モブの誕生(いや、墜落?)
シノイ=エリクの朝は早い。
朝は五時に起きて、出掛ける支度をゆっくりと整え、六時にはギルドに行く。
ギルドは基本的に二十四時間営業であるので、いつ行っても問題ない。
しかし、午前六時というのは、だいたいの人が、起きる時間でもあり、もしくは寝てる時間。人によってはこの時間から寝る人もいる。
何にせよ、この時間にギルドには人があまりいない。
いるとしても職員くらいなものだ。
人混みが嫌い、というわけではないが、朝から騒がしいところに行くのが苦手なエリクにとって、ベストの時間はここしかない。
最初は辛かった早起きも、慣れてしまえばどうってことはない。
いや、受付に行くと、決まってこの受付員が出てくるのもプラスになっているのかもしれない。
「おはようございます。エリクさん」
「おはよう、シルヴィ」
綺麗な黒髪と透明な白い肌で定評のある女性エラヴィスタ=シルヴィだ。
彼女は朝の五時から十二時まで、出勤しているギルドの従業員で、俺も含めて、皆からの信頼が厚い女性だ。
……それにしても、このギルドはシルヴィを働かせすぎではないだろうか?
俺が受付に行くと毎回と言っていいほどシルヴィが出てくる。
確かに朝方はギルドの業務員も少ないといえど、一人で回しているわけでもあるまい。
シルヴィが嫌というわけでは当然ないが、シルヴィ以外も働くべきではなかろうか。
とは思いつつ、俺がギルドに口出しできる権利を持っているわけではないので、何も言えないが。
それにしたって「今日はシルヴィも忙しそうだな」と思って違う受付に行ったのに、直前でシルヴィに変えさせるのはさすがにどうかと思う。
いやいや、それってもしかして――。
なんて思っているところ悪いが、俺は常識人だ。
普通を絵に描いたような俺とシルヴィでは、あまりにも差がありすぎるというものだ。
勘違いするほど俺はバカではない。
「エリクさん、どうしたんですか?」
「ん? ああ、何でもないよ。ちょっと最近疲れてて……」
あながち嘘ではない。
ついこの間も、突然行方不明となった人達を探すのにかり出されたところだ。
一週間探して見つかったのは、その中の一割程度の人数だったし、今も情報待ちといったところだ。
人生という山場に疲れてきたぜ……。
なんか今のかっこよくなかったか。……そうでもねぇな。
「えっ! それならどうしてこんな朝早くに今日も来たんですか?」
朝からテンションが高いのか低いのかはっきりとしない俺を、シルヴィが真剣に心配してくれる。
うんうん。いい子だ。優しすぎて、逆にこっちが悪い気がしてきたよ。
「この時間に目が覚めちゃうんだよ。本当はゆっくりしたいんだけどね」
「そ、そうなんですか。 」
「ん?」
今、シルヴィが最後に何かを呟いていたような気がしたが、考え事していたせいでよく聞こえなかった。
まぁ、余計なことは知らない方がいいとも言うしな。ここはスルーしておこう。
「今日はどのようなご用件で?」
シルヴィが机の下から束になってまとめられた紙を取り出し、めくりながら尋ねる。
俺が受けられるクエストを探しているのだろう。
ちなみに俺はこれでもランク『A』である。
いや、なんで自分に『これでも』って言ってんだよ。普通にランク『A』だっての。
このギルドに何人ランク『A』がいるのか知らないが、まぁ、たぶん俺はその中の中ぐらいに位置していると思っている。
俺程度の実力であれば、新人ランク『A』も直に俺を越すだろうと常日頃思っている。
まぁ、そこは別に気にしていない。
ほとんどの人が俺を知らないと思うが、俺もほとんどの人を知らない。
だってこの時間ぐらいしか俺いないしね、うん。
「緊急クエストとかある?」
「う~ん。すみません。今日は特に何もないですね」
「別に謝ることでもないって。それなら、今日はもう帰ろうか――」
「あっ! そ、それなら今日のお昼に時間って空いてますか?」
珍しくシルヴィが声を張り上げたな。どうかしたのか?
