モブと緑の少女
洞窟の奥にいたのは、まるでおとぎ話にでも出てきそうなほど可愛い少女だった。
歳は十歳ぐらいだろうか。
鮮やかな緑色の髪が腰くらいの高さまで伸びており、子どもらしい柔らかそうな顔に目が離せなくなる。
今にも泣きそうな顔をしているが、その表情がまた、少女の可憐さを強調していていい味を出している。
断言できる。もう少し大きくなったら、世の男どもを虜にしてしまえるだろう。
すると、俺はそこでその少女の耳。
顔の横に、独特に尖った耳があることに気付いた。
……ハーフエルフ? いや、これは……純血か。
俺に耳を見られたとすぐに気付いた少女は、慌てて耳を髪で隠すと、目をうるうるとして聞いてきた。
「――と、――になって――る?」
「へ?」
少女の小さな声と、そのあまりの可愛いらしさに、俺はその少女が何を言ったのかわからなかった。
少女はもう一度俺に尋ねる。
「わたしと、友達になってくれる?」
突然、何を言っているのでございましょう。
どういうこと? なぞかけか?
予想外の言葉に俺は首を傾げると、
「えっと……どういう意味?」
「ッ!」
と、質問を返すと、少女は目を丸くした。
何か信じられないものを見ているように。
……いや、驚きたいのはこっちなんだけど。
いきなり、よくわからない相手から「友達になってくれる?」なんて言われて、すぐさま状況を理解できる奴がいるか?
いないだろ。いないって言え。
またくだらないことを考えている俺を、少女は見上げてる。
何だか首が辛そうなので、腰を低くして目の高さを同じにする。
後ろのヘイゲル達も襲ってくる様子がないことから、大丈夫だろう……と、信じたい。
「わたしとお話ができるの?」
少女が俺に期待の眼差しを向けてそう言ってきた。
「まぁ、できるんじゃない? こうやって話してるわけだし」
え、もしかしてこの子。
本当は幽霊なんで、普通の人には見えませんよ的なこと?
待て!
それってつまり!
「俺は霊感があるのか!?」
「きゃっ!」
いや、それはないな。
ヘイゲルが見えていたんだ。アイツが霊感なんてあるはずない。
あってはいけない。
それ以上チート能力をつけんなよ。
それに、俺が普通の人じゃないってことは絶対ありえない。
これだけは断言できる。
断言したくないけどなっ!
まぁ、とりあえず、だ。
「……君はここで何をしているの?」
「ぅ、……ぁ」
「えっ!?」
「うぅぅぅぅ……」
泣い、ちゃ、った……!
うええぇぇ!?
え、待って。これは俺か!?
俺が泣かせたことになるのか!? なんで!?
なぜ、少女が泣いたかまったくわからず、キョロキョロと辺りを見渡すが、いるのは使えない操られた者達だけ。
主が泣いてるってのに、黙って傍観とか。
お前らに心はないのかよっ。
「す、すみません……」
「い、いや。べ、別にいいんだよぉ」
俺も泣きたいので、泣いていいですか?
大の大人が少女からもらい泣きするわけにもいかず、俺はひたすら少女が泣き終わるの待つ。
大体収まった頃に、できるだけ優しい声色で尋ねてみる。
「君の名前は?」
「ぐすっ……。……リン。アキュセリア、リン」
「リン、ね。それで、リンはここで何を?」
もっと優しい口調にはできねぇのかよ、と思うが、そうすると、今度は俺がむずがゆい。
口調を変えるって意外と難しいよな。
それよりも、やっと本題に入れる。
この少女がヘイゲル達を操っている可能性が高いのだ。
気絶させるのが最も手っ取り早いのは確かだが、少女に手をあげるとか。
俺の評価がまた下がっちまう。
これ以上、自分の株を下げる気はないんだ。
「私はここにいるだけで友達ができるって言われて」
ふむふむ。
「それは一体誰に?」
「ラルカさんに言われたの。わたし、ぐすっ、友達が、欲しかったから。でも、みんな、わたしの友達になってくれないの。わたしのこと、ぐすっ、気持ち悪いって……ぐすっ。わたし……わたし……」
……うん。
申し訳ないけど、まず泣くのをやめようぜ?
周りの奴らの目が虚ろなこともあって、すごく冷たい目で見られている気しかしないから。
「わたし、変な力があるの。友達がほしいって思っちゃうと、その人が変わっちゃうの」
なるほど。それでか。
つまり、この少女が友達になって欲しいと思った人は操られてしまうわけだ。
ふむふむ。わかっちまったぜ、その正体!
とはならないからな?
確かに、この子の魔法はおそらく【催眠】とかその系統だろう。
だが、ただの【催眠】ではない。
だってそうだろう?
