっと、もう授業始まるわよ」
洗脳されたばかりなのか先生は西久保に注意をした。
しかし、西久保は息を吐くように嘘をつく。
「私は教頭です。少し工藤創君に話があるのでこの教室に来ました」
どう考えても嘘なのに先生はこれ以上何も言わなかった。
教頭ハゲなのに信じるのおかしいでしょう。
「いいえ先生、教頭先生は髪の毛がフサフサではないですよ。目を覚ましてください」
俺は先生の元まで行き、自分のスマホの中にある写真を見せる。
「こ、これは……」
「今年の入学式の時にズラを落とした校長先生です。ネットに拡散されて先生達対応に困ってましたよね」
先生の両目から赤が消えていくのがわかった。
手間はかかるが、嘘だという証拠を出せば洗脳は解かれるみたいだな。
「え、ええそうよ。どうして私生徒を教頭先生に見えていたのかしら」
「西久保さんが先生を騙して馬鹿にしようと言っているのをさっき聞きました」
西久保には俺と違って嘘を見抜ける能力はない。
先生は本来生徒を教頭と誤認するのは有り得ないと思っているから、その原因が西久保だと知れば……
「ちょっと職員室まで来てもらっていい?」
顔は笑っているように見えるが先生の目は笑っていなかった。
「工藤ハージーメ!! アンタ覚えてなさいよ! 後でほえずらかかせてやるから!」
西久保は先生に引きずられて教室から連れ出された。
俺に対する執着心が強すぎる……アイツに何かした覚えないぞ。
ひとまず西久保の能力の対処法はもう決まったようなもんだな。




