33話
01
「ようやく東雲の家に着いた……!」
真梨愛が手配してくれたタクシーから降りて、俺はエントランスに入った。
「東雲、家の鍵取ってもいいか?」
「財布の中に家の鍵あるから取って……」
意識朦朧としながらも俺に家の鍵が入っているところを東雲は教えてくれた。
教えてくれたのはいいがどこに財布をしまっているんだ?
「どこに財布あるんだ?」
……反応はない。
息遣いを感じるからどうやら寝ているようだ。
仕方ない探すしかないか。
最初にブレザーのポケットを探ってみると運が良いのか直ぐに見つかった。
もし見つからないでスカートのポケットを探っていたら警察に通報されていたかもしれない……
鍵もあった事だし、早く開けて東雲の家に行こう。
玄関前に着き、インターホンを鳴らすが全く反応が無い。
もう一度押しても同じ結果だった場合は問答無用で扉を開けるか。
「……開けるか」
まだ正午の時間帯だから家族の人は帰って来てないんだろう。
俺は一ヶ月ぶりに東雲の家に入った。
あの時とは状況が違うから冷静に対処しなくては。
えーと、ひとまず東雲をどこに寝かせよう。
「ソファか、ベッドどこにしようか悩むな」
機能的に考えるとやはりベッドが無難か。
ソファだと自由に動けないけど、ベッドは体を伸ばす事ができる。
そうなると東雲の部屋にお邪魔する事になるのか……
男の姿で入るのはちょっと気が引けるが、ここは我慢するしかない。
「お邪魔しまーす……」
東雲の部屋は今どきの女子高生が読む雑誌や、イケイケなアーティストのポスター、立ち鏡、メイクボックスなどが置いてあった。
真梨愛とはまた趣向が違うから女の子って不思議な生き物なんだなと感じる。
「よっこいしょっと」
東雲をベッドに降ろす。
体が熱で侵されてるならブレザーは脱がさないと。
ボタンをひとつずつ開けていくと巨大な二つの山が現す。
ブレザーでわからなかったが体中に凄い汗かいているな、タオルで拭こう。
理性保てよ、俺!
「待って……工藤」
急に何かに掴まれたので振り向くと東雲が俺の袖を掴んでいた。
「今、タオルと冷たい水持ってくるから安静にしてて」
「私一人でも出来るから工藤はもう帰って大丈夫だよ」
倒れそうになったから俺は東雲の体を支える。
「無理すんなよ」
頭にポンっと触れて、俺は東雲の部屋から出る。
家族が帰って来るまで東雲の傍にいよう、俺が帰ったら倒れてしまいそうで心配だ。
そういえば頭ポンポンは嫌がる女の子もいるって聞いた事あるけど、なんの気兼ねもなく東雲にやっちゃったな。
やるんじゃなかった……
リビングに行き、キッチンで水やタオル、熱さまシートを用意した。
普通の熱と同じように準備したけど、ちゃんと治ってくれるか不安になってきたな……
学校内で両目を赤くした彼らは一見すると他の人と変わりはしないのに違和感を感じる。
誰かに操られてるような気がしてならない。
兵藤がいい例だ。
アイツは気持ちの浮き沈みが激しいけど、人を脅すような口ぶりはしない。
今回は能力者が誰か判明しない限りはむやみに動くのはやめた方が良さそうだな。
02
「東雲! 入るぞー」
「いいよ。入って」
ノックをして入ると、胸をはだけさせていた東雲と目が合った。
全部は見えないが一部だけでも男を瞬殺させるモノがあると、気が散ってしまう。
耐えろ……耐えるんだ!
「工藤が私の体を吹きやすいように先にシャツ脱いで待ってた」
いつもならこんな大胆な行動をしたら、恥ずかしがりそうなのに
今は逆の反応をしている。
「あのもうちょい恥じらいを持ってくれたら嬉しいんだけど……」
病人に言う言葉ではないんだけどな。
俺はタオルを水に浸して、いよいよ東雲の体を拭く事になる。
手が尋常ではないほど震えているせいで集中が出来ない。
静まれ……俺の右手っ!!
「工藤はさ、私といて楽しい?」
「いきなりどうしたんだよ」
右手を抑えるのに集中していると、突拍子もなくいきなりこちらを向いてきた。
「私、聞いちゃったんだよね。工藤が私といるのが辛いって、見ててイラつくって」
「そりゃあそうだよね。いつも優しくないし、工藤を困らせるような事をしたら嫌われて当然だよ」
顔を下に向いて自己嫌悪に陥っていた東雲に俺はどういう言葉をかければいいのかわからない。
いつも明るくて俺が困っていれば直ぐに力を貸してくれて、ラブレターの件の時は筆跡などを自分の友達に見せて書いた人を探してくれたりしてくれた。
人が困っていれば助けてくれる東雲を何故俺が嫌わなくちゃいけないんだ。
「誰にそんな事を言われたんだ」
「わからない……わからないの。顔は思い浮かぶのに名前が出てこないんだよ」
「その人は工藤が友達に東雲の過去を暴露して、皆で笑ってたって言ってた」
「工藤は私を騙してたの? あの時の優しい顔は嘘なの?」
「本音を聞かせてもらえたら私も諦められるからさ」
東雲の両目が赤くなりかけていた。
まさか兵藤と同じ様な状態に? 東雲が俺の本音を求めるなら答えるしかない。
気持ちを落ち着かせれば変な状態は解かれるかも……
「俺は東雲を嫌いじゃない。お前を見ているだけでいつも気持ちが明るくなるんだ」
「誰に言われたのか知らないけど、人の悪口なんてつまらないものを好むタイプではないのは知ってるだろ」
「だから安心して俺と友達のままでいてほしい」
これが俺の気持ちだ。
東雲が俺に対してどう思っているかわからないけど、俺は東雲を大事な友達と思っている。
人を容易く笑顔にする事ができるのは彼女だけの特権。
傍にいるだけで心がポカポカして気持ちがいい。
「気持ちを聞けて良かった……私は絶対工藤を振り向かせて見せるからっ!」
最後の言葉までは聞こえなかったが、また東雲の笑顔が見れて良かった。
と思っていたのも束の間、東雲は顔を下に向いて震えていた。
気のせいか顔が紅潮して見えるけど……
「ねぇ……私今なんて言った?」
ずっと黙っていたと思いきや、東雲はようやく口を開く。
「え? 気持ちを聞けて良かったって言ったけど」
正面を向いていた東雲は何故か後ろを向いた。
俺は気持ちを察し、同じ様に後ろを向く。
シャツ越しに伝わる体温は先程までの痛々しい熱さではなく、顔がほころぶような温かさが直に伝わっていた。
「いつかわかる時がくるから……今は忘れてね」
少しだけ今回の能力者の実態がわかった気がする。




