モブと結末
目が覚めると、どこかで見たような天井があった。
「エリクさん! 目が覚めたんですね!」
その声に首を横に傾けると、目を真っ赤に腫らしたシルヴィがいた。
なるほど、ここはギルドか。
倒れていたところを、ここまで誰かに運んでもらったのか。
助かった、助かった。
ゆっくりと状態を起こそうとすると、
「イッ!? つぅぅぅぅ」
全身に様々な痛みが走る。
叩かれたような痛みや切り裂かれたような痛み。
記憶が少し曖昧だが、今回も相当痛い目にあったみたいだな、俺。
え~っと。確か、洞窟に入ってからだな……。
「ヘイゲル達と冒険者達にボロクソに痛みつけられた後、奥にいたあの少女。確か名前は――」
そう、リンだ。
思い出した。
ついでに、ヘイゲルへの恨みも思い出したぞ。
アイツ、俺のことゴミ呼ばわりしやがって……!
ヘイゲルへの殺意を今すぐにでも実行したくて、体を動かそうとするが、全身の痛みに逆らえない。
「エ、エリクさん! そんな身体で無理をしないでください! エリクさんが今回も一番危険だったんですよ!」
だろうなぁ……。俺が一番頑張ってたよなぁ。
ジンやカタリヌのことは知らないが、どうせ大したことしてないんだろうな、と勝手に思い込む。
まぁ、それよりもだ。
あの後、リンがどうなったのかだけでも聞きたいところではある。
「……えっと、シルヴィ。俺が気絶した後ってどうなったかわかる?」
「エリクさんが気絶したのがいつかはわかりませんが、私が知っていることをすべてお話します」
お願いします。
「まず、ジン様達は犯人の捕獲班として、エリクさん達が洞窟に着く前に、犯人のラルカという人と戦闘を行っていました」
やっぱりとっくに戦闘は始まってたのね。
俺達突入班は全然その開始の合図がわかんなかったけど、ここんとこ、どうツケを払ってもらおうか。
まぁ、それも一度置いといてだ。
「ラルカ、ねぇ……」
確か、リンがその名前を言っていたはずだ。
友達が欲しかったらここにいろ的なことを言われた、とリンが言っていたはずだ。
「その、ラルカの魔法はカタリヌ様の予想通り【転移】の魔法でした」
うん、俺も予想してたけどね?
「さらに、それに加え【即興魔術】という、もう一つの魔法も持ち合わせておりまして――」
魔術、か。
魔力量が高い人だけが使える魔法とはまた違った力。
魔力量がもう少し高かったら、と俺が何度思ったことか。
そして、二つの魔法の持ち主とか。
敵にいうのもアレだが……いいなぁ。
俺も欲しかったぜ。この際別に何でもいいんだよ?
とにかく二つ魔法が欲しい。
「【即興魔術】で魔術を大量に展開するだけでも厳しいのに、さらに転移陣を用いて、あらゆる方面から魔術を打ち出してきたそうです」
ふざけんな。超便利なんてものじゃねぇ。普通にチート魔法じゃねぇか。
そのラルカとやらの魔力量も相当高かったことがそれだけでもうかがえる。
そもそも魔術なんて技、魔力の消費が半端じゃない。
使っているなんてそういないはずだ。
まさにボスとして立ちふさがるにはふさわしすぎる敵だったと言える。
どうせ最後まで戦えたのはジンとミーシャ、そしてカタリヌだけだったに違いない。
ソルドが足手まといになっていた光景が目に浮かぶようだ。
「ジン様とミーシャ様とソルド様、そしてカタリヌ様によって戦いに決着は早めについたそうです」
文句を言える立場ではないが、であればもう少し早く終わらせて、こっちを手伝ってほしかったな!
