本編という名の裏の裏話Ⅴ
降り注ぐ魔法の雨を見た途端ジンは悟ってしまった。
これはどうやったって避けられない、と。
だから。
「ミーシャ!」
「……わかってるっ」
ジンの叫びに答えるように、ミーシャは地中から太い芽を生やすと、木が重なり合ってまるで傘のように魔法の雨から身を守った。
「ッ! それは悪手デス!」
「……っ!?」
カレンが指摘すると同時に、ふわりと身体が浮かび上がるような感覚が襲った。
そしてそう感じたときには自分の身が空中に投げ出されたことに気付いた。
「なっ!?」
驚いたときにはもう遅かった。
地面にドーム状になった芽を見て、自分達が傘の外に転移させられたことを理解したときにはもう背中に衝撃が起きていた。
「がッ!!」
背中から叩かれるような衝撃で、植物の傘に打ち付けられたジンは肺の中の空気をすべて吐き出した。
だが、それでも魔法の雨は止まることはない。
「っ……。憑依【メタートル】!」
メタートル。
鋼鉄をも上回る強固な甲羅で身を守る亀の魔物。その亀の甲羅がジンの手元に出現する。
「くっ……」
その甲羅の中に隠れるようにジンは身を潜めると、空中に浮かび上がる女性を睨みつけた。
(これがランク『A』の力……!)
甲羅で身を守っているにもかかわらず、魔法の衝撃を抑えきれないほどの攻撃力。
こうしている今もこの甲羅が割れないか心配になるくらいだ。
しばらく魔法の雨が続いたが、気付けば音が消えていた。
「終わった……のか?」
ゆっくりと甲羅の中から顔を出したジンが見たのは悲惨な光景だった。
冒険者の9割以上がドームの上で転がっていた。
息があるのは何人かだけ。あとは気絶しているのか、動けないのか。あるいは……。
それすらもわからないくらいにピクリとも動かない。
残りの1割未満である二人だけが五体満足に立っていた。
ミーシャとカレン。
「……へぇ」
頭上に浮かぶラルカが感心したような声を発した。
「動ける者は4人もいるとはねぇ」
(4人?)
自分とミーシャとカレン。そしてあと一人は。
「ははっ……舐めんなよ」
「ソルドさん!」
身体強化という魔法しか持たないソルドが立っていられるとはジンは思っていなかった。
いくら身体強化したところで、あれほどの威力をそれだけで受けきれるとは思えなかった。
だが、ソルドは頭から血をドクドクと流して、大剣を支えにして、それでも立っていた。
「今のが魔術と呼ばれるものか」
「なんだ。門前ギルドともなると、魔術を見るのも初めてなのか。いやそれどころか、そなた以外は魔法と魔術の違いもわかっていない顔だ」
「はっ。無理もねぇ話だ。二人はまだかけだしで、もう一人はつい最近まで国に入ったこともないんだからよ」
「所詮人の言葉を話すだけの魔物だ。理解できるのかも怪しいところだ」
カレンを馬鹿にするような発言をしたラルカを、ミーシャは太い植物で払うように攻撃したか、当たる直前にパッと消えた。
そして、一瞬のうちに少し横へと移動していた。
「無駄だ」
「……っ」
歯ぎしりするミーシャすらも見下ろしたラルカは、暇つぶしとばかりに手のひらを前に出した。
「魔術とは世界をねじ曲げる力。本来そこにないものを『あるもの』として世界を強引に曲げる」
例えば。
「世界を統べる始まりの因子。始まりの因子は炎。生まれし世界に現るは炎。今、ここに具現化せよ」
ラルカがそう言うと、ボオッと手のひらに火の玉が出現した。
「だが、私はそこで考えた。世界を曲げるときに使うのは言葉など音。だが、音を使う意味は本当にあるのか、と」
所詮、音は振動でしかない。
音とは相手とのコミュニケーションを可能にするものであって、世界をねじ曲げる力など本当はないのではないか。ラルカはそう考えたのだ。
「しかし、音にする意味はなくとも、言葉にする意味があると気付いたとき、私の世界は大きく変わった」
人は言葉にすることで、ものを簡単に覚えることができる。そういう研究結果がある。
「つまり、人は言葉を発することで、頭の中を整理しイメージするわけだけど」
もっと簡単に言えば。
