32話
01
「来週テストは嫌だなぁ……赤点だったらどうしよう」
「呉野さんに毎年、手取り足取り教えてもらってるんだから赤点回避余裕だろ? 羨ましい、俺なんか……」
「その言い方はやめろ、いやらしい」
四限目が終わり、HRが始まるまで俺と兵藤はテストについて愚痴をこぼしていた。
こんな事を言っている兵藤だが、文系クラスの中ではトップクラスの成績を残している。
一見すると嫌味な奴に見えてしまうけどある一つの要素を継ぎ足せば、嫌味な要素は消えてしまう。
それは兵藤は気分が乗らないとどんなに勉強をしていても、赤点を出してしまう。
例えば、長年好きだった人に告白をしたら玉砕。
数週間もフラれた事を引きずり、勉強をしても頭に全く入っていかない。
もし、好きな人が新たに出来れば人が変わったように明るくなり勉強も人並み以上に頑張るという不思議な人間だ。
「また誰かにフラれたのか?」
「いや、その逆だ。俺はある人と付き合った」
「冷血女の三雲真梨愛だ!」
……は?
いやいや待て待て、落ちつけ俺よ。
さっきから鼓動が激しくなっているけど、これはいきなり突拍子な事を言われたからだ。
まず、兵藤は誰が見ても嘘をついている。
なんでよりにもよって真梨愛と付き合っているという嘘をつくのかが、意味がわからない。
「なぁ兵藤。左手はチョッキ、右手はパーで痛くない方を選べ、夢から覚ましてやるから」
「待て待て、今のは冗談だからマジになんなよ。本当の事を言うからさ」
俺は自分自身キレているのかわからなかったが、兵藤の慌てぶりを見るとどうやら本当にキレているらしい。
どんな顔をしているのだろう、今の俺は。
「俺、三雲さんの事好きになっちゃったんだよね」
「……理由は?」
「いやー、やっぱり誰にも掴まれる事のない高嶺の花感が最高に素晴らしいんだよね。孤高で生きてこそ三雲さんは輝く」
いきなり早口で真梨愛について騙り出した。
一切好きな素振りを見せないで、他の連中と同じ様に真梨愛の悪口を言っていた奴が何故急に好きになるんだ?
普通の人だったら可愛いから好き、私だけに優しいから好きなど人によって好きになる理由が様々だが兵藤の好きはおかしい。
薄気味悪い。
「まあ、程々にしとけよ。真梨愛はしつこいタイプ嫌いだから肝に銘じとくんだな」
「今、三雲さんの事を何て呼んだ?」
一瞬、首元に刃物を突きつけられているような感覚が襲ってくる。
兵藤は表情などは変わっていないが、目の色が少しだけ赤くなっていた。
怒っているのか? 兵藤が?
余程の事がない限り、兵藤は誰に対しても怒らない筈なのに……様子が変だ。
「まさか付き合っているんじゃ……」
「ないない、俺が付き合えるわけないだろ」
「工藤が嘘をつくわけないもんな、疑って悪かった」
丁度担任の先生が教室に入ってきたところで、俺と兵藤の話は終わった。
あと数分遅かったらボロが出てしまってたな……
―――
―――――
HRが終わり、俺は生徒会室に向かった。
さっきの事は気がかりだが、今は中間テスト前の最後の生徒会活動をしなきゃな。
いつもは早帰りだと校内に残る生徒は殆どいないのに今日に限っては人が溢れていた。
少し気になるから空き教室で隠れよう。
皆、何処の教室に向かっているんだ?
人の流れを観察していると俺と同じような事をしている女子がいた。
背がデカいから物に隠れていても直ぐに東雲だとわかる。
俺も自分の事を言えるギリではないが、もっとこうわかりにくいようにしろよ……
「おい、東雲」
「工藤!? どうしてここに?」
「それはこっちのセリフだよ、何してんだ」
「クラスの友達が皆、虚ろな目をしてどこかに移動していたから後ろつけてきちゃった」
東雲が言われて俺はぞろぞろ歩いている生徒達の目を見る。
確かに皆、魂を抜かれたのか無表情だ。
これって……
「「能力者絡みだよね」」
ハモってしまった俺と東雲は咳払いをして、気を取り直す。
明らかに異常な光景は前にも見た様な気がするな……
「ひとまず生徒会に行って真梨愛ちゃんに話しましょう!」
正気を失った生徒達を見送った後、俺達は生徒会に向かった。
気のせいか、集団の中にいた生徒に睨まれた様な気がしたような……
生徒会室がある階は下の階と比べると、人は全く残っていなかった。
何故下の階だけあんなに人がいたのか、今回の能力者はどういう能力を使っているのかさえわかれば対処は出来るはず。
「真梨愛! 今、下の階で変な事が起きているんだけど……」
「あらー……」
生徒会室のドアを開けると、小日向さんが作業をしている真梨愛にスプーンを使って食べ物を食べさせていた。
「ハジメくん!? 東雲さん!?」
02
「二人共、話は何かしら?」
平静を装っているが、汗ダラダラだぞ真梨愛さん……
気を取り直して俺と東雲はさっきあった出来事を話した。
小日向さんと真梨愛は驚く様子もなく、さも知ってるかのような顔をしていた。
「さっき私と詩織さんで新しい能力者の対策を練ってたのよ」
「これを見てください」
ホワイトボードにはびっしりと文字や図が書き連ねていた。
全部小日向さんが書いたのか……
「私と真梨愛先輩も工藤先輩や東雲先輩が会った不気味な人達に遭遇してきました」
「彼らはまるで誰かに操られているように見えたわね」
「普通の人と違いはあるの? 詩織ちゃん」
東雲が小日向さんに質問をする。
聞けば聞くほど恐ろしくなってきたな、どういう能力を使えば人をあそこまで感情を無くす事が出来るんだ?
「違いは目です」
「目?」
「感情を失っている生徒達の目は皆赤くなっています、予想ですが洗脳能力が使われているんじゃないかと思います」
だから兵藤も目を赤くしていたのか、どうりで納得がいく。
「まだ一部の生徒にしか赤い目はないけど、もし仮に洗脳能力者が他の生徒に能力を使ったら収集がつかなくなるわ」
東雲はさっきから片目を抑えているけどもしかして……
「う、くぅ……」
「東雲さん!?」
東雲の片目が充血していた。
倒れた体を動かそうと触れようとしたが、とてつもない熱さに思わず手を離す。
「凄い熱……いつからだ!」
「さっき……に会ってそいつの目を見たら急に体が……」
「先輩達、今日は一旦家に戻った方が良いと思います」
「わかったわ、東雲さんは学校から家まで近いけどハジメくん送ってもらっていい?」
「タクシーを用意するから待ってて!」
真梨愛は急いでスマートフォンを取り出し、三雲財閥傘下のタクシー会社から一台の車を直ぐに手配をした。
俺は東雲を背負って、タクシーが学校に到着するのを待つ。
「お母さん……お母さん……」
東雲は苦悶の表情をしながら母親を必死で呼びかけていた。
幾ら能力者でも直接他人に被害が出るのは初めてだ。
俺は自分の仲間である東雲を傷つけられた事で怒りを迎える。




