本編という名の裏の裏話Ⅲ
「――失礼するぞ」
カタリヌがそう言って【世界初の魔物による】傭兵ギルドの中に入ると、そこはもう殺伐とした雰囲気そのものだった。
……いや、その言い方では少し語弊があるか?
ジン達が入った途端に空気が変わった、と言うべきか。
「身構えるな」
その殺意にも似た空気にジンが目を細めようとしたところを、カタリヌが嗜める。
「敵意を出すな。私達は何のために来たのかを考えろ」
クエストを果たす、ということだけではないはずであろう?
お互いの関係を友好的なものにするためのはずだ。
「壁は僅かほどでも作るな」
責められるように言われたジンは、深呼吸の後に警戒を解いた。
自分は害のない人間だと証明するかのように。
「ギルドマスターはいるか?」
カタリヌがギルド全体に聞こえるように叫ぶと、何人かのリザードマンが奥へと向かった。
しばらく待っていると。
「何の用デスカ?」
「え!?」
ジンが驚くのも無理はない。
なぜなら、ギルドの奥から出てきたのは一人の人間の女性だったのだから。
見た目は多少変わっているように見えるものの、ぱっと見は【リザードマン】などでは決してなく、普通の綺麗な女性だ。
「えっと……」
対人用の雇われの受付だろうか?
ジンがそう思ったことをその女性はすぐに察したのか、
「残念デスガ、私はれっきとしたこのギルドの者デス」
と言った。
「そ、そうなんですか?」
「エェ」
どこか壁のある対応をする女性は、ジンの隣に立つカタリヌを見ると、顔を顰めた。
「またあなたデスカ……」
「まだ心を許してくれないか。……いや、それもそうか」
それも仕方ない、と言わんばかりにカタリヌは肩を窄める。
「カタリヌさん? この方は?」
ジンが声を細めてそう尋ねると、相手の女性がピクリとこめかみを動かした。
声は届いていないはずだが……?
「カレン=キュリアム、といいマスガ――」
カレンと名乗ったその女性は、ジンを忌まわしげに見つめて。
「相手を知りたケレバ、まず自らが名乗るのデハ?」
「あ、す、すいません!」
やけに緊張した顔つきをするジンにカレンは目を細める。
「ハークリッド=ジンといいます」
「ハークリッド=ジン……なるほど。あなたガ」
カレンはそう呟くと、カタリヌを見た。
「これがあなたの言っていた人デスカ」
「そうだ。どうだ?」
「どうと言われましテモ」
ジンには、二人が一体何の話をしているのかわからないが、どうやらカタリヌが自分のことを前から話していたことだけはわかった。
そんなジンをカレンはもう一度、探るように眺めると、
「悪くはナイ。しかし、今の実力はまだまだ……デスネ」
「まぁ、ランク『B』と言ったところだろうな」
「私と互角、といったところデスネ」
「いや、経験の差を考えれば、君の方が少し上手と言ったところかな」
「あ、あの~。さっきから一体何の話をしているんですか?」
二人がジンのことを少なからず評価しているのはわかったのだが、今はそんなことをしている場合ではないのだ。
「いや、すまなかった。カレン、今日はギルドマスターいるか?」
「今日も留守デス」
「え?」
その答えにジンはどこか違和感を感じて、眉をしかめた。
しかし、すぐさまカタリヌはジンの耳に顔を近づけると、
「おそらく嘘だよ」
「えっ」
「そう簡単にギルドマスターには会うことは許されない、ということだ。なに。当然のことだ」
「やっぱり相手が人間だからですか?」
「いや、普通にギルドマスターが出てくること自体がおかしいことだよ」
「そういうものなんですか?」
「君たちのギルドが例外すぎるんだ」
ジン達の所属する門前ギルドは当然のようにギルマスが姿を見せているが、そっちの方がおかしいらしい、とジンは理解した。
「私の方から伝えますノデ」
「では、よろしく頼むよ」
カタリヌはそれから、作戦の内容を包み隠さずカレンに伝える。カレンはそれを、ときに頷きながら聞いている。
その頷きはおそらく、作戦に無理のあるものなのかないものなのか、一つ一つ吟味している証拠だろう。
話を聞きながらカレンは質問を投げ返し、それにカタリヌが丁寧に答えていく。
その中には、ギルドでは話し合われなかったことも含まれており、それでもカタリヌは少し考えた後にすぐに質問に返していく。
きっと二人は頭の中で全部シミュレーションしているんだ、とジンは思った。
