小日向詩織編 22話
01
「な、なぁ……三雲。そこの資料取ってくれないか?」
俺は三雲の机にある文化祭についての資料に目を通さなきゃいけなくなったので、三雲に声をかける。
「……」
「あの? 三雲さーん」
「ごめん聞こえなかったから、もう一度言ってちょうだい?」
デートもどきから数日後、何故か三雲は俺に対して不機嫌な態度を取り始めた。理由は簡単、俺が三雲の名前を呼ばないからだ。
何かを頼もうとしても毎回聞こえないフリをされる。名前を言わなきゃいけないのか……気恥しい。
「マ、真梨愛。資料取ってくれ」
「はいどうぞ、ハジメくん」
真梨愛は自分の机から資料を取り、俺に渡す。俺はようやく仕事に取り掛かれる事に安堵した。
数日前は気軽に名前を呼べたのに、今は二人だけの時にしか名前を呼べない。やっぱり誰かがいると名前を呼ぶのが恥ずかしくなってくる。どう思われるのかを気にしているからいけないのだと自覚しているが……
「工藤、真梨愛ちゃんにいやらしい事でもしたんじゃないの?」
「は??」
俺は思わず、握っていたペンを床に落としてしまう。
「だって真梨愛ちゃん、仕事をしながら工藤の事を凄い睨んでるだもん。滅多に怒らない真梨愛ちゃんを怒らせるなんて……」
三雲に聞こえないように東雲は俺に小さな声で話かけてきたので、俺もそれに応えた。
「いやいや!! 如何わしい事なんてしないよ。嘘つかないから」
「ふーん、工藤がそう言うなら私は信じるよ……さ、仕事早く終わらせましょうか」
東雲が引きずらないタイプで良かった。叶枝だったら、日が暮れるまで俺の聴取をしていたと思う。
そろそろ余計な事を考えずに仕事に取り掛かるか……
まず、前年度の文化祭でどれぐらい費用がかかっていたのかを調べる為に辞書と同じ厚さの書類を見始めよう。
桜ヶ丘高校の文化祭は県内にある私立や県立の高校の文化祭よりも、規模は大きい。
クラス毎で出し物を行う時に外部から講師を呼んで直接指導を受け、他校から見れば金をかけすぎだろうと思うぐらいの完成度の高い物を出している。
基本的に材料費と講師にかかる費用が前年度や前々年度も高い、今年も高くなりそうだなぁ……
出し物を作る際に必要な材料も三雲財閥と縁がある企業から買っているが、殆どが一流企業か海外の企業だ。
俺は別に他の高校の文化祭と同じぐらいでいいと思っているが、少数派の意見だから見向きもされない。
「ねぇ。東雲さん、ハジメくん。文化祭にテレビ局の取材が来たらどう思う?」
「「テレビ局がこの高校に??」」
三雲の突拍子な言葉に俺と東雲は思わず同じ言葉を吐いてしまう。
「さっき理事長からメールが来てね、文化祭の盛り上がりを県外の人に宣伝したいってお父様から言われたらしいの」
「ちなみにどこのテレビ局なんだ?」
念の為、俺は三雲に聞く。大事な事だからな。
「確かSテレビだったかしら……」
Sテレビならローカル局だし、あのプロデューサーはいない。
俺はもう二度と奴と会う事は無いのだから。
「でもさ、ローカル局でもテレビに映るから特別枠の生徒ははしゃぎそうだよねー。自分達を売り出せるし」
「特に落ちぶれた三年生は凄そうだ」
桜ヶ丘高校には普通枠と特別枠という枠がある。前者は俺や東雲などの一般入学組で、後者はスポーツ特待生や芸能人などの特別入学。
スポーツ特待生や芸能関連の生徒の大半が卒業前にチームや事務所などを決めている。
しかし、彼らにも落ちこぼれがいるらしくスポーツ大会や文化祭で目立たないと進路が危うくなるのだ。
去年も文化祭で焦りまくった特別枠の生徒がゲリラライブを行ったが、失敗に終わった。
多分、真梨愛の父親がテレビ局を呼んだのは落ちこぼれな特別枠の生徒の為の救済処置だ。
理由はともあれ自分をアピールするできる場所が出来た以上、今年の文化祭は前年度よりも費用がかかる可能性もある。
「今年は風紀委員会と連携した方がいいかもしれないわね。ハジメくん、叶枝さんに聞いてみてくれないかしら?」
「事情を話せば聞いてくれると思うが……まあ大丈夫かな」