「ですが、ジン様とカタリヌ様が洞窟に迎えに行ったところで、そこで膨大な魔力と共に【リザードマン】や冒険者達がいきなり襲ってきたようで」
それが俺が気を失う直前だったわけだ、なるほど。
ソルドが本当に活躍していたことは甚だ疑問だが、やっぱりあれはリンの暴走だったか。
あのときは意識を失う直前で何も考えられなくなっていたが、普通に考えれば、あの膨大な魔力の爆発を起こしたのはリンしかない。
それでも、子どもがあれほどの魔力を持っていたことは正直、驚きを隠せないが。
まぁ、でも起こってしまった以上、そういうことなのだろう。
「あれほどの魔力だ。相当厄介だったんじゃないか?」
そうシルヴィに聞くと、否定する気は一切なく、すぐに首を縦に振った。
「襲ってきた彼らの中には、ヘイゲル様はもちろん。エリクさんもいたそうです」
「ホワッツ!? 俺!? 俺もいたの!? だって、あれから俺は気を失っていたはずじゃ……!」
「どうやら膨大な魔力により、気を失った人も動いてしまったらしく……」
…………。
ただでさえボロボロな体を無理に動かしたら、そりゃ――
自分の体の深刻さに気付き、顔を青ざめていると、シルヴィは「だから言ってるじゃないですか!」と俺を諫める。
「エリクさんのご想像通り、本当に危険な状態だったんですからね!」
「……まったくだ」
改めてよく生きていたと思う。
ランク『A』とはいえ、死ぬときは死ぬ。
だって人間だもの。
自分の体を確認すると、確かに傷口が広がっているようにも今なら見えなくもない。
シルヴィはそんな俺を見ながらため息をつくと、俺の布団をきれいにかけ直してくれる。
「もう……。安静にしてくださいよ?」
「あ、はい」
シルヴィには迷惑をかけっぱなしだ。
今度こそ、いつかお礼をしなければな。
食事……は、ジンとしたいだろうし。
ならプレゼント……は、ジンからもらいたいだろうなぁ。
町をぶらついてみるの……も、デートもジンだよな。
え? することなくね?
ジンが超絶に邪魔。
そんなことを考えていると、俺は大事なことを忘れていたことに気付いた。
「リンはどうなった?」
利用されていたこともあるし、子どもでもある。
けど、やっぱり今回の事件の共犯者であることは変わりない。
やはり、何らかの罰があるのでは?
そう思って聞いてみると、シルヴィは不思議そうに顔を傾ける。
「エリクさん、彼女を知っているんですか?」
そりゃ。彼女を暴走させたの、たぶん俺の所為だし。
やっぱりシルヴィが知ってるってことは何らかの罰が……。
可愛そうに、そう思ったところで、入り口の戸が開いた。
俺とシルヴィがそっちに目を向けると、そこにはアイシアと手を繋いでいるリンがいた。
もう片方の手には花束まである。
アイシアとリンは俺を見ると、目を見開いて駆け寄ってきた。
「目が覚めたのね、エリク! 大丈夫なの!?」
「大丈夫に見える?」
「見えない、わね」
「だよな」
その隣でリンが泣きそうな顔で、俺を見ている。
「ごめんね……。ぐすっ……ごめんね。えりく」
泣きながら謝るリンは可愛らしいけど、それは俺がみたい顔ではない。
だから、俺は笑う。
「気にすんな。こういうもんなんだ、冒険者ってのは」
俺にばっかり苦労を押しつけてくるクソ野郎しかいないんだ。
「それより俺の名前をもう覚えたのか! すごいな」
「……うん。初めての……友達だから」
「そうだな」
「でもね。いつかえりくのお嫁さんになるの!」
「友達から一気に上がりすぎじゃね!?」
あとシルヴィとアイシアの前でそういうことは言わないでね?
その言葉を聞いただけで、二人の顔が一瞬ピクリと引きつったからね?
……俺のお嫁さんだからね? ジンじゃないから。
落ち着こうか。
「子ドモヲお嫁サンニスルトハナ。変態ダナ」
おうおう!
そこの今入ってきた奴、俺にちょっくら心臓貸せや!
テメェには恩は一切ねぇんだよ、ああん!?
俺の殺気に気付いたのか、申し訳なさそうにヘイゲルが入ってきた。
「今回ハ、俺達ガ迷惑カケテ申シ訳ナカッタ」
む。
素直に謝られると、俺だって少し申し訳なく思っちまうじゃねぇか。
だが、それをできるだけ表に出さないようにして。
「……あの写真は?」
「処分シタ」
なら、許してやろう。
俺ほど心が広い人なんてそういないからな?
いや、ホント、マジで。
「写真って何のこと、エリク?」
「別に。こっちの話だ。気にすんな」
これ以上、この話を続けるのは自滅行為だな。
話を変えるか。
「それより、どうしてアイシアとリンが一緒に?」
「あぁ、それなら――」
「そこは私が言ううぁぐっ!」
アイシアがシルヴィを押しのけ前に出ようとしたところを、さらにシルヴィが顔を片手で押さえる。
子どもの前なんだけど。
やめようぜ、な?
