結局モブはモブ
あれから森をくまなく探した。
だが、肝心の【ウルフェンロード】が一体も見つからないというのは、一体どういうことだろうか。
「――おかしい」
最初は森が広いせいかと思ったが、それでも一匹も見つからないのは異常すぎる。
最初の三匹を倒した直後に聞こえたあの雄叫びは一体何だったのか。
「まるで、俺がいることに気付いて慌てて隠れたみたいだ」
自分で言うのもなんだが、俺の勘は無駄に鋭い。
「俺の存在にビビって逃げたっていうならまだいいが」
もしそうでなければ、あの村はたちまち消されてしまうかもしれない。
それだけは避けなくては。
だが、このまま探していても見つかるとも思えない。
「少し腑に落ちないが……帰るか」
諦めて森を出ると、いつの間にか陽は真上に位置していた。
ずっとくらい森の中にいたせいか、強烈な日差しに思わず目を細める。
「……はぁ。腹減った」
ぐぅ、という腹の音にグッタリとした様子で息をつくと、ちょうど気絶していた三人が目を覚ました。
「よぉ、お目覚めか?」
起きたばかりは、自分の今の状況に追いついていない様子だった三人だったが、次第に状況を理解すると、
「おい、テメェ! この縄をほどきやがれ!」
「はい、わかりました。って言う奴がいると思う?」
大体今の状況を本当に理解して言ったのか?
どう見ても、今はプライドを捨ててでも、俺に媚びを売る場面だろうに。
まぁ、やられたとしても解放する気はさらさらないが。
「そういえば、村には監獄とまでいかなくても、牢屋ってあるのか?」
簡単な牢屋ならぶち込むわけにはいかなくなる。
逃げられたら俺の責任にされかねない。
もし、そうであったら、少し面倒くさいが王都にまでひっぱってやろう。
そう決め、とりあえず三人を引きずって村への道を引き返す。
その間、地面に擦りつけられていた男どもがうるさかったので、思いっきり地面に一本背負いをしてみたところ、驚くほどに静かになった。
まぁ、それは余談として。
村に戻ってすぐ、村人に「牢屋はどこか」と尋ねると、
「井戸にでもぶち込んどけば?」
という、容赦ない言葉が返ってきたのは、さすがの俺も驚きを隠せなかった。
でも、確かにそっちの方が意外といいかもしれない。
這い上がろうとしても、村人に気付かれた時点で、底にまた落とされるだろうし。
原始的なやり方だが、シンプル故に効果があるかもしれない。
……よし。
俺が三人を見て笑うと、その意味に気付いた三人が、気持ち悪い笑みを浮かべた。
嘘だろっ、という目で。
だが、悪いが俺は本気だ。
「さて、と」
三人を繋ぐ縄を肩で背負うと、
「一本落としぃぃぃぃ!」
と、叫んで、一本釣りよろしく一本落としをお見舞いしてやった。
死んではいない……と、信じたいところだが、実際のところ、大丈夫だっただろうか?
確認のために井戸を覗いてみると、三人はちゃんと生きていた。
おぉ、よかった。
その他に白い骨みたいなものが少し見えたような気がした。
もしかしなくても、この井戸牢獄は普段から使われているのかもしれない、そう思った。
そして、みんなに忘れ去られて、野垂れ死んでいるのでは、と少し不吉なことを思った。
……うん、見なかったことにしよう。俺は井戸の牢屋も知らないし、森では盗賊にも会わなかった。
「さて、これからどうしようか」
することがなくなり帰ろうかと思ったところで、腹が減っていたことを思い出した。
ふむ、教会まで空腹を耐えて、美味しいものをたらふく食うのも手だが、少し距離があるのも少し考えどころだ。
つまり、もう空腹に耐えられない。
朝食も食わずに森に入っちまったからなぁ……。
ここは、初めての外食をしてみようか。
「あ、そこのおっちゃん、何かここら辺でうまい店ってある?」
近くで、何かの肉を焼いている四十代くらいの男性に聞いてみた。
「……アンタ、ここが飯を売っているところってわかって言ってんのか?」
それは見ればわかる。
「そんな相手に『うまい店ある?』って聞くか普通?」
聞くんじゃねぇ? ほら、実際に聞いた奴がここにいるし。
でも、そんなこと言っちまったら、絶対に怒られるに決まっているし、適当にはぐらかすか。
「それは……ほら。あれですよ。飲食店の人に聞いているうちに、だんだんおいしい料理屋にたどり着くってやつですよ」
「……アンタ、それはうちの店の飯が不味いっていう意味か?」
「い、いや! ほら、それはあれですよ……あれ……ははっ」
ちっ! 意外とやるじゃないか、このおっさん。
「はぁ~。まあいいや。とにかくこれやるよ」
おっさんが串に刺さった肉を差し出してきた。
「これは?」
「【ホーンラビット】の肉だよ」
【ホーンラビット】か。一部の地域では食用として狩られている、っていうのを聞いたことがある。
聞いただけで、実際に食べるのはこれが初めてだが。
王都近くでは取れないし、売ってもいないし。
自炊の俺が食べたことがあるはずがない。
「この辺でよく取れるのか?」
「まあな。こう見えても俺は昔冒険者だったからな。俺の力で狩っているんだ」
こう見えても、って。どう見てもその筋肉質の体から運動系の仕事をやっていたのはわかるって。
だが、初めての【ホーンラビット】。一体どのような味か。
期待に胸を膨らませながら、かつ、不安を抱きながら口にすると。
「……うおっ! なかなかうまいな!」
口の中に広がる旨味! 少し脂が多いが、なぜだがしつこくない。ただ焼いただけなのに。肉自体も硬くなく、かといって噛みにくいほど柔らかいわけでもなく、噛み応えがあって「美味い!」の一言しかない。
食レポなんぞしたことがない俺が、初めてこの味を知り合いに伝えなければと思ったほどだ。……知り合いの数はたかが知れているがな!
