34話
01
「くぅー、やっと終わった……」
東雲の件から二日、次第に校内には兵藤と同じように目を赤くした人物が徐々に増えていった。
どういう過程を経たら赤目になるんだ?
何故だか目が赤くない人もいるみたいだし……
色々と対策を練らなきゃいけないが、今はテストが優先だ。
俺はテスト三日前にして叶枝の個人指導を朝から受けていた。
運が良かったのか、それとも俺が頭良くなっていたのか知らないけど課題はすんなり終わらせてしまった。
課題が毎回多すぎて疲れるけど、叶枝のお陰で赤点は免れてるからアイツには感謝しきれない。
「お疲れ様、ハジメちゃん。いつもより頑張ってるように見えてたからご褒美あげるね」
下に降りて持って来たのは可愛らしいショートケーキだった。
「……買ってきてくれたのか!?」
ここのケーキ屋さんは父親からの生活費が振り込まれた時、たまに買う。
テレビで何度も紹介される程美味しくて、ほっぺたがとろけおちそうになるんだよなぁ……語彙力が失われるぐらいに美味しい。
人気なせいか、早朝で並ばないとケーキは買えないのにもしかして叶枝……俺の為に!
「うん。ハジメちゃんが駅前のケーキ屋さんのケーキをよく買ってるのを見かけてたから昨日買ってきたよ」
俺はケーキを口に運ぶ。
スポンジの触感は柔らかく、口に頬張ると全身が溶けだすぐらい甘かった。
疲れた頭を癒すには最高だわ、思わず顔がほころんでしまいそう。
いや、俺だけ嬉しい気持ちを味わうのはダメだな。
叶枝が好きなものは……俺があげるもの全て喜んでいたから物は意味無いし、悩むな。
いや、待てよ。一つだけ叶枝が喜ぶ事を思い出した。
小さい頃、俺と叶枝はたまにハグをしていた。
確かクラスに一人だけ進んでいたクラスメイトの影響だっけかな?
あの時は男女の事なんてわからなかったけど、叶枝は喜んでいたな。
俺が身近に感じられるからと言っていたけど。
今更やるのは恥ずかしいけど、いつも叶枝は俺の為に尽くしてくれているからたまには良いだろう。
「叶枝、いつもありがとうな。こういう事しか出来ない俺を恨んでもいいんだぞ」
勉強会した後の片付けをしていた叶枝の後ろから俺は抱擁した。
あれ? いつもなら反応とかある筈なのにな。
「ハジ、ハジメちゃん。ど、ど、どこでそんな技覚えてきたの……!!」
叶枝は俺でもわかるぐらいに顔が真っ赤だった。
俺も恥ずかしくなってきた……
ずっと叶枝は俺の腕をずっと握りしめていて、何か待っているようだった。
もしかして求められているのか? それ以上を?
いやいや……いやいや!!
叶枝とそれ以上の事をするようになると、いずれは悲しむ顔も見てしまうようになるし……
それに俺は叶枝が幸せな顔をしてくれたら充分だ。
だから求められても答えられない、だって俺達は家族だから。
小さい頃からずっと居たとしても家族に恋心なんか湧かない。
俺が「好き」という感情をわかっていないだけかもしれないがな。
「いつも感謝の言葉しか言っていないからな、たまには叶枝が喜ぶ事をしないとって思って」
「うん、うん……気持ちだけでも嬉しいのにまさか私の為を思ってやってくれたなんて」
さて、どうしよう。
ずっと抱擁しているのも疲れてきたし、そろそろ離してもいいよね?
俺は叶枝から腕を離そうとするが、叶枝は力づくて俺の腕を抑えていた。
イタタタタ……!!
昔より握力が強くなってない???
「ハジメちゃんハジメちゃんハジメちゃん……」
以前、監禁された時よりも叶枝の様子がおかしい。
このままの状態が続いたら俺と叶枝の関係が終わってしまう。
そんなのは嫌だ、どうすれば……
突然ポケットが振動し始める。
誰かから連絡か!!
これはチャンス!!
「ごめん、叶枝! 電話がきたみたいだから一旦部屋抜けていいかな?」
「誰からかかってきたの? 女? もしかして三雲さん?」
最後の方だけ語尾が強く感じたけど、真梨愛の事本当に嫌いなんだな。
「連絡した人見るから一度手を離すね」
叶枝は腕を掴む力を弱めたから俺はようやく自由になれた。
抱擁じゃなくてハグだったら、様子がおかしくなる事はなかったのか?
いや、ハグをしても同じ結果になっていたな。
去年までは叶枝からいつもハグや抱擁をしてきてたから、俺も昔した事を思い出して自分から行動したのに。
俺はまだ叶枝の全てを知れていなかったのか。
……ひとまず電話の相手を見よう。
「竜宮寺さん!?」
「誰その女?」
「三雲の家のメイドさんだよ。電話番号は教えていないのに誰から聞いたのかな」
真梨愛の家で竜宮寺さんと会ったとは言えない。
まさか嘘をつくのがこれほど苦しくなるとは……
「もしもし? 竜宮寺さん?」
俺は叶枝に聞こえないように小声で竜宮寺さんからの電話を取る。
冷や汗がさっきから滝のように流れてくるなんて生まれて初めてだ。
「工藤さん、これから予定とかありますか?」
「いや、無いですけど。どうかしましたか?」
「実は私の部下であるメイドが一人風邪で休んでしまいまして……それで工藤さんにお願いしたい事があるんです」
「一日だけメイドになってくれませんか?」
思わず俺はスマホを落としてしまった。
02
「どうかしたの?」
う、うーん。何て答えようか。
「実は竜宮寺さん、俺が車に轢かれそうになった時に助けてくれた人なんだ。だから彼女に凄い恩義を感じていて……」
口からでまかせを言うしかなかった。
竜宮寺さんにはいつも助けてもらってばっかなのに、俺は何を言ってるんだ。
「やましい関係ではないよね?」
「やましい関係ではないから安心してほしい」
俺の言葉を聞いて安心したのか、叶枝はさっきとは見違える程落ち着きを取り戻していた。
「助けてもらったならお礼はしないとね。何時に出ていくの?」
「そうだな……あと三十分したら家を出ようかな」
「じゃあ私がハジメちゃんの代わりに荷物作るから何が必要が教えてくれる?」
「うーん、バックと制汗剤、タオルと飲み物かな。でも俺が準備するからいいよ」
「勉強し終わった後は頭が疲れるでしょ? たまには私に任せてよ」
叶枝は机からある物を取り出し、また下に降りて行った。
荷物の準備ぐらい俺でも出来るのに……
それにしても叶枝の奴、行動がエスカレートしていないか?
能力者という線が濃くなってきたような……真梨愛に相談してみるか。
後に俺は自分の甘ったれな考えに苦しめられる事になるとはこの時には思いもしなかった。




