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小日向詩織編 23話

 01


「きゃあっ!」


 間一髪のところで俺は小日向さんの手を掴み、エントランスの方へ引っ張った。


「おい! 大丈夫か。サトシあんまスピード出すなよー。ぶつかりそうになったじゃんかよー」


「俺、スピード出してねぇよ! 車が()()()()()()()()()()()()()()()()!」


 車の持ち主達は一度俺達の安全を確認し、妙な言葉を発しながら走り去っていく。

 アクセルを踏みこんでいないのに車は勝手にスピードを出し始めた……?

 あの人達は何をおかしなことを言っているんだ。警察に捕まりたくないから言い訳をしてるのか?




「小日向さん、怪我はない?」


 俺は尻もちをついていた小日向さんを立ち上がらせる為に手を伸ばす。

 しかし、小日向さんは何が不満なのか不機嫌な顔になり手を払いのけた。



「お気遣いありがとうございます。ですが、自分で立てますので……」


 そう言い放つ小日向さんだったが立ち上がる瞬間、倒れそうになっていたのを俺は思わず腕を引っぱってしまう。

 力強く引っぱったせいで、俺の目の前には小日向さんのうなじが現れていた。

 遠くだと分からなかったが、近くになると柑橘系の匂いがしていて心が安らぎそうだ。いかん、これじゃあただの変態だ。

 エントランスを通っていくマンションの住人達は俺達の状況を横目に見ながら、そそくさと部屋に戻っていた。

 これは気まずいな……


「あ、ごめん小日向さん!」


 俺は小日向さんと距離を取ろうとすると、ブレザーに重みがかかっているのに気づく。


「さっき……何で私を助けたんですか!」


 雨が降ってもいないのにブレザーは染みている。

 小日向さんはポロポロと大きい雨粒のような涙を流しながら、俺に助けた理由を聞いてきた。

 泣きながらこちらを睨みつけているせいか、助けたのが間違いではないかと思い込んでしまいそうだ。


「どうしてって言われても、俺は人として当たり前な事をしただけだよ」


 至極真っ当な事を言ったが、この言葉は偽善者な感じがして嫌いだ。人によって「当たり前」の意味は違う、俺の当たり前は目の前で死にそうになっている人物を助けるのが「当たり前」だ。

 小日向さんという人物を知るには嘘をつかなければいけないが、どう嘘をつけばいいかわからない。

 話した感じからすればとても真面目そうに見えたが、心に重い物を抱えてるように見える。



「私とこれ以上喋らないでください……私と深く関われば先輩は()()()()()


 俺の体から手を離した小日向さんは床に落ちている鞄を取り、こちらに振り向かないでマンションから走り去っていった。

 女の子を一人で帰宅させるのは男失格だ。追いかけなきゃ!


「真梨愛も送迎車を使っていたから、もしかしたら、小日向さんも送迎車を使っているかも」


 一応、電車を使っている可能性も考えて駅に向かうか。


 ――――


 ――――――


「ぜぇ……はぁ……はぁ……」


 どれぐらい時間がかかったかわからないが、ようやく目的地である桜ヶ丘駅に到着した……

 丁度帰宅ラッシュらしく多くの社会人で桜ヶ丘駅は溢れかえっていた。

「流石に送迎車で帰ってるか」


 改札機にブスマをかざそうとした時、見覚えのある人物が券売機にいた。

 俺は人の波を掻き分けながら券売機へ向かう。小日向さんは券売機で切符を買っているようだった。


「小日向さん」


 名前を呼ばれた小日向さんは振り返って、俺の顔を見ると困ったような表情を見せた。

 嫌な顔されるよりマシだが、反応に困る。


「どうして……工藤先輩がここに?」


「俺、電車通学だからな。小日向さんは真梨愛みたいに送迎車使わないの?」


 俺と小日向さんは行先が同じらしく、電車が来るまでホーム内で話をした。

 一方的に話をしてるのは俺だけだが……


「……先月、専属の運転手が退職してしまったので電車通学になったんです」


 専属の運転手が辞める? 幾らなんでもそれはおかしいのでは?

 雇用形態で文句があったのか?

 理由を聞きたかったが、小日向さんは俺の言葉を遮るように耳にイヤホンをつけていた。

 仕方ない、もう少しで電車が来るからそれまでスマホでもいじっているか。

 ポケットからスマホを取り出そうしたら、手が滑ってしまい落としてしまう。俺は拾おうとしゃがんだが、地面にスマホが落ちているのに気がついていない人に踏まれてしまった。


 ああああああ!!! 俺のスマホ!!!