「曲げる世界は世界全体じゃない。魔術に必要なのは唱える人物の世界の想像。妄想なのよ」
そう言うと、ラルカのもう片方の手から、先ほどの火の玉とは比べものにならない大きな火の玉が浮かび上がった。
「言葉にしてはイメージを収縮してしまう。だから、頭の世界をまるごと変えてしまえば詠唱せずに、このような巨大な魔術を生み出せる」
「つまり。何の魔力を消耗することなく、さっきの攻撃をいつでも出せるってことかよ」
「あらかたそんなところだけど」
教えているようで、まったく教える気のないラルカは空中に次から次へと魔術を展開していく。
炎の塊だけじゃない。
竜の形をした雷や、あきらかに普通の色をしていない水のようなもの。
空間をねじ曲げるほどの異質な突風と、人の形をした動く土。
「そこからはすぐだった。頭の中ではあらゆる雑念が魔術の構築を邪魔する。ならば、その雑念をどこかに捨てればいい」
人が何かを考えるのは神経に電気が通るからだ。
では、その神経に転移魔方陣を描き、必要以外の電気をすべてどこかに転移させればいい。
するとどうだ。
「その結論に達したとき、私は【即興魔術】という魔法を身につけた。多少魔力を使うけど、もともと魔術師であり、ランク『A』でもあった私にとっては些細なこと。どうしてそんな魔法を身につけたのかはわたしにもわからないけれど、どちらにせよ、私は一瞬で魔術を生み出せるようになった」
ジンはラルカの言っている理論のすべてを理解できたわけではないが、なんとなく言いたいことだけはわかった。
ラルカは【転移】という厄介な魔法の他に、さらに厄介な魔術を大量に展開することができる。
これは二つ魔法を使えると言っても過言ではない。
いや、下手すれば二つなんてものではないかもしれない。
「何を驚いているの? ランク『A』というのはこの程度が当たり前の世界よ」
ジンを嘲笑うようにラルカは腕を大空に掲げた。
「では、二回目のダンスといきましょうか」
「うおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」
ラルカが動く前にソルドが動いた。
大きく大剣を振りかぶるとラルカに向けてなぎ払った。
身体強化を自分ではなく大剣に込めて撃ち放つソルドの大技だ。
空気すらも魔力によってねじ曲げるほどのその強さは、さきの【アーマーソルジャー】戦でジンを助けた。
だが、ラルカはその向かってくる魔力の塊をつまらなそうに見つめると、
「ああああああグェ゛ッ!?」
「ソルドさん!?」
クイッ、と人差し指を曲げただけでソルドの魔力砲は、ソルドのすぐ隣へと転移して、撃ったソルドを横殴りした。
数十メートル転がるソルドの前に空気の塊が出現した。
「これで一人目ね」
ラルカの呟きと同時に空気の塊にソルドは転がり、その瞬間、空気の塊が爆発した。
遠くにいるジン達でさえ目を押さえてしまうほどの爆発を直撃したソルドがどうなったのかなんて、もう考えるまでもなかった。
「あと三人」
「っ……」
勝てる気がしない。
だが、ここから逃げるわけにもいかないし、そもそも逃げることはできない。
この森全体に転移魔法が張られているのが本当であれば、逃げようとしたところでここに連れ戻される。
そこでジンはあることが思い浮かんだ。
しかし。
「悪いけれど、紫鮫は帰ってこないわよ。紫鮫を飛ばしたのはこの森に仕掛けたものではなく、それとは別のもの。森に貼った陣は森から出させないものだけど、紫鮫のは場外へと飛ばす陣。期待するだけ無駄ね」
ラルカは徹底的に追い詰めようと言葉を重ねる。
別に精神的に追い詰めなくても、三人を殺すことは彼女にとっては容易いこと。
だが、変に粘ってもらうよりはさっさと殺されてくれた方がラルカにとっても楽なのだ。
「悪いけれど、これからもう一人冒険者を倒さないといけないのよ。だから――
――本気でいかせてもらうわよ。
そう言い放った途端に第二の魔術の雨が始まった。
2018/06/24 割り込み
……やばい、第二章の裏話が終わる気がしない。




