39話
01
「そろそろイベントが開始しますし、外に出ましょう」
「じゃあ行こうか、詩織」
俺達は店から出て、三十分前に見つけた特等席まで戻った。
一階の特設ステージと比べると、二階にいる人の数は十人も満たしていない。
やっぱり顔を身近で見たい人は下の階に集まるのか。
混雑して見えないかもしれないのに推しの顔を見ようとするオタクの気持ちは以前まではわからなかったが、今ならわかる気がする。
アイドルはファンにとっては神様みたいなものだから。
もし、詩織と来ていなかったら俺は理解が出来なかったと思うと一緒に来て良かったと思う。
少し興味が出たら触れてみるのも大事だ。
学校にいる梨沙ファンと話してみようかな……
「あれ、あそこにいるのって詩織ちゃんじゃない?」
「おーい詩織ー!」
特等席に着いた途端、後ろから聞き慣れない女の子の声が聞こえてきた。
「知り合い?」
「あの子達が私の新しい友達です」
詩織はこちらに近づいてきた女の子二人の元へ駆け寄っていく。
一人目の女の子は髪をポニーテールにしていて、小麦色の肌をしてた。
いかにも陸上をやってますって感じだな。
二人目の女の子は一人目の女の子とは対照的に大人ぽっかった。
最近まで中学生だった筈なのに大人の上品さを醸し出していて、思わず見惚れそうになる。
「ねぇねぇ、詩織! 今日遊べないって言ったのてもしかしてあの人とデートする為だったの!?」
「!!?」
「ちょ、大きな声出さないでよ! 茜!」
一人目の女の子は茜っていうんだ、へぇ……
いや待て、茜ちゃんは今なんていった!?
「どうなのよー、詩織ちゃん。あの人の何処が好きなの?」
「ほらほら教えてよー」
「もうー、茜と瑠奈やめてよー!」
二人の女の子はニヤニヤしながら詩織を肘でつついていた。
当の詩織は耳を真っ赤にしながら、デートではないと誤解を正していた。
俺も詩織のフォローをした方がいいと思うけど、可愛い女の子達三人がワイワイしてるところを見ていると心が暖かくなる。
これが母性か!
「私と先輩はいやらしい関係じゃないからね! 本当だよ!」
「「ふーん……」」
「君達が思ってる予想とは違うから安心してよ、俺は嘘つかないから」
嘘を見抜ける能力を使っている俺が嘘をつかないって言っている時点で説得力はない。
「そ、そういえば茜達は何でここに来たの?」
「そりゃあ東山様を見る為に決まってるじゃん!」
「最初は行く予定無かったのに茜がどうしても行きたいからって聞かなくてねー」
俺を抜きに三人の少女達は和気あいあいと話していた。
つい先日までは心に傷を負った少女が今は元気よく過ごせている。
……俺がやってきた行為は間違いではなかったんだ。
「皆様大変長らくお待たせしましたー! 東山様と梨沙様のご登場です!!」
「皆イベント始まるよ!」
司会者がゲストの名前を呼び上げると会場のボルテージが一気に上がる。
俺は自分がいた位置から離れ、三人に譲る。
一番顔が見やすい位置ににわかの俺がいたら邪魔だ。
ファンである彼女たちが見るべき。
話のタネにしようとしただけの俺より、初期からグッズを買って支えている人の方が演者も嬉しい筈。
楽しく話している詩織の邪魔はしたくないから離れた位置に移動するか。
さり気なくいなくなろうとすると誰かに手を掴まれた。
「工藤先輩、何処に行くんですか」
「いや、ちょっとトイレに……」
「嘘をつくのが下手ですね、さっきから手汗が酷いです」
おかしい、嘘をついて能力を使う時は成功するのに使わないと失敗するのか。
「俺は邪魔にならないように遠くで見てるからさ、楽しんできなよ」
「先輩は当初の目的をお忘れですか? 元々は二人で見に行く予定ですよね」
「確かに茜や瑠奈が来たのは予想外ですが、目的は変えるつもりはありませんから!」
