30話
01
「……よく寝た」
大きなあくびをして、俺はベッドから降りた。
体が酷く重いな……
あの後叶枝の家で拷問という名の勉強会を行い、叶枝の両親と久しぶりに食卓を囲んだ。
雪江さんの料理はどれもおいしくて、歳を考えずにおかわりをした。
俺は最初、遠慮をしていたが雪江さんや利光さんの強い押しに負けてしまった。
何せ他人と食卓を囲むのは二、三年振りだ。
去年の勉強会は午前中で終わっていたから、叶枝の両親と会うことはない。
小学生までは父親が海外で一人で働いているせいか、以前居たお手伝いさんの人の料理を食べていた。
あの人が亡くなってからは俺は父親からの仕送りを使ってコンビニ弁当やスーパーのお惣菜を買っていたが、叶枝の両親が俺の健康面を心配して自宅でいっしょに食べる事を提案をしてくれた。
バイトが出来ない中学生まで俺の為に夕飯を作ってくれた雪江さんや色々相談に乗ってくれた利光さんには感謝しきれない。
今は叶枝のおかげである程度は自炊を出来るようになったから、叶枝の家で夕飯を食べる機会は無くなった。
叶枝の料理も段々と雪江さんに近づいていってるから、もうすぐ超える時があるのかな。
進化の過程を味わえるなんて俺はなんて幸せ者なんだ。
さて、制服を掛けてあるハンガーラックは何処だ……
「あれ?」
ぼやけていた視界が徐々に明け、俺に悲劇の始まりを告げてくる。
ここ、叶枝の家だ……
参考書や幼い頃の俺と叶枝が写っている写真があり、女の子らしい可愛いぬいぐるみもある。
中には誕生日の頃に渡した物が部屋に飾られていた。
おかしい、夕食を食べた後の記憶が思い出せない。
「あれ、もう起きたんだハジメちゃん」
俺の真後ろから叶枝の声が聞こえてくる。そりゃあ、叶枝の部屋なんだから声ぐらいはするか。
何、納得しているんだ俺!? 同じベッドで寝ていたんだぞ、男女二人が!
心臓の鼓動が一段と早くなり、後ろを振り向くのは拒んでしまった。
早く家に帰らなきゃ……
「だめ、家には帰らせない」
気がつくと俺は押し倒されていた。
普段の叶枝は威風堂々としていて、俺以外の人前では決して甘い表情などは見せないのに今は違う。
パジャマをはだけさせて、人の体をなぞりながら笑みを浮かべている叶枝はいつも違うように見える。
豊満な胸をこれでもかというぐらいにアピールしており、時折わざと俺の体に触れる。
正直既に理性がヤバいのだがしかし、幼馴染として看過できない事がある。
「どうして俺がここにいるかは敢えて聞かないけど、そんなはしたない行為は叶枝らしくない」
叶枝は下ネタが苦手だ。ましてや自分からいかがわしいような行為をしようとはしない。
男子の下世話な話を聞いて、顔を真っ赤にするぐらいだ。
そんな叶枝が一体何故、こんな事を?
「こうでもしなきゃハジメちゃんは私を見てくれないじゃん。私はいつも視ているのに」
「それは最近生徒会活動で忙しいし、叶枝だって風紀委員会であまり会えてないだろ」
「生徒会活動で忙しいのはわかるけど、三雲さんや東雲さん……だっけ? あの二人とイチャイチャしているようにしか見えないんだけど、ねぇ?」
俺は別にイチャイチャしているつもりはないんだけど……一言言いたいが、余計に拗れるだけだから我慢しよう。
叶枝の監禁は小学生までは監禁とは名ばかりのただのお泊まり会だった。
二人で夜遅くまでゲームしたり、いっしょにお風呂に入ったりなど今では出来ない事ばかりしていたのに。
何故監禁の内容が変わってしまったんだ。
「別にそういう関係ではない。やましい……事はしていないけど決して叶枝が悲しむような真似はしてないよ」
真梨愛とデートをしたが叶枝にはバレたくない。
何をするかわからないし、周りからの叶枝の評価は下げたくないからこの事実は墓場まで持っていこう。
「本当に? 本当にやましい事はしていないんだよね。そっかそっかと言うとでも思った?」
鼻と鼻がぶつかるぐらいまで叶枝は俺に顔を近づけてきた。
おかしい、今日の叶枝はいつもと違う……!