ギルドでは話し合いという話し合いをしていなかったような気がする。どちらかといえば、カタリヌが作戦を考え、その詳細について皆が質問していくだけ。こんな風に、相手側も作戦をともに考えようとは思っていなかった。
一通り質問を繰り返したカレンは、最後に確認するように頷くと、カタリヌを見た。
「わかりまシタ。今の話をギルマスに伝えておきマス」
「頼んだ」
カレンはそう言ったが、振り返ることはせず、ジッとこちらを見つめ続けていた。
「……?」
「行くぞ、ジン」
微動だにしないカレンを不思議そうに見つめるジンの肩を、カタリヌは優しく叩いて先に振り返った。
「カレンは私達より先に背を向けることはない」
「それは――」
どうして? と、最後まで言う前にジンはその意味がわかった。
「そういうことだ」
「わかりました」
ジンはそこから何も言わずに背を向けた。
ギルドから出るとき、チラリと目を後ろに向けたが、カレンは石像のように固まって動いていなかった。
しかし。
「……」
その顔には、どこか寂しそうな感情が混ざっていることを、ジンは見逃さなかった。
二人がギルドに帰ると、なぜかお祭り騒ぎが待っていた。
「うおぉぉぉぉぉぉ!!」
「いいぞぉぉぉぉぉぉぉ!!」
「もっと! もっとぉぉぉぉぉぉぉ!!」
「あと少しなのに! 見えっ!! ないぃぃぃぃぃぃ!?」
「バカ野郎! このギリギリの背徳感がたまらねぇんだよぉぉぉぉぉぉ!!」
それを見た二人が呆然と口を開けて固まる。
カタリヌはこの非常事態に一体何をやっているのか、と呆れるような驚きで。
ジンは別の意味で一体何をやっているのか、と仲間に驚いていた。
「ミ、ミーシャ……?」
「……あ。……ジン」
ギルドでジンの帰りを待っていたミーシャは、ジンが帰ってきたことを喜んでいるようだ。
――スカートの丈は短く、露出度の高いフリフリのドレスを着て。
「何……やってるの?」
愕然とした様子で声に出して聞いた。
すると、ミーシャはきょとんとした顔で、
「……似合ってない?」
と、逆に聞いてくる。
「いや、似合ってないとかじゃなくて」
「……似合ってる?」
「いや、だからね」
「……似合ってない?」
「あ、あのミーシャ?」
少し悲しそうに顔をうつむけるミーシャを、ジンは困ったように見ると、カタリヌに助けを求めた。
しかし、カタリヌは未だ驚きを隠せない様子で、ジンの視線には気付いていない。せっかくのランク『A』という肩書きが嘘のような顔をしている。
「……ジンは嫌いなんだ」
「な、何が?」
「……私のこと」
「どうしてそんな話になった!?」
状況の整理もできていないジンだったが、とりあえずミーシャの暴走を止めなければいけないことだけはわかったようだ。
「全然、ミーシャのことは嫌いじゃないから! だから、ね!」
「……でも、この服。嫌いだって」
「……似合ってます。はい」
もう投げやりに言ったジンだったが、その言葉を聞いた途端、ミーシャは嬉しそうにジンの下へと駆け寄った。
「……そ、それじゃ、私のことは?」
「ん、んん!?」
その言い方は少しおかしくないだろうか!? と言おうとしたところで、周りから盛大な舌打ちが響いた。
「おいおい、そういうのはよそでやってくれよ?」
「ソルドさん」
ミーシャから恨めしそうに睨まれ、気まずそうに頭を掻いて登場したソルドは、固まるカタリヌの肩を叩いて言った。
「ギルドの中のムードがやけに重かったからな。ミーシャが踊ってくれたんだ」
「ソルドさんがミーシャに?」
「そんなわけないだろ。彼女が自分からそう言ったんだぜ?」
「そうなの?」とジンが胸元のミーシャに尋ねると、彼女は「……うん」と頷いた。
「この服も着てみたかった」
「そ、そうなんだ」
ミーシャの好みに少し戸惑いながらも、ジンはギルドの中を見た。
ミーシャの踊りのおかげか、冒険者達の顔に緊張の色はない。いささか、緊張が足りなさすぎる気もするが、少なくとも前よりはいいだろう。
ようやく意識を取り戻したカタリヌも、その光景を見て力強く頷いた。
「傭兵ギルドとの交渉は成功した。あとは、あちらの準備が整うのを待つだけだ」
「準備のでき次第、あちらから連絡が来るので、いつでも行けるように僕達も準備しておきましょう」
カタリヌに続いたジンの言葉に、冒険者達は自分達の武器を握りしめた。
「それじゃ、お前ら! この戦い、絶対に勝つぞ!!」
ソルドの気合いの入った声に、冒険者達は雄叫びを上げた。
2018/05/04 割り込み
リンのところまでにしようか、ラルカ戦で終わらせようか迷っているところ……!