「そう言ってもらえるとうれしいぜ」
「これあと五本ください」
「はいよ、……一本一五〇Gで全部で九〇〇Gだ」
思ったよりも外食も悪くないのかもしれない。
そう思ってお金を出そうと準備しているときだった。
「……ん? おいちょっと待て。まさか、最初のも払うのか?」
食えって言ったのは、そっちじゃなかったか?
「当たり前だ、ただで食わせる飯はねぇ」
「おっちゃん、あんた最低だよ……」
まぁ、新しい味に出会えたことの感謝ということにしとけばまだいいが、そういうことは早く言ってくれませんかね?
「また来な」
「そのときは一本おまけしてくれねぇか?」
「そりゃ~、無理な相談だな。こっちだって、商売をやっているんだからな」
「……クソジジイ」
「おう、サンキューな!」
クソ、最後に悪口を堂々と言ってやったのに。いい顔してんなこの野郎。
まぁ、今回は【ホーンラビット】に免じて許してやらんこともないが。
教会に着くと何やら人だかりが出来ていた。
何かあったのかと覗いてみると、そこには金色に輝く長い髪の少女と、その横にかつて俺の睡眠を邪魔した名前の知らない若すぎる男がいた。
なんだなんだ?
よく見ると、その少年の腕にはアイシアがいるじゃないか。
おぉ、おぉ。
カッコいいくらいにお姫様抱っこしてんじゃねぇか。
そして、かつて教会であったそこは巨大な木へと成り果てていて、そのところどころには、木に縫い付けられたように、身動きが取れない男が五人いる。
あぁ、なるほどね。わかっちまったよ。クソ野郎。
俺が森の中で探索しているうちに、教会がらみで事件が起きたのだろう。
昨日、俺にアイシアが『ベクタ』とか知らない名を出したし、あの五人のうちの誰かがそのベクタなのだろう。
それをあの若い男が解決した。そして俺はそれを目撃している観客A……いや、集まった早さ的にはKぐらいか。
「……ジン、この人達はどうすればいいの?」
金髪の娘がそう言うと、
「ここには、そういう奴らを入れとくところがないらしいから王都まで運ぶか」
……あるよ。井戸だ、井戸。ぶち込んでおけ。
「一応あるにはあるけど、あれは残酷すぎるしね」
なに? 俺が冷酷な人間だと言いたげそうな口ぶりだな。
人の睡眠を妨害した奴がよく言うぜ。
あと、お前の名前ジンって言うんだな。憶えたかんな?
「ごめん、アイシア、君の教会を結局僕らが壊してしまって」
そうだ、そうだ! 弁償しろ! そして、一生金に困り果てる生活を送りやがれ!
アイシアは少し考えると、
「ううん、私を守るためだもの。残念だけどあきらめるわ」
諦めんな! 引き下がるな! ここは払わせろ!
「そっか……。それなら代わりに王都で知り合いが孤児院を開いてるんだけど」
はぁ!? お前、マジふざけんなよ!?
孤児院ってふざけんなよ!?
そんなの誰でも行くに決まってんだろ! マイナスどころか、プラスにしてんじゃねぇよ、クソ野郎!
……なんか、今の俺が可愛そうな人に思えてきただろうが。
本人にそう思わせるとか……。あっ、マジで泣きそう。
「そ、それなら……ぜひっ!」
うん、知ってた。って言ってるだろうが!
しかも見ろよあれ。
アイシアが笑顔をジンに向けただけで、隣の金髪の娘が超不機嫌になったじゃねぇか。
出たよ、ハーレム。爆ぜろ!
くそっ! なんで俺ばっかりこんな目に!
「何であの三人来ねぇんだよ……」
木に縛られている男の一人がそう言っているのを聞いたが、俺はその三人の存在を知らない。
2018/02/22 改稿