20話 デート前編
01
「さぁ、ここら辺にしときましょう。工藤さん」
時刻は既に午前十一時を迎えていた。大型トラック内でわからなかったが、外を見ると多くの人が街を行き交っていた。
三雲との約束の時間まであと一時間、ギリギリでデートもどきの服装を決められて俺は少しホッとする。
「俺にこの服装合いますかね? 違和感しかないんですけど……」
春に合う服装をお願いしますと竜宮寺さんに頼んだが、俺に似合うかな。
薄手の黒いMA-1に無地の白Tシャツ、ジーパンなど。今まで着たことのない服だから違和感ありまくりだ。
「自信を持って下さい、工藤さん。まだ会って間もない貴方に全力を尽くしたので必ず真梨愛様を楽しませてください!」
「わかりました、頑張ってきます」
服を選んでいる時に竜宮寺さんは俺の事を冴えないけど、どこかを磨けば必ず光る人材だと評価してくれた。
貶されているのかと思ったけど、そこは目を瞑ろう。
トラックから出る瞬間、竜宮寺さんは俺にこう告げた。
「真梨愛様は今朝、工藤さんと同じように私に服装を決めてもらいとおっしゃっていましたよ」
竜宮寺さんは小さな子供を見るような優しい目付きで俺を見ていた。
――
―――
トラックから少し歩き、待ち合わせ場所の小日向アクアマリン前駅に到着した。
この駅は出来たばっかりなのに市外から大量の観光客が来るおかげで、駅周辺は東京と張り合えるぐらいに栄えた。唯一、俺が住んでいる県を誇れる。
「しかし、こんだけ人いたら三雲迷わないかな? 少し心配だなぁ」
俺は三雲が見つけやすいように改札口前に待っていた。約束の時間まであと三十分はあるが……流石に早すぎたか。
暇つぶしにアプリゲームでもやって待っていた方が時間は潰せる。
三雲はどんな服装を着てくるのか。学校ではいつもクールな印象だから服もカッコいい感じにして来たりして。
いや、意外と流行りの服を着てくる可能性もあるな。どちらかの服を着ていても三雲は絵になるから羨ましい。それに比べて俺は……
「あっ」
考え事をしていたせいで、いつの間にかゲームオーバーになっていた。
いくらデートもどきだといえ、こんな気持ちで臨んだらかえって三雲に失礼だな。切り替えよう。
俺はふっとスマートフォンから目を離し、三雲が来てないか確認する。
丁度電車が来たらしく、大量の人が改札口に向かってきた。皆、小日向アクアマリンに行く人が殆どだ。
理由は簡単、小日向アクアマリンには映画館、水族館、遊園地、デパートなどが入っている。
観光客のニーズをよく理解し、最高のサービスを提供しているらしいが……欲張りすぎでは?
