偽クール会長三雲さんと素直になれないハジメくん
01
「……」
今、俺はおしくらまんじゅう状態の満員電車に乗っている。周りは死んだ魚の目をしたサラリーマンばかりで夢も欠片もない。
俺は満員電車に揺られながらなんとかポケットからスマートフォンを出し、高校がある最寄り駅まで音楽を聴いた。
満員電車は人と人が密集しているせいで、聞きたくもない会話も聞こえてくる。誰が押しただの、痴漢冤罪、うるさいおばさんの声など正直不愉快だ。
だから俺はイヤホンを両耳に繋げて、現実世界から抜け出す。
いつも通りに俺は代わり映えのしない風景を眺めているふと隣に見慣れない顔があった。
しかし、俺の隣にいる人物は何が楽しいのかとても希望に満ち溢れている顔をしていた。
今どき、珍しい人もいるもんだなぁ……
「―――み」
「ん? 」
少し、隣にいる人物が俺の目を見て何か喋っているな。一応イヤホン外そう。
「君、もしかして桜ヶ丘高校の生徒かい? 」
「え、ええ。そうですが、貴方は? 」
「僕は今日から君達の高校に着任する事になったんだ。 まさか、初日から生徒と喋れるとは……」
今は四月だから、もしかして新卒の先生なのか? それならあの顔は納得がいく。
話した感じだと良い人そうに見えるし、生徒にも人気が出そうだ。
「先生、今の時刻を確認した方がいいですよ? 」
現在の時刻は八時十五分、三十分に学校に着けば俺は間に合う。しかし、先生が登校するにはかなり遅い時間帯だ。
「うわわわ!! 初日からやらかすなんて最悪だ!! 」
高校がある最寄り駅に着いた途端、先生は尋常ではない速さで階段を降りて行った。
嵐みたいな人物だったな……
――――
――――――
俺は上り坂を登っていき、沢山の桜がある場所を抜けていくと学校が見えてくる。
花粉症が辛い人はここの道通るの大変そうだな。
「あ、おはよう! ハジメちゃん」
「おう、今日も風紀委員頑張ってるな」
校門前に立っていたのは俺の一個上の幼なじみ呉野叶枝だ。いつも毎朝、生徒の荷物検査を行っている。
身長は同年代の女子より大きく、街中を歩いてるとスカウトを受けやすいぐらいに顔は綺麗だ。文武両道で、男女からの人気は凄まじい。ウェーブがかかったセミロングは幼なじみの俺でも思わず見惚れてしまうぐらい美しい。
一見すると完璧な美少女ではないかと思うが、少しデメリットがある。それは……
「ハジメちゃん、ちゃんと私が作った朝ごはんを食べてね。インスタントばっかり食べてたら栄養偏るよ?」
「お弁当はハジメちゃんが好きな鮭のおにぎりやだし巻き玉子も入れたから」
「誰かにあげたりしたら駄目だよ。お代わりしたい場合は私のお弁当も分けてあげるから安心してね」
このように過保護なところだ。叶枝は小さい頃から俺の身の回りの事をしてくれて、助かるが行き過ぎなところがある。
「わかった、わかった。ちゃんと弁当は残さず食べるから」
「私はハジメちゃんの体の事を思って言っているんだから、ちゃんと聞いて」
まずい、叶枝のスイッチが入ってしまった。誰かが止めないと永遠に説教を食らう事になる……
「呉野風紀委員長、自分の仕事をほうり投げて何をしているんですか?」
「三雲真梨愛……」
俺は後ろを振り向くと、そこには氷のような表情をした少女がいた。
三雲真梨愛、桜ヶ丘高校の理事長の姪で三雲財閥の跡取りだ。
叶枝と比べると身長は小さいが、そんな叶枝に対して表情も変えずに意見を述べ始める。
生徒達からは孤高の冷血女王と呼ばれており、恐れられている。黒く長い髪を靡かせながら、叶枝を蛇のように睨め付けていた。
