小日向詩織編 24話
01
次の日の放課後、俺達生徒会メンバーは桜ヶ丘学園中等部に訪れていた。
中等部に行く数時間前、俺は生徒会室で昨日小日向さんに出会った事を話した。彼女は能力者ではないかと真梨愛に告げる。
証拠は少ないが、様子は変だったと俺の話を聞いた真梨愛は渋い顔をしながら何か考えていた。
数分かかってやっと口を開いたかと思うと、中等部に行って小日向さんの元担任に話を聞くべきだと真梨愛は言った。
俺は正直、小日向さんの事を知っているなら元担任じゃなくてもと言いたかったが……切ない表情をしていた真梨愛に俺は文句を言うべきではないと判断した。
悲しい顔をしている女の子に文句は言えない。
中等部は旧校舎からおよそ十分の所にあり、高等部と比べると校舎は小さかった。
高等部は一般枠と特別枠で校舎が別れていて、両枠の三学年を合わせると千人以上超える。
一般枠側の校舎は生徒を難関大学に多数合格させた講師陣が勉強を教えてくれて、特別枠側の校舎には元アスリートや元歌手などの著名人達が手取り足取りコーチングをしてくれる。
その結果、両枠共学校に恥じない進路や功績を残している。
対して中等部は食堂や運動部専用グラウンド以外はほとんど公立の中学校と同じだ。
校舎も資金をかけておらず、今にも塗装が剥がれてしまいそうだ。保護者からは高等部と同じように外観や待遇を良くしろとクレームが来ているらしいが、気持ちは分からんでもない。
高等部の校舎の外観はホテルと誤解してしまうぐらいに立派だ。たまに勘違いした海外の観光客が高等部に来る事もある。
「今の時間だと山内先生は職員室にいる時間帯ね、行きましょう」
「中等部って高等部と比べると公立の学校と同じだよね、もっとお金かけてるかと思ってた。ちょっと期待外れだったなー」
東雲は俺が口に出さなかった事を平気で真梨愛に話しかけていた。
空気読んで!! 相手は経営者の娘なんだから流石に期待外れだったという言葉は真梨愛も怒るよ!!
「東雲さんやハジメくんは高等部からだよね? それだったら驚いても仕方ないと思うわ」
中等部に行く道中、俺を放って二人はガールズトークに花を咲かせていたが……
東雲はごくたまに皮肉じみた事を言うので気が気でない。
本人は悪気無しで言っているみたいだけど、よく真梨愛は怒らないな。
「お父様に保護者の言葉に傾けてって再三言ってるけど、全く聞く気ないみたい」
珍しく真梨愛は疲れたような顔を見せるので、昨日父親と口喧嘩をしたんだろう。
あの人旧校舎で初めて会った時、厳しそうな顔してたし真梨愛も大変だなぁ。
正門から入った俺達はどうでもいい事を話しながら職員玄関へと向かった。
職員玄関へと向かう最中、グラウンドで部活動をしている生徒を見て俺は羨ましく思えた。
俺もあんな事を幼いうちにしなければ汗水垂らして部活動が出来ていたのか? 一度でもいいから同じ目標に走ってみたいな。
自分が部活に入っている姿をイメージしていると、一人の女性の姿が見えた。
「ん、あそこにいるのは山内先生かしら」
俺達が探しに行く手間を考えてか山内先生は昇降口で待っていてくれた。
山内先生は髪を束ねており、メガネをかけていることから仕事が出来そうなキャリアウーマンに見える。
身長も女性にしては大きく、容姿端麗とはこの人の為にあるものではないかと思うぐらいに綺麗だった。さぞかし、学生時代はモテただろう。
「工藤?」
「ハジメくん?」
真梨愛と東雲は俺が彼女に見惚れていたのがわかったのか、女の子がしてはいけない様な目で俺を見ていた。
蛇に睨まれる動物の気持ちがわかった様な気がする……
「あら、三雲さん。お久しぶりですね」
俺達を見つけた山内先生はこちらに来て、真梨愛にお辞儀をした。
こちらを子供として見ないで一人の大人としてちゃんと見てくれているのは感じが良い。
好きになりそうだ。
「去年、中等部に来た以来ですね。お忙しい中私達の為に時間を設けてくださりありがとうございます」
「ここで喋るのもどうかと思うので、応接室にでも移動しましょうか皆さん」
山内先生に言われた通り、俺達は応接室に移動する。
―――
―――――
応接室は至って普通だった。3人がけ用のソファや1人様の椅子があるだけで、変わった様な物は無かった。
さすがに応接室に金をかけるのはおかしいか。
「三雲さんは小日向さんについて何が知りたいんですか?」
俺達が席に座ったのを見て、山内先生は口を開いた。
「詩織さんが中学三年に起きた事故について教えてくれませんか?」
「……わかりました。事情があるように見えるので長くならないように話します」
神妙な面持ちで山内先生は小日向さんに起きた事を話し始める。
どんな事情であれ、俺は小日向さんの泣いている顔は見たくない。
修学旅行である観光地にバスで向かう最中、信号を無視したトラックが凄まじいスピードでバスに突っ込んできたらしい。
車内では生徒達でカラオケしていたり、友達とゲームをしていて楽しい雰囲気だったのをトラックがぶつかった事で一瞬にして崩れ去ってしまった。
幸い小日向さんは一命を取り留めたが数十人死傷者が出ており、その中に彼女の親友も含まれていた。
奇跡の生存者の一人として連日ワイドショーに取り上げられたり、有りもしない情報を心の無い人に拡散された事で小日向さんは精神を病んでしまったようだ。
匙加減という言葉を知らないのか、マスコミは!
