19話
01
「ごめん、工藤君。 日曜日、中等部に在籍している弟の体育祭を見に行かなきゃいけないから遊びに行く事は出来ないんだ」
別の場所でゴミ拾いを終えた東雲に生徒会の三人で遊びに行こうという話を東雲に話した。
だが、東雲は家族が理由で誘いを断った。俺は申し訳なさそうにしている東雲に一言かけた。
「空いてる時が合ったらいつでもメールしてくれ」
東雲は何も言わずに頷き、最後の片付けを俺や三雲と一緒に行った。東雲が来ないとなると、三雲と二人きりか。
日曜日の件は第三者からみるとこれはデートだ。しかし、俺なんかが三雲や東雲に好かれる訳もないからデートとしては成立しない。男としてなんの魅力もないし、当然の結果だ。
そう思っていたのだが……
「二人きりかぁ……」
俺は三雲の屋敷に帰り、部屋にある大きなベッドで顔を埋めていた。三雲の力になりたいのは嘘ではないが、いざ二人きりとなると俺はちゃんと話せるのだろうか。
遊びの本来の目的は三雲が大事にしていたストラップの代わりになるものを探す事だったが、もう一度予定を立て直さなくてはいけなくなった。
やっぱり物に頼るなって素直に言うべきか? いや、それはストレートすぎるからやんわりと言うしか……
「ああー、どうしよう……」
まだ六月ではないのに俺の周囲はジメジメしていた。どうにかして明るい気持ちにしようとしても、直ぐに元通りになってしまう。
「三雲に自分を大切にしてもらう方法あるかなぁ……」
「どうかしましたか? 真梨愛様?」
「――きゃあ!!」
突然、耳元に息を吹きかけられた俺は思わず悲鳴を上げてしまう。
一体誰なんだ!?
「寝てるかなと思っていたからイタズラしたのに起きていたなんて人が悪いですよー、真梨愛様」
俺は恐る恐る、声がする方へと顔を向ける。目の前には絵に書いたようなメイドさんが立っていた。
口元にはほくろがあり、唇は見ているだけで柔らかそうで思わず直視してしまう。
髪は三雲と同じぐらいの長さで、目元は垂れている。見た感じだと、おっとりしていてマイペースに見えるが……
「いや、スポーツ大会で体が疲れちゃっててさ……」
「ここ最近は帰ったら直ぐに寝ちゃうんで、私個人としてはつまらないんですよね。そう思いません? 工藤創さん」
自分の本来の名前を呼ばれて、俺は鳥肌がたってしまった。さっきまでは緩々な感じで喋っていたのに、いきなり雰囲気を変えられて喋られると対応しきれない。
「な、何を言っているんですか! 私は真梨愛ですよ!」
「じゃあ、私の名前は言えます?」
メイドさんは長い髪を耳元にかけながら、顔を近づけて喋り始める。
俺は体を動かそうとしたが、体は言うことを聞かなかった。まるで蛇に睨まれたみたいだ。
「そ、それは……」
「真梨愛様は学校から帰ってきたらまず、部屋着に着替えて夕食までグータラしています。さっきの情報は嘘ですよ」
聞いてはいけない情報を聞いたが、スルーしとこう。しかし、まさか正体がバレるとは一体この人は何者なんだ?
