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16話

  01


 俺は足がつらないように念入りに伸ばす。右足を終えたら、次は左足と交互に繰り返していく。

 俺が出る種目は団体のマラソンだ。

 学校から直線で歩けば最寄り駅に直ぐ着くのに、別の道から駅に向かうなんてこのルートを考えた奴の顔が見てみたい。


 三雲のクラスを含めた六クラスでトーナメント式、一定地点に指定された人数が到着した時のタイムで勝負をするらしい。


「はぁ……ん?」


 準備運動を終えて、俺はスタート地点に向かう為に昇降口を出た。同じジャージを着ている人達が沢山いるせいで、一瞬見失いそうになるが校門に東雲が立っていた。

 やっぱり、日本人とは目の色や髪の色も違うから余計に目立つな。

 待っているという事は俺と一緒に走りたいのか? いやいや、それはない。 東雲にだって友達はいると思うし、数十分前の出来事を考えると喋りづらいな。


 スルーするか!


「待って工藤……じゃなくて真梨愛ちゃん」


 通り過ぎようとしたら、後ろから肩を掴まれてしまった。意外と握力強いな……


「何だよ、東雲。俺にもう用はないだろ?」


 少し乱暴な言い方になるけど、許してくれ。そう思っていたが、東雲は何故か恥ずかしそうにモジモジし始めた。


「まだスタートまで時間あるからトイレ行ったら?」



「トイレじゃないよ!!」



「じゃあ何だよ……」



「い、一緒に走ってくれないかな?」


 俺の頭はフリーズした。 東雲は自分が言った事を忘れたのか?? 俺の人間性を疑うような発言をしといて、よくもまぁ……

 しかし、あの時は何となくだが悪意は感じなかった。これは俺を信頼できる友達として確かめられていたって事かな?


「ああ、別にいいけど」



「早くスタート地点に行こう!」


 東雲は俺の手を強引に引っ張る。 俺は小さい頃、誰かに同じ事をされたなと思い出し、少しだけ顔が緩くなったのを感じた。

 東雲は俺の手を引くまま駆けていく。


 ―――


 ―――――


「ぜぇ……ハァハァ」


「大丈夫かー、東雲?」


 開始早々に東雲は限界を迎えていた。俺はまだ五分だぞ、と檄を飛ばしてリズムよく息を吐きながら走る。今は走る事に集中しなきゃな……胸が暴れるせいで、凄い走りにくい!


 クラスの女子は走る時に胸用のブラは苦しいからと取っていたが、これが仇になるとはな……おかげで俺は集中が途切れてしまった。もし、ブラをつけていた場合は鎖で縛られているような状態になるのだろうか。

 しかし、ブラを付けていなくても胸のせいで疲れる。


 俺はそろそろ我慢の限界がきたので東雲に聞いてしまった。後から考えたのだが、これは思いっきりセクハラだろうと後悔した。


「真梨愛ちゃん……今は怒らないけど、元の姿に戻ったら覚悟してね」


 笑っているのか、怒っているのかわからない……

 俺と東雲は話ながら走っていると、ようやく商店街に着いた。

 このまま交差点付近を曲がってれば、もう少しで駅前に着く。


 ―――

 ―――――



「ちょ、ちょっと休憩していい? 真梨愛ちゃん」


「ああ、少し歩こうか」


 折り返し地点の駅前に近づいてきたので、俺は一休みを取る事にした。

 辺りを見回すと、駅前から折り返しをしたと思われる生徒が真剣に走っているのを見た。

 真面目にやってくれないと思っていたが、心配は無用だったようだ。


「あれ? 偉そうなスピーチをした生徒会長さんが歩いていんですかー?」


 耳障りの音が聞こえたので振り向くと、奴らがいた。三雲に対して何か良からぬ感情を持っている事が目に見える。


「何か用?」


「そのムスッとした態度マジ腹立つわー」


「行こう、マキマキ。早く行かないと陸上部の隼人君見れないよ」


 下品な笑いをしながら、彼女達は俺達より先に行った。


「ごめん……真梨愛ちゃん。私のせいであんな風に言われちゃって」



「東雲、気にする事はないよ。俺達は俺達のペースでいこう」


 いくら団体戦といえど、個人個人で体力は違う。速さに自信がある奴が頑張ればいい。

 俺と東雲は歩くのをやめて、ゆっくり走る事にした。




「もう周りは俺と東雲だけみたいだな」


「ようやく折り返し地点なの……辛すぎる」


 東雲は地べたにフラフラしながら座り込んだ。東雲の体力を考えると、少しペースを落とすべきだが……クラスの人達の事も考えると俺だけ行った方がいいのか? いや、女子を見捨てて自分だけ行くのは男が廃る。