「小日向さんは事故が起きる前は正義感の強い女の子だったんですが……」
「私の判断ミスで生徒達の人生を、壊してしまったんで、す……」
「あの時、私がトラックに気づいていれば……」
山内先生は途中で我慢しきれずに涙を流していた。よっぽど自分の担当した生徒達の事を想っていたんだろう。
山内先生の言葉に嘘は無かった。
「辛い事を思い出させてしまい、申し訳ございません。ですが可能な限り、事故の後の詩織さんの事を教えてください」
いつにも増して真梨愛の目は真剣だった。
東雲の能力が判明した時に、真梨愛は思春期の少年少女には能力はいらないと断言した。
三日之神に関連した能力者は皆、トラウマや悩みを抱えている。少なくとも、小日向さんは能力者の可能性が出てきた。
「俺達生徒会は生徒が困っているところは見過ごせないんです、どうか力を貸してください」
真梨愛の性格をある程度理解した俺は真梨愛が中等部時代に小日向さんの事を気にかけていたのが目に見えてわかる。絶対、本人が嫌だと言うまでは気にかけるタイプだし。
以前は一人で頑張っていたかもしれないけど、今は俺と東雲がいる。
「わかりました……力になれる事があるなら」
事故以来、小日向さんは人の目を見て話す事が出来なくなった。
山内先生は生徒のケアをするために小日向さんと話そうとしたが、何かに怯えた様子で言葉も辿々しかった。
どうして怯えているのかと聞けば、死んでしまった親友の子が目の前で事故当時の姿のままこちらを見下ろしていると小日向さんは話したそうだ。
「私は彼女を否定してしまったんです、それは幻覚だとハッキリ答えてしまった。生徒を導く立場の教師が生徒を否定してしまった……」
「本人しか見えない物に他人が理解しようとするのは無茶ですよ」
東雲が泣いている山内先生を励まし、俺と真梨愛が聞いた内容から能力を推察する。
昨日の不幸の連続から考えると、人を不幸にする能力か?
「私達が詩織さんのトラウマを解消しますので、先生は待っていてください」
能力の事を話せない以上、曖昧な言葉で誤魔化すしかない。
「貴方達の目を見れば嘘をついていないのがわかります。小日向さんをよろしくお願いします……」
山内先生の為にも俺達は頑張らなければいけなくなったな。
気を引き締めろ、俺。
02
山内先生との話を終え、中等部を後にした俺達は小日向さんと個人で会った時に備えて電車内で作戦を練る事にした。
作戦といっても簡単なもので、俺以外の二人が小日向さんと出会った場合は彼女の様子を観察してスマートフォンで俺に連絡をする。
逆の場合は小日向さんの様子を伺い、おかしくなければ喋りに行く。
この方針として、明日に備える事になった。
「無視しないで話聞いてくれるかな……」
能力を和らげるにはまず、俺が彼女の過去について触れないといけない。
心を抉るような事だが、能力を和らげる為には仕方がない事だ。
和らげば能力は東雲みたいに自然消滅していく。
「工藤、真梨愛ちゃん。小日向さんがいるよ」
東雲が小声で俺や真梨愛に話かけてきたので、東雲が指を指す方向を確認する。
俺達がいる車両ではない別車両に偶然にも小日向さんが乗車していた。
小日向さんは制服ではなく、私服で何処かに出かけに行く様だった。
「明日とは言ったけど、今日実行しましょう。」
「もしかして尾行するつもりなの? 真梨愛ちゃん」
「詩織さんが能力者かどうかわかった方がいいと思うわ。まだ半々だし」
明日にした方がいいと思ったが、俺自身小日向さんが能力者かどうか知りたかったので真梨愛の提案に乗ることにした。
能力は予想出来たが、あくまで可能性だ。
昨日会った時は俺を避ける為に言った事かもしれないし。
「真梨愛が言うなら俺達は従うよ」
最悪な事態が起きなければいいが……