この子が友達が欲しいと思うだけで魔法が発動するのなら、俺だってとっくにかかっているはずだ。
言いたくはないが、俺には大した力はない。
ほんの少しと言っていいかわからんが、戦闘力は高い方だ。
だが、防御面はやはりどこか心許ないのが俺だ。
ましてや、精神攻撃等の耐性は無に等しいレベル。
理性でどうにかなるならまだしも、そもそも攻撃された憶えが俺にはない。
となれば、違う条件があるはずだ。
それが何か突き止めなければ。
この少女のためにもならない。
「その人達は本当の友達じゃない。……けど。けどね。やっと会えた……! わたしの本当の友達!」
「それは違うな」
即答ですよ。
いや、だってそうでしょ。
きっとこの少女は俺を本当の友達だと思っているようだが、それはまったくもって違う。
そういうもんじゃないはずだ、友達ってのは。
初対面の人にいきなり「わたしとあなたはお友達」と言われて「うん、そうだね! 僕たちは友達だ!」なんて言う奴がいると思うか?
脳内お花畑過ぎる。
まぁ、一人思い当たったが、ジンもそこまでバカじゃないはずだ。……たぶんな。
……大丈夫だよな?
「……え?」
信じられない、とでも言いたそうな顔をするリン。
けど、俺としてはむしろその驚きに驚きたい。
「いいか、リン。友達ってのは――」
「あなたもわたしの友達じゃないの?」
「……うん。まぁ、そうなんだが。なぜかって言うとだな――」
それは俺達が
「どうして? 私のこと嫌いなの?」
「……いや、だからね? それは――」
「いい子になるから! ちゃんと言うこと聞くから!」
……いや、だから
「そうじゃなくて――」
「なんで!?」
うんうん。
「だからまずは――」
「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
「俺の話聞いてくれないかなぁ!?」
俺、一回も最後まで言ってないんだけど!?
まずさ!
リンだけじゃなくてさ!
みんな俺の話を最後まで聞こうぜ!?
冗談じゃなくて、本当にそれって一種のいじめだってことに気付こうぜ!?
心の底から叫んだ俺だが、そんなことを考えている暇ではなかった。
一度止まったはずの後ろのヘイゲル達が、しゃがんでいる俺に容赦なく攻撃を仕掛けてくる。
それを必死に躱しているうちに、少しずつリンとの距離が離れていく。
物理的にも、精神的にも。
どちらかというと、リンが俺から離れていくような。
「どうして……。どうして! どうしてみんなわたしの友達になってくれないの!?」
だったら、まず人の話を聞こうぜ!?
子どもだからって俺が遠慮すると思ってたら大間違いだ。
俺は子ども相手にも容赦なく言う男だ。
リンの叫びを聞きながら、ヘイゲルの剣を弾く。
魔法を使うと命に関わるので、魔法はできるだけ使わないようにしていたが、相手は遠慮なく使ってくる。
卑怯すぎる。
どうして俺が戦う相手は皆、ハンデをつけてんの?
正々堂々戦おうぜ、一回くらいさぁ。
そう愚痴を漏らすも、ヘイゲル達の攻撃は止まらない。
ヘイゲルや冒険者ギルドは多彩なコンビネーションを軸に攻撃してくる。
傭兵ギルドが行っていたことと大して変わらない。
指揮を執るのはヘイゲル。
そして、ヘイゲルの魔法は乱戦のときほど効果を発揮する。
俺の後ろを誰かがとると、ヘイゲルの魔法ですぐさま【リザードマン】や冒険者に入れ替えてくる。
ヘイゲルの魔法が超うざい。
しかも、あの野郎。
さっきまではただの人形みたいだったのに、戦いになった途端に、やけに生き生きした顔を見せてくる。
そこまで俺を殺してぇか、ああん?
「友達を、守るんだ……」
「あん?」
一人がそう呟いた途端、周りも突然ぶつぶつと呟き始めた。
「俺達が彼女を守るんだ」
「友達だから」
「もっと仲良くなりたい」
「友達を守らなきゃ」
「もっと友達になりたい」
「エリクハゴミダ」
……なるほど、そういうことか。
それと、ヘイゲル。
それはテメェの本心ってことでいいよな?
ずっと耐えてきたが、もうマジで許さねぇからな。
俺はリンの魔法が完全に解明したことで、俺が何をすればいいのかもわかった。
……ついでに、ヘイゲルの未来も決定したが。
本気で殺しに行ってやる。
よし。覚悟しとけよ。
俺はやると言ったことは大抵やれる男なんだ。
ということで、ヘイゲルもやると言ったからには殺る!
今一度、気合いを込めるように俺は言った。
「これがモブの仕事だ!」
2018/03/15 改稿