叶枝の前で俺をハジメくんと呼べばどうなるかは流石に真梨愛もわかるだろう。
主に俺が大変な目にあう。
文化祭関連の仕事を三人である程度まで終わらせたところで、帰宅を告げるチャイムが鳴り響く。
「ここまでして帰りましょうか、ハジメくん、東雲さん」
帰り支度をして、生徒会室を出ると既に空は漆黒に染まっていた。
02
「それじゃあ待たね、ハジメくん。東雲さん」
真梨愛は先に校門前に停まっていた送迎車に乗り、帰路へ向かった。
「俺達もそろそろ帰るか、東雲」
「そ、そうね! 帰りましょう」
真梨愛を見送った後、俺と東雲は学校を出た。
最近、物騒な世の中になっているか俺は家まで東雲を見送っている。
正直言って、女子と帰るのはドキドキするからあまりしたくはない。
「さっきから黙ってるけど、何かいやらしい事でも想像してるの? く・ど・う・く・ん」
東雲は血迷ったのか、俺の耳に息を吹きかける。
「ひゃあ!! おまっ、いきなりなにすんだよ!」
「だって私に構ってくれないで黙っているからー、つい、ね」
心臓止まるかと思った……
「すまん、すまん。ちょっと考え事してただけだよ」
まあ、一緒に帰っている以上は話題出さなきゃダメだな。真梨愛の件で学んだ事を生かさなくては。
「そう? それならいいけど。真梨愛ちゃんと帰る機会あったら今日みたいな事はしちゃダメだからね」
「東雲は本当に真梨愛の事を想っているんだな、安心したよ」
「だって真梨愛ちゃんは……私を救ってくれた人だもん。私は真梨愛ちゃんには感謝しきれないよ」
これから東雲や真梨愛は一生の友達になるんだなと思うと少し羨ましい気がしてきた。
話をしている途中で、東雲の家に着く。
東雲はポストに届いた手紙を確認し、俺に別れを告げる。
子供みたく無邪気な笑顔で手を振る姿はとても可愛らしいとつい思ってしまう。
俺と帰るだけで笑顔になってくれるなら嬉しいよ、東雲。
「ふーん、三雲先輩に手を出しときながら他の先輩にも手を出しているんですね工藤先輩は」
気がつくと後ろには桜ヶ丘高校の制服を着た小柄な女の子がいた。髪はショートボブのサイドアップをしていて肌がほんのり赤く、年齢を誤魔化せば中学生に見える幼い容姿を持っていた。
気配を全く感じなかったけど……この子アサシンか?
「えーと、君は誰かな」
いきなり後ろから聞き捨てならない言葉を聞いた以上は名前を聞かないと、気が済まない。
「私の名前は小日向詩織です、三雲先輩から聞いていないのですか?」
小日向、小日向……小日向アクアマリン!!
確か真梨愛が小日向詩織の父親が小日向アクアマリンを経営してるって言ってたな。
いかん、忘れていた。
「ああ、覚えてるよ。でもいきなり真梨愛に手を出したとか変な事言われたら誰だって警戒しないかな?」
もちろん、嘘だ。
正直話した事のない人物の顔を覚えろというのは酷な話だ。ひとまず、小日向さんがどういう人物か嘘を見抜ける能力で確認しなきゃ。
「真梨愛先輩!? まだ下の名前で呼べない私より先に言う人がいるなんて、真梨愛先輩とはどこまでいったのですか!!」
初対面の人にこういう事を言うのは良くないが、馬鹿なのかな?
小日向さんは顔を真っ赤にしていた。
どうやら嘘をついている感じではないし、本当のようだな。
「生徒会では皆、下の名前で呼び合ってるから小日向さんが想像するような事はしていないよ」
「なら安心しました」
「それより何で俺をつけてきたんだ?」
「ある女の先輩に言われたんです。生徒会に所属している工藤創は二股しているクズだと」
俺に二股をする勇気がないのは殆どの人が知っている。デタラメを言ったて誰も信じないだろ。
「もしかして言葉を鵜呑みにして俺の後をついてきた?」
小日向さんが次の言葉を言い放とうとした時、遠くからこちらに向かってくる車が目に見えてきた。
え、何かものすごいスピードじゃない?
ブレーキ無しという事はもしかして相手は俺達の姿見えていないのか!?
「危ない!!」




