東雲薫編 10話
01
俺は送迎車から出た後、全速力で三階まで登りきる事が出来た。
体力に感謝しなきゃな。
「早く東雲さんのところに行かなきゃ……死なせるわけには」
屋上の階段へと登ろうとした時、前方から声が聞こえてきた。
「なぁ、お前は東雲薫の担任なんだからお前が止めにいけよ」
「うるせぇな!! 親御さんにどう説明すればいいかお前も考えてくれよ!!」
雰囲気を察するに東雲さんの担任と他のクラスの先生だろう。大人なら子供が困っている時に手を差し伸べるだろ、身勝手な奴らだ。
俺は彼らを無視して屋上の階段の手すりに手をかけた。だが、やはり彼らも教師。 教師二人は俺に声を掛けてきた。
「君、屋上に何の用だい? 危ないから来ちゃダメだろう」
「ここは大人の僕達に任せて子供の君は帰りなさい」
どの口が言うのか。聞いてる俺が恥ずかしくなる……
「先生達みたいにそこで何もしないよりかはマシなんでどいてくれますか?」
一秒でも早く行かなければまた俺の目の前で人が死ぬ。
もうあんな事は起こさせない。
「小癪な……子供に何が出来る。いいから戻れ!」
「先生達はそこで待っててください。 俺は行きますから」
先生を押しのけ、ようやく俺は屋上の扉に辿り着く事ができる。 後ろで教師二人が何かを言っているが、止めには来ない。
俺に責任を押し付ける気満々なんだろう、嫌な大人だ。将来はああならないようにしよう。
「東雲さん、どうか早まらないでくれよ……」
心臓はいつも以上に鼓動を早くしている。俺は自分の気持ちを落ち着かせる為に息を吸う。
意を決して屋上の扉を開けた。そこには想像を絶する空気が漂っていた。
「な、なんだこの空気はっ……気持ちが悪い」
いるだけで気分がどんどん落ち込んでいくし、考え方もネガティブ寄りになっていく。
色で表すならこの空間は黒だ。どんなに明るい人間でもここにいれば気分が暗くなっていく。
もしやこれも三日之神の仕業なのか?
「この声……工藤君?」
「東雲さん!!」
東雲さんは屋上の柵を乗り越えていた。 一歩踏み間違えたら地上へと一直線、なのに東雲さんは平気な顔をしていた。
「どうして工藤君がここにいるの?」
選択肢を誤ってはいけない。 ゲームみたいに二回目など存在はしない、落ち着け俺。
「君に話があるんだ、隣行くから」
「ちょ、ちょっと来ないでよ!」
俺は屋上の柵を乗り越えた。そして俺は素早く昨日生徒会室から取った生徒会腕章を身につけた。
終わったら正式に三雲に貰うことにしよう。
下を見下ろすと多くの生徒がこちらを見つめていた。 午前授業で大半の生徒が帰ったと思っていたが、SNSの力を見くびってしまった。
殆どが野次馬化しているこの現状はかなりプレッシャーだ。
「東雲さん、何で死にたいか教えてくれない?」
「私はもう疲れたのよ、信用すればするほど他人に裏切れ続ける。 一生懸命我慢してきたけどもう限界なのよ……」
「どんなに我慢してもこの世の中は自分から変わろうとしなきゃ何も変わらない。理不尽だよね」
「工藤君に何がわかるの? 昨日会ったばかりの人間が分かろうとしないでよ!!」
確かに東雲さんの言う通りだ、昨日会ったばっかりの人間が言ったところで聞く気は持たない。
でも東雲さんが辛そうな顔を見ていると苦しくなる、誰かが救わないと彼女はずっと心に闇を抱えたままだ。
俺は人が何かに苦しんでいるところを見ると、自然に体が動いてしまう。
例えそれが本人にとって触れられたくないものであっても俺は土足で入り込む。
ただし、嘘を見抜ける能力を使って本当に苦しんでいるのかを確かめてからだ。
大抵は素直に悩んでいると言ってくれるが……
全身から辛そうな雰囲気を醸し出しているのに自分は普通だと思う人間や、大した問題じゃないのに大袈裟に言う人間に嘘を見抜ける能力を使う時は神経を使う。
「私はこの世界から早く解放されたいのよ、貴方は別に友達といつもいるんだから友達に相談しなよ!」
「俺には信頼できる友達なんていないよ」
東雲さんは俺の友達がいない発言に目を丸くした。そんなに驚く事ではないだろ。
「東雲さんは俺よりかなり友達が多いんだから君が抱えてる悩みだって理解してくれる友達もいると思うよ」
「私の悩みを知ったら皆ドン引きするよ絶対……無理だって」
今の発言で嘘の色が見えた。死のうとしている人間が時計を見るなんてありえない。
「東雲さん、何か俺に隠している事あるでしょ」
東雲さんの能力を体験してみてあの光景をずっと体験していれば頭はおかしくなる。 でも、この能力はある事をすればすぐに解決ができる事に俺は気づいたのだ。たった今だけど。
「別に私は隠し事なんてしていない! 早く飛び降りたいから工藤君は何処か行ってよ!!」
「人がいると飛び降りれないの? それなら俺はご希望通りに何処か行くから。あと、飛び降りるのにスマートフォンは邪魔だと思うよ」
「え……」
東雲さんは動揺して持っていたスマートフォンを手から離してしまった。
スマートフォンはとてつもなく早いスピードで地面に落下していく。
「東雲さん、君には死のうとする気持ちがない。本当に死のうとする人間はスマートフォンなんか見ないで直ぐに死ぬ」
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02
「私は……私は……」
東雲さんはスマートフォンが落下した事により、ずっと独り言を呟いていた。
「俺の事まだ会ったばかりで信じられないかもしれないけど、素直に気持ちを話してくれないか?」
もう既に俺は答えがわかっていた。 彼女の過去は確かに酷いものだけど、他人に迷惑をかけるのは間違いだ。
「どんなに……どんなに頑張って悩みを相談しようとしても心の中では皆嘲笑っている……」
「気持ち悪いと思っているのよ!」
「でも私が……私が自殺未遂をすれば周りの人間は同情をしてくれる」
「無理矢理にでも同情を誘えば慰みの言葉をくれて私の心は安らぐの……」
「自分で解決しようとしない私は悪い!?」
東雲さんは泣きながら俺に思っている事を全部吐き出してくれた。
俺がするべき事はただ一つ。
「もう自分で悩みを抱え込むのは今日でお終いにしよう。 素直になるのが一番だ」
東雲さんの手を握る事だ。俺にはこれしか出来ないから東雲さんに手を差し伸べる。
「不思議な人、だね工藤君は……」
俺の手をしっかりと東雲さんは握っていた。屋上の下から拍手と歓声が鳴り響く。
「ところで東雲さん」
「? どうかしたの工藤君」
「柵を乗り越えたのはいいんだけどどうやって帰ろうか」
数分後、俺や東雲さんは教師の手助けにより屋上内に戻る事が出来た。
カッコ悪いところを見せてしまって恥ずかしい……




