西久保有紗編 41話
01
「ここまで来れば大丈夫ですかね」
「だ……な。ハァハァ……もう追いかけ……て来ないな」
現在、俺達は特別枠側の校舎の昇降口にいた。
一般枠側の校舎とは道路一個分離れているからそう簡単には見つからないだろう。
先に生徒会室から出たおかげでスポーツ万能の巨漢二人から何とか逃げられた……
もし、捕まったらどうなっていたのだろう。
考えるだけで恐ろしい。
「もう少し体力つけたらどうですか先輩。私より体力ないのは驚きです……」
「昔は体力あったんだけどなぁ……」
嘘です。
中学までは家でゴロゴロゲームしてました!!
マラソンとか嫌いです!!
「まあその……先輩がいいと言ってくれるなら体力作りする手伝いしましょうか」
確かに今後の事も考えると体力作りは大切だな。
「詩織って運動とか得意なの?」
「人並みに体力があるだけで運動は苦手です」
「くっ、俺は人以下の体力なのか……!」
「人以下とは言ってませんから!!」
授業開始まではまだ一時間ある。
それまでいつも通り詩織と喋ろう。
話してて気分が落ちつく。
それにしても一般枠の生徒の大半が西久保によって洗脳されたけど、特別枠の生徒も洗脳したのかな。
今までとは状況が違いすぎて失敗しそうな気がする。
放置しすぎると能力のせいで精神が追い詰められる事もある。
何が原因で能力を得たのかさえ知りえたら対処法が思いつくのに。
「あれ、もしかしてその声ハジメ君に詩織さん?」
俺は詩織の前に立ち、声がする方へ向く。
ここの生徒も洗脳済みなら……俺が盾になるしかないか。
「真梨愛先輩無事だったんですか!」
姿を現したのは真梨愛だった。
「ええ、何とか逃げ切ったわ。ここで話すのもあれだから移動しない?」
「移動するって言ってもどこに?」
「いいから来なさい、誰にも見つからない場所があるの」
02
「清掃員第二控え室?」
俺達は特別枠の校舎から一般枠の校舎に戻ってきた。
と言っても正門からではなく裏口からだけど。
先生や生徒は殆ど使わないところでここを使うのは業者だけだ。
真梨愛はポケットから小さい鍵を取り出し、慣れた手つきで錆びれた扉を開けていく。
「ここなら私とおばさんしか知らないから見つからない筈よ」
壁に貼ってあった校内案内図を見ても清掃員第二控え室は載っていない。
第一控え室はあるみたいだけど。
「東雲さん、ハジメ君達連れてきたわよ」
扉を開けると真っ先に飛び込んできたのは勢いよく飛び出した東雲の顔だった。
やばい……入れ替わる!!
事は無かった。
「良かったあああ! 無事だったんだね! 二人共!」
東雲は思いっきり俺に抱きついてきた。
痛い痛い!
「は、早く離せ……!」
「ごめんごめんー! でも良く無事で逃げられたね。私と真梨愛ちゃんは一般枠では最強の女子に追いかけられたから死ぬかと思ったのに」
後ろからの目線が鋭利な刃物に刺されている感じで心が辛い。
部屋の中は控え室というぐらいだから汚いかと思っていた。
でも予想は裏切られた。
一週間も暮らせるような設備がこの部屋にはあった。
四人がいても大丈夫な広さ、男女兼用のトイレ、非常食が入った冷蔵庫、布団など。
まるで避難する為に作られたような作りだった。
「大変だったんですね真梨愛先輩達。私と工藤先輩は風紀委員の男の人に追いかけられましたが直ぐに撒けましたよ」
「うーん、あの風紀委員の二人は俺達よりスペックが高めな筈なんだけどなぁ。何か妙だな……」
本当だったら生徒会室から出た瞬間に捕まってしまうべきなのにな。
あっという間に逃げる事が出来てしまった。
俺達は遊ばれているのか。
「ひとまずHRのチャイムが鳴るまで待機しましょう。今、外に出るのは危険よ」
丁度ホワイトボードがあるので俺はさっきあった出来事と西久保の能力を書く事にした。
まず、西久保有紗は俺と同じ嘘つきだ。
普通は嘘を相手に言っても信じないが、彼女の能力は嘘を真実にする能力。
要はありもしない嘘を言っても簡単に人を信じ込ませる事が出来る。
生徒会室で遭遇した時、西久保は洗脳した相手にいちいち命令をしていた。
この事から西久保はまだ自分の能力を使いきれていない可能性がある。
現に運動エリートは簡単に捕まえられるであろう俺達を捕まえられていない。
こんなもんか。
「意外と頭良いのね……」
「余計な一言だな」
え、私の年収低すぎ! みたいな反応をされても困るんですが……
「予想かもしれないから信用しないでくれ」
「いや、正しいかも知れませんよ先輩。あともう少しで弱点が出そうな感じがします!」
俺と真梨愛が話をしていると詩織が加わってきた。
褒められると気分は良いな。
俺は真梨愛にわかりやすくドヤ顔を見せる。
「と、とにかくハジメ君が書いてくれた情報を元に作戦を練りましょう」
こうして俺達はHRが始まるまで作戦会議をする……つもりだった。
「何か音がする……詩織ちゃんスピーカーのスイッチ入れて」
スマートフォンをいじくっていた東雲は何を思ったのか突然近くにいた詩織に指示を出す。
「は、はい!」
東雲に言われた通り、詩織はスピーカーのスイッチを入れた。
スピーカーから聞き慣れた声が鳴り響く。
『えー、えー、マイクテスト……工藤創及び生徒会メンバーに通告します。HRが始まる前に私と今後のお話をしましょう。来ない場合はただじゃおきません。生徒会室で待っています』
ぶつりと放送は途切れた。
「……西久保有紗が今回の能力者なの?」
「え、東雲知らなかったのか」
「私は真梨愛ちゃんと会ったのは一時間前だから知らなかったよ」
いつも明るい東雲が西久保の名前を聞いた途端、怒りを表していた。
東雲が西久保に対して恨みに近い感情を抱いているのを知っていたのか真梨愛はこちらから背を向けていた。
……自分を洗脳寸前まで追いやった西久保を怒って当然だろう。