今の俺は三雲の体だから嘘を見抜ける能力は通常より九割も精度が落ちている。実質能力は無いのと同じだ。
「工藤さん、貴方は折角良い経歴をお持ちの様ですからちゃんとお嬢様を演じればいいのにもったいないですね」
「……何でそれを知っているんですか?」
「私は真梨愛様に関わる人物の情報は全て知っているんです。ストーカーの件は入院してたので知りませんが……」
「工藤さんが真梨愛様とどうやって入れ替わりをしたのか、工藤さんの能力などはお嬢様から聞きました。それ以外の情報は全部私個人で探しましたよ」
俺の知られたくない情報までも彼女は既に知っていた。抵抗したら、情報をばら撒かれそうで怖い。
素直に答えるか。
「俺は警戒をするような人間じゃないです。三雲さんに聞けばわかりますよ」
「真梨愛様に貴方の事を聞いたら、恥ずかしがりながらも語ってくれましたよ。それで私も工藤さんに興味を持ちまして……」
あの三雲が俺を語る時に恥ずかしがっていた?何か恥ずかしいようなところを見られたりしたっけな……
「真梨愛様が学校の事を話すなんて事はなかったので、正直驚きました。工藤さん、貴方は真梨愛様を裏切りませんよね?」
メイドさんはさっきよりも顔を近づけてきて、脅迫とも取れるような言葉を吐く。
ベッドがしわくちゃになるぐらい俺は後ろまで後ずさりをした。
この人は三雲の事を大事に思っているんだな……
「俺は何があっても三雲さんを裏切りません。もう二度とあんな顔は見たくないんです」
生徒会室で涙を流していた三雲の姿を思い浮かべる。三雲に泣き顔なんて似合わない、アイツには笑っている姿が合っているんだ。
「あんな顔……?」
「工藤さん。ABCの内、お嬢様とどこまでいったんですか?? 事と場合によっては貴方をこ……」
メイドさんは目を血走らせて、俺にABCのどれをやったのかを聞いてきた。俺が三雲に痛くさせて、泣かせたと思っているのか?
この人、本当に三雲の事を溺愛してるんだな……
「まだそういう関係になってませんし、付き合ってもいませんから……!!」
「安心しました。私はこれからお夕食の準備をしなきゃいけないので失礼しますね、工藤さん」
「失敬、今はお嬢様でしたね。準備が出来たら声掛けますね」
メイドさんは乱れてしまった服装を戻したかと思えば、事務的な態度に戻っていた。
三雲以外の相手にはこの態度を取っているんだろう。そう思っていたが、どうやら彼女は興味がある人物にはふざけた態度を取るらしい。敵には回したくないな。
「メイドさん、待って下さい!」
「どうかなさいました? お嬢様?」
俺は部屋を出て行こうとしたメイドさんを引き留めた。三雲の事を知っている彼女ならアドバイスを貰える筈……
「実は……」
この後、俺はメイドさんに散々いじめられたが、何とかデートもどきの手伝いをこぎつけられた。
02
デートもどき当日。待ち合わせ場所は最近出来たばかりの小日向アクアマリン前駅、これはメイドさんに教えて貰った場所だ。
メイドさんが気を利かしてくれてチケットを二人分用意してくれた。
朝早く高校の最寄り駅である桜ヶ丘から電車に乗ったおかげで、車内はガラガラだった。昼間に乗っていたらと思うと寒気がしてならない。
三雲との待ち合わせの前にある人と会わなくてはいけない。
早朝なせいか気温は低く、肌寒い。いつもなら秋塚原は人で溢れているのに今は十人も満たしていなかった。
駐車スペースに大型トラックが数台止まっていた。人が多い時間帯だったら人目を引くだろうと思うぐらい、三雲家の名前がデカデカと書かれていた。
「大掛かりだな、竜宮寺さん。ここまでしなくてもいいのに……」
竜宮寺明日香。数日前に会ったメイドさんの名前だ。彼女には自分に似合う服装が全く無いから、数着探してほしいと言った。
まさか三雲家の力を使うとは思いもしなかった。
「あ、工藤さん! おはようございます!!」
トラックの窓から竜宮寺さんが顔を出す。何か持ちながら俺の顔を見ていた。一応確認の為だろう。
「竜宮寺さん! どれだけ服を用意したんですか!!」
「ざっと百種類以上ですね、探すのに一苦労したので私を労ってくださいよ!」
「真梨愛様とデートする以上は真梨愛様と釣り合う服を着ないといけないんですから」
今、着ている服は全部ビニクロですけどおかしいですかね??