「風紀委員長とは名ばかりで、噂だと一部の生徒にだけ持ち物検査を緩くしてるみたいですね」
「そ、そんな事はないわ」
三雲は嘘はついていない。 何故、嘘をついていないと言えるのかというと……
俺には嘘を見抜ける能力がある。他人が嘘をついた場合はその人の周辺が淀んだ色になる。逆に嘘をついていない人は色などつかない。
この能力のおかげで俺は小さい頃を乗り切った。
叶枝は昔から嘘をつくのが苦手で直ぐに顔に出てしまう。
仕方ない、叶枝の為に嘘をつくか。
「真面目で誠実な叶枝が特定の生徒を甘くするわけないじゃないですか」
「そろそろ、HRの時間始まりますよ。 三雲会長」
三雲は俺の顔を見た後、自分の時計を見始めた。
「確かにもう時間ですね、教えてくれてありがとう。工藤さん」
三雲は俺にお礼を述べ、教室へと向かって行った。
今、気のせいか笑っていたような……
「ハジメちゃん、何見惚れてるの? 」
叶枝は眉毛を吊り上げて、俺に怒りを表していた。
「見惚れてなんかないから、そんな事より早く行こうぜ」
「うん! 」
02
「はぁ……やっと四時間終わった」
俺は先程の事件のせいで、四時間目が終わった瞬間に疲労が体に降りてきた。
「今日は本当にツイてなかったな、工藤」
俺の形だけの友達兵藤春馬といっしょに昼ごはんを食べながら先程の事件の愚痴を喋る。
こういう時に形だけでも友達を作っててよかったなと感じた。
「まあ、朝の事件は工藤以外止められなかったと思うぜ。先生も傍目から見てたしな」
「それはそれで問題と思うけどな」
俺は弁当を食べ終わった後、購買で買ったパンを食べようとした時に教室前にある人影が見えていた。
「なあ、兵藤。あそこにいるのって誰だろうな」
「誤魔化すな、工藤。お前も自分の幼なじみの性格を良く知っているだろうに」
もう既に俺の体は疲れきっているのに叶枝は何をしようとしているんだ。
「仕方ないな。叶枝の用事が終わったら兵藤に何か奢ってやるよ、愚痴を聞いてもらった事だし」
「死亡フラグを立たせるなよ……」
俺はパンを早めに食べて、クラス前にいる叶枝の元に行く。 兵藤は何故かニヤニヤしながら俺を見送っていた。
廊下には女子が持つには重たいであろう書類の山を叶枝は苦しそうにしながら持っていた。
「叶枝、他の風紀委員にその書類持たせないのか? 」
「他の子達は三雲の事を怖がっているから行かないよ。私も今朝の事があるから行きたくはないんだけどね」
やっぱり三雲は他の生徒からは嫌われているのか……叶枝も今朝の事があって行きずらそうだし。
「分かった、この書類を生徒会室に持って行けばいいんだな?」
「めんどくさい事押し付けてごめんね。この恩は直ぐに返すから……」
申し訳なさそうに叶枝は俺に書類を渡し、何度かコチラをチラ見しながら去っていた。
「よし、じゃあ行くかな」
生徒会室は俺が在籍しているクラスの近くにあるので、少し楽だ。
女子に重たいものを持たせるのも少し気が引ける。
俺は軽々と持ちながら五分もしない内に生徒会室に着く。
「叶枝にああ言ったものの、やっぱり緊張するな」
大量の書類を持った俺はノックをせず、生徒会室の扉を開ける。 無礼だけど、後で謝ればいいか。
「生徒会長ー、風紀委員長の代わりに書類持ってきた、ぞ!? 」
「ちょっ!? 工藤君!」
三雲の美貌が俺の直ぐ目の前にあり、我を忘れそうになった。
どうやら三雲は何処かに行くようで急いでいたようだ。
つまりは……
「「あいたっ!!」」
三雲のおでこが急速でぶつかり、俺は自分がノックをしなかった事を後悔する。
俺は深い眠りへと落ちていく……