モブとしての覚悟
朝六時、俺はいつも通りにギルドに行った。そこには普段は人がいないはずが、今日は五十人以上の冒険者達が集まっていた。
「お前ら! 全員気を引き締めて行くぞ! もう知っているとは思うが今日の国王誕生日会では『蒼い烏』という犯罪集団が王族の命を狙ってくるはずだ。いいか! 王族のうち誰一人傷つけることなく、帰ってくるぞ!」
「「「おぉーーーーーーーーーーーーーーー!!」」」
朝っぱらからうっせぇな……。はっきり言うと、お前らはじっとしてほしいところなんだけど……。お前らじゃ次元が違いすぎて、囮にもならないからな。
「エリクさん!」
声のした方を見ると、シルヴィ、アイシア、リン、ヘイゲルがいた。
「みんなは見送りか?」
「はい。エリクさん、くれぐれも無理をしないでくださいね」
「帰ったときのためにお弁当作っておくから」
「えりくっ! 帰ったらまた遊ぼうね!」
「頑張ッテコイ……」
みんな……、そんなこと言わないでくれ……。全部死亡フラグじゃないか……。
「馬車が到着しました! 乗ってください!」
それから冒険者達は次々と乗っていった。そして俺達を乗せて馬車は『フロンゲイル』へと向かった。次の日俺だけが帰って来ないとも知らずに……。
馬車で三時間かけて俺達は『フロンゲイル』にある国王の別荘へと到着した。
相変わらずでかいな……。どちらかというと俺は広い部屋があまり好きではないから住みたいとは思わないが……。
「お前ら、怪しい人物がいないか常に見張っているんだぞ!」
ソルドはそう言っているが、俺達Aランカーはその行動が無駄なことを知っている。彼らはそんな間抜けなことをする奴らではないからだ。もちろん、彼らの名を語る偽物の線もないわけではないが、一週間前に来た奴を思うとその線はかなり薄いだろう。
「ミーシャ、一応俺達も気配を探っておこう」
「……うん」
ほぅ、気配を探ることができるのか……。なかなかやるようだが、やはり彼らにそれは通じないと思うぞ……。
「よく来てくれた、冒険者達よ! 『蒼い烏』が来るとは思うが、それまではくつろいでくれて構わない。一人一人に部屋とメイドを付けておく。なにかあったら彼らを頼ってくれて構わない。ただし、彼らが危険な目に遭ったときは頼むぞ」
国王は『蒼い烏』のことをさすがに知っているようで、来ることを断言していた。Aランカー以外は一週間前と変わらない国王を見て不思議に思っていたが、俺達Aランカーはそれが普通だと思っていた。彼らの恐ろしいことは武力を優先していることで、何の準備もなく突然攻めてくることだ。今俺達にできることは実際問題何もなかった。
別荘の中に入って俺は指定された部屋に行くと、そこには一人のメイド服を着た女の人が立っていた。
「お久しぶりです、エリク様」
その言葉に俺は笑って
「相変わらずだな、ミレア。様は付けなくていいと言っているんだけどな」
「すいません……、これも仕事ですから」
「その割には、俺とよく話しているのは気のせいか?」
「ええ。気のせいですよ」
そう言って俺達はお互いに笑った。この女性はコラン=ミレアという名前で二年前からずっと俺の担当をしているメイドだ。短く切っている髪は真っ白で、肌の色も白なのだが髪のせいか若干橙にも見えなくはなかった。
「今年も来てくれてとてもうれしいです。一週間前に見かけたときも話しかけようと思ったのですが、その前に事件が起きたもんですから……」
「そうだったのか? どこにいたんだ?」
「私は王女様の侍女の一人……ですよ」
王女の方が騒がしくてちらりとは見たが、冒険者で何も見えなかったのだ。
「へぇ、侍女にもなったのにどうしてここに? 王女様はいいのかい?」
「わかっているのにその質問はどうかと思いますよ、エリク様。もちろん、私がここにしたいと自ら言ったのです。私はあなたのことが好きですから」
「……っ」
わかってはいても、やはりドキッとするもんだなこれは……。
今ミレアが言ったのは人としてという意味ではない。異性としてだ。去年ここに来たときに俺はミレアに告白されたのだ。そのときお互いの立場の問題があるので、俺は断ったのだ。ミレアは駆け落ちでもと言ったのだが、俺がそれを止めた。
「やっぱり今でも気持ちは変わっていないのか……」
「はい。お互いの立場に問題があるのなら、それに有無を言わせないほどのメイドになると決めましたから」
「……俺といてもいいことはないと思うぞ。俺は冒険者だから死ぬかもしれないし、今みたいな優雅な生活は送れないと思うが……」
「そんなものはいりません。私はただエリク様と一緒にいれればそれで構いませんから」
そう言ってミレアは俺に抱きついてきた。彼女にとってこの瞬間が一番だと去年俺が帰るときに言っていた。
「……俺は主人公じゃない。俺はモブとして生きることにしたんだ。ジンという奴を引き立てもしない背景だ。そんな俺と、君のような人が一緒にいてはいけない。君はジンの方に付くべきだ」
結局俺が言いたいのは、ミレアにはもっといい人がいるということなのだ。そのために俺はモブであり続ける。俺がモブでいる一番の理由はそこなのだ。それが俺のモブとしての覚悟である。主人公を前に俺は背景に。
……これが俺の仕事だ。
最後はシリアス感を出してみました