少しの言い争いの後、結局シルヴィが折れて、アイシアが説明してくれた。
「リンは私の孤児院で預かることにしたの。ジンが連れてきてくれてね!」
「へぇ~」
ジンの話をするときはやっぱり生き生きしている。
それにしてもジンの奴。
相変わらず主人公みたいなことをしている。
あらかた。
『リンは悪くない! 知り合いの孤児院に預けてもらえば問題ない!』
こんな感じのことでも言ったのだろう。
「それより! エリクさんも起きたことだし、早速治療しましょう! 今、薬を持ってきますから!」
早々に話を打ち切ったシルヴィの腕を、今度はアイシアが腕を掴んで止める。
「ちょっと待ちなさい。それってまさか、あなたが作った薬のことかしら?」
「そうですけど?」
「なら、私の爪か髪を使いなさい!」
「結構です。自分のを使いますので」
「予備の分よ! 作っておいて損はないでしょう!」
「いいえ! いりません!」
だから子どもの前だって……。
そこまでしてジンに飲ませたいですか。
それより俺の分を作ってもらえません?
「えりくっ。いつか一緒に遊ぼうね!」
会った初めとは想像もつかないほどの無邪気な笑顔を見せるリンの頭を優しく撫でる。
この笑顔が見れたのが今回の報酬としておこう。
「……ロリコン」
「お前、本当に反省してるんだよな?」
それから数日経って、怪我が完治してから。
町を歩いていると、後ろから声をかけられた。
「やはり、お前だったんじゃないか……!」
聞き覚えのある声にうんざりしながらも、振り返るとカタリヌがいた。
もしかして、とは思っていたが、やはりバレてしまったようだ。
「あの洞窟の一件で、私はお前達を抑える役を担った。そのとき、貴様の攻撃だけが明らかに他とは違っていた」
おかしいとは思っていたんだ。
いくら傷口が開いていたって言っても、俺の知らない場所に新しい深い傷があった。
悪いが、俺はジンに抑えられる程度の冒険者ではないと自負している。
となれば【紫鮫】こと、カタリヌが俺と戦ったのだろうとは、簡単に予想できる。
「バレてしまったら仕方がない。確かに、俺がランク『A』だ」
「なぜ貴様はそれを公言しない?」
今さら公言できると思うか?
「俺自身それを知ったのは、つい最近なんだ。それに、別に自慢する気はない」
「自慢しろ、と言ってるのではない。なぜ公言しないのか、と聞いているのだ」
俺からしてみれば、どっちも同じ意味に聞こえるが、気のせいだろうか?
「公言したところで、意味なんかねぇよ」
「……どういう意味だ?」
「そのまんまの意味だ。俺は所詮、どこにでもいるモブみたいな奴だ。俺が何をしても、どうやら世界がそれを許さないらしい」
「よくわからん」
わかってくれません? すごく説明が面倒くさくなってきたからさ。
俺はもう早く帰りたいんだよ。
そんな俺の思いが通じたのか、カタリヌは少し腑に落ちなさそうな様子であったが、
「貴様がそれでいいと言うなら私も黙っておこう」
と言った。
別に言いたいなら言えばいいのに、と思ったが、見るからに固い考えを持つ奴だ。
マジで墓場まで持っていってくれるかもしれない。
「ただし、条件がある」
と、思ったんですがねぇ!
出たよ、条件! お前ら少しくらい、俺に優しくしてくれねぇかなぁ!
そんな俺の思いは今度は届かず、カタリヌは頬を少し赤く染めて言った。
「……私の、恋の応援をしてほしい」
………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………は?
「だから! 私の恋を応援してほしいのだ!」
「……断る」
メリットがない。
だから俺は、教えたいのなら教えればいいじゃん、って言ってるじゃん。
いや、言ってねぇけど、思ってるじゃん?
いわゆるあれだ。
察して?
「じ、実はだな。ジ、ジンのことを好きになってしまってだな――」
「いや、だからどうでもいいって」
断るってちゃんと言ったよね?
それは間違いなく聞こえてるよね?
「その手伝いをしてほしいのだ。やらないとは言わせんぞ!」
いや、条件の意味わかって言ってんのか?
それは条件じゃなくて、ただの脅迫だから。
いやさらに言えば、脅迫にもなってねぇけど。押しつけだけど。
毎度思うけど、お前って本当にランク『A』だよな?
ランク『A』ならさ。まずは冷静な頭を持とうぜ?
今のお前は誰が見ても冷静じゃないって気が付いてる?
「まずはこういうことしたらいいと思うのだが、どうだろうか?」
相変わらず誰も彼も俺の話を聞いてくれやしねぇ。
どうなってんの、この世界。
……あ~あ。
「主人公は楽でいいよなぁ……」
これにて第二章終了です。
2018/03/16 改稿