――なんて明るい子なんだろう。
笑顔で笑いかける詩織を見て俺は自分の考えが間違ってた事を知る。
今日一日失敗ばかりだ……
「失敗ばかりで非常に申し訳ないな、詩織」
「私ばかり一面を知られてもアレなので先輩の可愛らしい一面を知れて嬉しいです。」
「……わかった、戻るよ」
俺の弱い一面を可愛いらしいと言ってくれたのは詩織が初めてだ。
02
「意外とイベント楽しめたな……」
「工藤先輩、途中から梨沙さんファン化してましたよね。見てて面白かったです」
俺達はイベントが終わって茜ちゃん達と別れ、バス停までイベントの感想を言い合っていた。
西久保梨沙さんの裏の顔を知ればファンになるわ。
表ではぶりっ子の頂点を決めたような喋り方をしているのに裏ではヤンキーみたいな喋り方をしている。
ギャップがありすぎて好きになってしまった。
今どき頭の緩い言葉を言えるのは凄い。
クルルン星のお姫様、西久保梨沙でーす! キャラで言えるのは彼女しかいないだろ。
才能があるとしか思えない。
「恥ずかしいからやめてくれ……というか詩織だって人の事言えないだろ。キャーキャー言ってて驚いたよ、俺」
東山京之介は俺と同い年でプロになり、国内リーグで毎年ベストイレブンに入る実力者だ。
美形なのに顔に似合わないような泥臭いプレーをするので男女問わずに人気らしい。
ファッション誌の表紙になったり、自分でブランドを立ち上げたりなどサッカー以外にも才能を発揮している。
性格は優しく、温厚だから尚更人気があるんだろう。
詩織はイベントが終わった後、ショップで東山京之介のグッズを大量に買っていた。
「む、言うようになりましたね先輩。東山様は他のアスリートと違って別格なんですよ! ビッククラブからオファーが数件来ているのは彼しかいません!」
意外と詩織は面食いなのかもしれない……いや、別に嫉妬している訳ではない。
単に知らない一面を知れたのが俺は嬉しいんだ。
もっと詩織と一緒に出かけてみたい。
「バス停やっぱり混んでますね……時間ずらしますか?」
「うーん、どうするかなぁ……」
バス停にはバスの中にギリギリ入る人数の人が大量に並んでいた。
まだ時間はあるし……少し時間はかかるが駅まで歩いた方がいいかな。
「……駅まで歩いても大丈夫?」
満員電車みたいにギュウギュウ詰めになるのが嫌なだけであって、二人きっりになりたいからではない。
もうちょい話したいからとかではないから。
「別に良いですよ、一緒に歩いて帰りましょう」
駅までバスを使えば約三十分、歩けば一時間。
普通は嫌がるはずなのにどうして付き合ってくれるんだ?
友達から親友にランクアップした……わけはないか。
「先輩! 後ろ」
「あっ」
色々と考え事をしたせいか、後方確認を怠ってしまった俺は同じ様に何かを見ている人にぶつかってしまった。
「西久保……有紗!?」
「イタタタタ……」
俺の目の前には西久保有紗がいた。
学校では男を誑かすようなタイプ色気のある少女なのに今いる西久保有紗は普段と違う真面目な少女の佇まいだった。
「ごめん、大丈夫か」
西久保有紗の目を見て俺は謝罪した。
「触らないで自分で立てるから」
俺は尻もちをついていた西久保有紗を立たせようと手を掴もうとしたが拒否された。
自分で立った彼女は俺達の方を睨みつけながら後を去った。
気のせいか目の色が変だったような。
「先輩はちゃんと謝ったのに何ですか今の態度は。真梨愛先輩と同じ喋り方をしていますから尚更腹が立ちます!」
「まあまあ落ちつけ、早く帰ろう」
俺は西久保有紗の後ろ姿がどこか寂しげに見えたが、見間違い……だろうか。
トイレの時も思ったが、彼女は何故学校とはキャラが違うのか。
詩織と話しながらも、ずっと気になっていた。
話を聞いていなくて詩織には怒られたが。