「いつもいつもそういう事を言うけど、私がいつもどういう気持ちでハジメちゃんを見守ってきたのかわからないでしょ」
長い髪の毛を整えた後、叶枝は俺を見ずに部屋から出た。
「私は下で制服に着替えるけどハジメちゃんはずっとそこにいてね。学校から帰るまでその部屋から出たら駄目だから」
部屋中に突然電子音が鳴り響いた後、自動音声が流れた。
その内容に俺は驚きを隠せない。
『この扉はロックされました、解除するにはパスワードが必要です』
まさか現実で脱出ゲームをするはめになるとは……
「ハジメちゃんなら直ぐに解けると思うよ。私を本当に理解してくれているなら、絶対解ける」
「ヒントはないのか?」
「……信じているからね」
俺の答えを待たずに叶枝は階段から降りていった。
02
「うーん、これでどうだ!」
耳障りなエラー音を聞くのはもう飽きてしまった。
叶枝が家を出てから既に三十分が経過しており、何度も叶枝に関する情報を暗証番号機に打ち込んだが失敗ばかりだ。
俺が忘れている情報もあるかもしれないから、部屋を探ってみるか。
まず、叶枝の机から探そう。
叶枝の机には各年代事の俺が写っている写真が置いてあった。
写真が撮られた日付と年代はメモをしとくか。
それより叶枝は俺が幼稚園の頃におもらしをして親に怒られてる写真まで持っていたのか。
アイツの目には俺はどういう風に映っているのだろう。
まだ昔みたいに弱々しい様に思われているのかな。
「やめやめ、早く脱出して生徒会に行かないと」
HRが開始まであと一時間、まだ余裕がある。
他のとこも探そう。
棚のところには俺が誕生日に叶枝にあげたぬいぐるみなどが飾られていた。
コイツらは確か……親のお小遣いで叶枝が喜びそうなぬいぐるみを血眼になって色々な店で買い集めたんだっけ。
あの時の叶枝の顔を思い浮かべると、自分が叶枝の兄になった気分になる。
本当に喜んでくれて俺は嬉しかった。
「一応、裏側に書いてある製造番号も書いとこ」
さてと次はどこを探そうか。
クローゼットの中は……幾ら幼なじみといえど見てはいけないものもあるからやめとこう。
ひとまず書いた番号を打ち込んでみるか。
「…………」
ダメか……
一旦冷静なろう、焦ってたら探してるものも見つからなくなる。
とりあえず椅子に座って考えよう。
「ん?」
俺が座った衝撃でどこかに隠れていた写真が落ちてきた。
手に取ってみると、次第に記憶が蘇っていく。
「……俺は最低な人間だな」
トラウマのせいで喋れなくなった俺を支えてくれたのは誰だ。
叶枝しかいないだろう。
人に意志を伝えられなくなった俺の代わりにいつも四六時中、ずっと傍にいてくれてサポートしてくれた。
どんなに辛くても叶枝が傍にいて助けてくれた。
俺は叶枝が今でも心配してくれている事を当たり前だと思っていたんだな。
「今度、叶枝をあの場所に誘ってみよう」
番号を打ち込み、重い扉は開かれた。
さぁ、急いで支度をして学校に行かなきゃ。
叶枝の机には小さい頃の俺と幸せそうにしている叶枝が写っている写真が置いてあった。
俺は写真を手にとった。
懐かしいなぁ……
いかんいかん、感傷に浸ってる暇はないな。
叶枝には感謝しきれないよ、本当に。