 拾い上げると、スマホの画面は銃弾を撃ち込まれたみたいになっていた。触ってみても全く反応しない。

 最近変えたばっかりなのに……


「工藤先輩、私と喋らなきゃスマホは壊れなくて済みましたよ」


 いつの間にかイヤホンを取っていた小日向さんは地面に膝をついている俺を蔑んだ目で見下ろしていた。

 タイミングよく電車が来てしまったせいで、その後の言葉が聞こえなかった。


「もう二度と私の前に現れないで下さい」


 そう言い残し、小日向さんは電車に乗り込む。俺は電車を見送る事しか出来なかった。  

 今の言葉どうも引っかかるな……先に嘘をついて小日向さんが嘘をついているか確認すれば良かった。

 どうしてあそこまで他人との関わりを拒否しているんだろう、何か理由があるのか。

 いや、それにしても暴走車の次はスマホか。立て続けに不幸が起きるのも妙だな……

 家に帰ったら、真梨愛に聞いてみるか。


「……携帯ショップに寄ってからにしよう」


 今の時間帯ならギリギリ空いてるから次の電車で行こう。

 はぁ……アプリゲームのデータ移行しとけばよかったなぁ。


 02


 胸がはちきれそうになるのを我慢しながら携帯ショップに行った後、俺は家に帰ってきた。

 リビングから食欲を掻き立てるような匂いがしていたので、恐らく叶枝が作ってくれたんだろう。

 ありがとうと言いたいけど、どうやら入れ違いになったみたいだな。


 ブレザーを椅子にかけ、俺はソファに横になる。慣れない手つきで代替え機スマホの設定を終え、真梨愛に電話をかける事にした。

 人に電話をかけるのって久しぶりだ、いつもはトークアプリで済ましているから何だか懐かしい。

 真梨愛は電話に出てくるか心配になり、着信拒否にされていないか不安になる。

 俺は恋愛している女子か!


「えー、今はゴロゴロしているので電話に出ませーん」


 ブチッと勢いよく切られたけど、今の声って真梨愛だよな……家でゴロゴロしているという事は聞いていたけどまさかな。

 呆然としていると、一分もしないうちに真梨愛から連絡が入ってきた。


「ハジメくん、さっきの言葉は聞いていないわよね?」



「あ、ああ……聞いていない聞いていない」


 声を強く強調しているからどうやらさっき油断していたんだろう、俺から電話をしてくるというのは初めてだし。

 素を出してしまうのは仕方ない。近くで素を見せて欲しいけど、我慢しよう。


「それで電話してきた用件はなにかしら? ことの次第では……」


「さっき小日向さんと会った。彼女少し様子が変だったけど中等部の時はどんな生徒だったんだ?」


「中等部の時の詩織ちゃんは私と同じ生徒会に所属していてね、誰よりも正義感が強くて男女問わずに慕われていたわ」


 さっきの詩織さんは申し訳無いが、正義感が強そうには見えなかった。別に真梨愛は嘘をついてはいない、例え電話越しでも俺は嘘を見抜ける。

 なら、小日向さんは一体何があって性格が変わったんだ?


「中等部の頃は姉妹のように仲が良かったから、高校も同じ様に接しようとしたら私を避けたのよ。多分、原因はあの事件だと思うんだけど……」 


 事件と口にした瞬間、真梨愛は声のトーンを下げていた。どうやら昔、性格が変わるような出来事があったみたいだ。


「事件って何があったんだ?」


「そうね……去年にって」


「真梨愛様ー、お夕飯の準備出来ましたよー」


「ごめん、ハジメくん。私が言うよりも当時の担任の先生に聞いた方がいいかもしれない」


「明日香が呼んでるからまた明日ね」


 電話越しから竜宮寺さんの声が聞こえてきた。時間も時間だし、俺も叶枝が作ってくれた夕飯を食べるか。


「小日向さんの過去に一体何が……」


 通常の人よりも情緒不安定だったからきっと小日向さんも能力者に違いない。もし、また会えたら三日之神(みかのがみ)について聞いてみよう。

 あの涙を見た以上は出来る限り、俺は彼女の力になりたい。


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