「い、一緒にご飯でも、ど、どうかなぁ……なんて」
いやぁ~。その上目遣いで断れると思います? 無理でしょ。
「いいですよ」
その破壊力に耐えられる男を見てみたいよ。
けど、まぁ。こんな冴えない男を……じゃなくて、いい男を誘ってくれるとは。
いかんいかん。自虐が癖になり始めている。
とにかくだ。
一人では行きづらい場所があるのだろう。
今日は久し振りに予定もないし、美人と一緒にいられるのなら、予定が合っても無視してるところだ。
一瞬だけでも人生を謳歌しようじゃないか。
家に帰ってもすることもないし、財布もちゃんと持ってきている。
少しここで寝ようか。疲れもまだ溜まっていることだし。
「ここのテーブル、借りるよ」
「はい」
テーブルの椅子につくと、途端に眠気が襲ってくる。
自分が思っていたよりも疲れているのかもしれないな、これは。
腕を枕に、寄りかかるように机にうつ伏せになると、俺はたちまち……夢の世界に堕ちていくのだった。
「……んあ?」
何やら騒がしいと思って、顔を上げると、シルヴィの前で二人の若い男らが何やら争っているところだった。
片方が剣を振るって、もう片方がそれを避けた、といったところか。
シルヴィの取り合いでもしているのだろうか。
となれば。
「ださっ」
おっと口に洩れてしまった。
たちまち、笑いが広がっていき、剣を振り下ろしている男の顔が真っ赤になった。
そんなことより、まだ俺は眠くて仕方ねぇ。
もう一度、眠ろうと体勢に入ったところで――
「おっと、失礼! 足が滑ったぁ」
「……あ?」
今度は誰だ、と顔を上げたら、俺の顔面に誰かの背中が思いっきりぶつかった。
そして、その誰かさんと一緒に床にはじき飛ばされると、その誰かさんのクッションとなって、腰を思いっきり床にぶつけた。
「あ、やべぇ。やりすぎた。ごめん! そこで寝てた奴!」
誰かもわからない奴の謝罪を受ける。
しかし、込み上がってくるのは怒りしかない。
もっとちゃんと謝れよ……! 何ヘラヘラと笑っているような声を出していやがる……!
睡眠を妨害した挙げ句、謝罪もしねぇとかどうなってやがる。
よくわからねぇが、楽しそうに話している声もばっちり俺には届いているからな?
「俺はソルドってんだ。よろしくな」
自己紹介ありがとう。名前覚えたからな?
お前のことはこの先何があっても絶対に許さねぇと今誓った。
俺の怒りを敏感に察したのか、
「……す、すいません!」
と、シルヴィだけが俺に謝ってきた。
もともとシルヴィに非はないはずなのに。余計に許せなくなってきたぞ。おい。
「いえ。大したことでは。それに、このソルドさんが最後にやってくれましたし」
誰か知らねぇが、シルヴィはお前に言ったんじゃねぇよ。
現に、シルヴィは一瞬だけポカンとした間の後に、
「あ。あの……いえ! さ、最初に動いてくれたのはジン様ですから!! ありがとうございます!」
と、とって加えたように言葉を足した。
「「「ッチ!!」」」
周りの奴らと含めて俺も一緒に舌打ちをした。
シルヴィを助けたようであることから、これは間違いなく『フラグ』というものが建ったに違いない。
せっかくシルヴィと昼を共にするというのに。
『女性とのお出掛けに浮かれていたら、その女性が結婚していたことを知りました』みたいな気分だ。
そして、追い討ちをかけるように、ソルドというクソ野郎からこんな言葉が飛び出してきた。
「俺もそろそろクエストに行ってこようかな。っと、そうだそいつ、誰か放り出しといてくれ」
いや、おまえがやれよ。これをやったの、お前だろ。
どうせ今からギルドを出るならついでに捨てるのが筋ってものだろうに。
いや、捨てるけどさ。コイツも俺の睡眠を妨害した奴だし。
でもさ、おかしいと思うのは俺だけか? なぁ?
他の奴らもさも当然的な様子で話しているけどさぁ。
このやり場のない怒りをどうしようかと迷った挙げ句、俺をクッション代わりにした男をゴミ捨て場に全力で投げ込み、その場を後にした。
そのせいで、シルヴィとの約束も忘れてしまい、俺の人生は堕ちていく一方だった。
やっと、名前出せました。モブっぽい名前を考えるのは苦労しました
戦闘はもうしばらく先です
2018/02/21 改稿