「あともう一息だから頑張ろう東雲!」


 俺は地べたに座り込んでいる東雲の手を握った。彼女の手は自分の手よりも小さくて、柔らかかった。


「元の姿で応援されたらもっと嬉しかったなぁ……」


 学校の方へ向かう為、ゆっくり走っていると遠くから見覚えのある姿が見えた。


「真梨愛ちゃん、どうかした?」



「いや、さっきの奴らがいるんだけどさ……何か変なんだよ」


 もう一度目を凝らして見ると、あの二人は全く動いていないように見える。


「一度様子を見に行かないか?」



「真梨愛ちゃんが良いなら良いけど……」


 二人がいるところまで俺と東雲は走っていた。 段々近づいていくと、事の詳細がわかってきた。性悪女の片割れが足を挫いていた。


「アンタら私を笑いにきたの?」


 ミッチーだか、マキマキかよくわからないが捻挫をした女子は俺に対して敵意を剥き出しにしていた。


「いや違う、何か様子が変だったから見に来ただけだ。 それより立てるのか?」


「自力じゃ立てないみたいなの……マキマキ」


 捻挫をしていない方の性悪女、ミッチーは捻挫をしたマキマキを心配していた。

 さて、目の前には捻挫をしたマキマキがいる。三雲の大事なストラップを壊したコイツらは許せないが……目の前で怪我をしている人間を見捨てるほど、俺は落ちぶれていない。



「おい、マキマキを支えるから手伝ってくれ東雲!」



「工藤く、真梨愛ちゃんいいの? こんな奴らを助けて」


「言いたい事はわかるけどな、東雲。放っておく事は出来ないだろ」



 一瞬、東雲は俺の名前を言いそうになったが直ぐに訂正をした。俺だって本当はコイツらを張り手でぶっ飛ばしたいけど、今の俺は三雲だ。彼女がしない事はやらない。

 三雲ならこの二人のどちらかが、怪我をしていたとしたなら多分俺と同じ行動を取るだろう。


「……分かった。 真梨愛ちゃんが言うなら私は助けるよ」


 東雲はマキマキの手を掴み、肩に回した。俺もそれを見て、同じ行動を取る。

 てっきり、マキマキは何か言ってくると思いきや何も言わなかった。

 しかし、ミッチーは黙っていなかった。


「私達に恩を着せるつもり?」



「アンタの解釈に任せるよ。私はアンタ達が思っているより普通の人間だよ。怪我をしている人がいたら助ける」



「どうやら私やミッチーの考えは間違ってたみたいね……」


 親睦の為に出来上がったスポーツ大会はようよく本来の意味を取り戻した。

 俺はちゃんと三雲のイメージを払拭出来たのだろうか。


  02




 俺と東雲、ミッチー、マキマキは他の生徒達よりだいぶ遅れて最下位だった。

 学校に着いた時には既に他の生徒達がいて、俺達を待っていた。

 俺や東雲は自分達が所属しているクラスに遅れた事を謝ったが、クラスメイト達は怒る事もなく褒めてくれた。

 最初に抱いた他の生徒に任せればいいという考えは間違っていた。どのスポーツもチームプレイは必須だと改めて思い知らさられた。


 マキマキを保健室に連れて行った後、俺の姿をした三雲がこちらに駆けてくるのが分かった。



「お疲れ様、二人共。さっき他の人から聞いたけど怪我をしている人を助けたんだって?」


「いや、そんな生徒会として当たり前の事をしただけだよ」



「とってもかっこよかったよ、工藤。真梨愛ちゃんも見れたら良かったのに」


「私が私の姿を見てかっこいいと思う事はないでしょう、お馬鹿さんね東雲さんは」


 やっぱり三雲はどこかズレているな……



「やっと体を休める事が出来る……」


 結果としては負けてしまったが、何だか充実感が心に芽生えた。

 東雲は同じクラスの友達に呼ばれたらしく、今はいない。


「あれは……小日向ちゃん?」


 三雲は俺から少し離れたとこで、これから始まる一年生の団体マラソンを見ていた。


「小日向? 誰だそれ」



「中学校の後輩よ。久しぶりに見たけど、元気にしてるかしら」


 まだあどけなさが残る小日向という少女は普通に友達と喋りながらマラソンを走っていた。


「今って生徒会室空いてるか? 疲れたから休憩したいんだ」


「鍵は青木先生に渡してあるわ、私は次の試合があるからここで失礼するわね」


 俺は職員室にいるであろう青木先生のところに向かった。



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