ようやく最後尾が見え始め、俺はやっと三雲の姿を見る事が出来た。
「おーい、三雲」
手を振ると、三雲は気づいて小さく手を振りかえしてくれた。
「ごめん、工藤君。待った?」
「いや、今来たとこだよ」
改札口を過ぎ、三雲は俺がいる場所へと来た。待ち合わせには余裕で間に合っているが、俺には気になる事があった。
三雲の服が俺の予想を反していた。
温度調整が出来るように袖が付いている爽やかな水色のワンピースを着ていた。クールというよりとても可愛らしくて清楚に見える。
周りの人も三雲を恋をしたような目で見ていたが、俺の存在を確認すると聞こえるように全員舌打ちをしてきた。優越感に浸りたいところだが、今はそれどころではない。
三雲の服を褒めないと……それが男の基本だと聞いたけど語彙力が無いせいで可愛い以外感想が思いつかないとはもっと国語を勉強しなければ。
「工藤君どうしたの? 急に黙り込んで」
首を傾げて問いかける三雲。
「いや、その……三雲のワンピース似合っているなって」
俺は思った事を口に出してしまった。ああ……やらかした、デートの経験があればもっと違う褒め方があった筈。
「早く言ってくれたら良かったのに……ありがとう工藤君」
三雲が怒る事はなかった。意外と喜んでくれているから言って良かったな。
「よし、そろそろ小日向アクアマリンに行くか。三雲は着いたら何がしたい?」
「そうね……あまり経験が無いから工藤君に任せてもいいかしら」
「そうだな……」
俺と三雲は駅を出て、目的地に向かった。その道中で三雲に何気なく話を振ったら思いがけない言葉のボールが来襲。
家族と数回しかテーマパークに行った事が無いが、知識として役立つか悩みどころだ。
仕方ない、パンフレットを開いて一番最初に目に入ったところにしよう。
「三雲、ここに行こう」
「あら、映画館。お屋敷以外の映画館ってどんな感じなのかしら……楽しみだわ」
え、映画館……よりによって映画館とは。
デートの定番を当ててしまうとは運がついてない。というか、三雲の家に映画館があるの初耳なんですが……
「この時間からだとどんな映画やってるんだろう、ちょっと時間見てみる」
スマートフォンを開き、小日向アクアマリン映画館のHPで映画の時刻を確認する。
時期が悪いのか、殆どが恋愛映画だった。確か聞いた話ではカップルで恋愛映画を観ると結ばれるらしい。
三雲がこの事を知らなければいいが、知っていたらどう言い訳するか……
恋愛映画以外に上映している映画を探していたら、見るからに小さい子供向けアニメ映画があった。
これでいいか。
「三雲この映画とかどうだ?」
じーっと三雲は俺のスマートフォンに表示されている子供向けアニメ映画のあらすじを読んでいた。
顔を近づけられると、自然と顔を逸らしてしまう。良い香りがしていて、胸が高鳴る。
「可愛いらしくて良いと思うわ、これにしましょう」
文句も言わずに三雲は俺の案に従ってくれた。どうも素直過ぎてやりにくい。
今日は大変な1日になりそうな気がするな、持ち堪えろよ俺。
02
時刻は十二時半、小日向アクアマリンに着いた俺達は早速映画館に向かった。休日という事もあり、人で溢れかえっていた。
後で三雲に聞いたところ、小日向アクアマリンを経営しているのは小日向詩織の父親らしい。秋塚原で余りきっていた膨大な土地を買い、一代で世界に張り合える商業施設を作り上げた。
映画が始まるギリギリでチケットを買い、俺と三雲は隣り合わせの席を選んだ。
離れ離れで座る選択肢はあったが、デートもどきだからそういう訳にもいかない。誰もが目を引く三雲が自分の隣に座っているという現実に俺は何故だかドキドキしていた。
「映画館のチケットの買い方誰かに教わったの?」
指定されたスクリーンに行き、席に座った後俺は何の意味もなく三雲に話かける。
「竜宮寺に昨日色々と教わったわ。工藤君に恥をかかせないようにしなさいってね、券ぐらい私でも買えるのに」
街の映画館に行った事が無いみたいだから券を買う時に戸惑っていても仕方ない。最後の言葉は三雲なりの強がりだろう。
結構楽しんでくれているみたいだから遊びに誘って良かったな。本来の目的とは少し掛け離れているが。
「工藤君、工藤君。君はどんなキャラクターが好きかな?」
三雲は今から観る「焼き尽くせ! 焼肉君!」のパンフレットに書いてあるキャラクター紹介欄を俺に見せてきた。
好きなキャラクターといってもなぁ……子供向きなのにタイトル不穏じゃないか?
「そうだな……俺はカルビ山君かな。美味しそうだし」
「美味しそうという気持ちでキャラを見るなんて変態だわ、工藤君」
俺と三雲は映画が始まるまで、周りに迷惑をかけない声量で「焼き尽くせ! 焼肉君!」に出てくるキャラクターについて討論をした。
周りの目線が痛すぎて辛い。
でも三雲とどうでもいい会話を出来るなんて昨年までの俺は思いもしなかっただろう。




