その名は……誰?
「は? 何言ってんの?」
腕を掴まれた男は「離せ」と腕を軽く振るって手を除けようとするが、俺は腕を放さなかった。
「いや、なんなん。お前?」
貴族の男はうっとうしそうに顔をしかめるが、俺は握る手を強くする。
「いってぇな、さっきから」
男がシルヴィの手を放すと、こちらも手を離した。
「汚い手で触りやがって」
「汚れた心よりかはマシだと思うけど?」
「はぁ?」
男はまるでなにもわからない子どもに教えるように、見下した視線をこちらに向ける。
「なぁ、クソガキ。この世界には大人の世界ってのがあるんだ。その世界では金がものをいう。金で人を殺せるし、金で人を買うこともできるんだ。そして何より、金がある者に、金のねぇバカが逆らっちゃいけねぇ。俺は貴族だ。邪魔するなら、俺の力を持って潰すぞ?」
「そうか。ならそちらの世界とやらで戦ってみるといい。負ける気はないが」
「威勢のいいガキだ。俺の嫌いな部類だ」
「同感だ。俺もアンタが嫌いだ」
シルヴィが助けを求めるように周囲を見渡すが、誰も動かない。
まさか皆この貴族の言う金の力にビビって動けないのか?
そう一瞬思ったが、どうやらそういうわけではないようだ。
彼らは動けないのではなく動かない。俺を見ているのだ。俺の言動に注目しているのだ。
試している。俺を。
「俺はここに来たばかりの田舎者だが、冒険者についてはよく知っている」
「お前が冒険者ぁ? はっ。すぐに死ぬぞ、お前みてぇなやつ」
死なねぇよ。
「貴族の世界が金の力でも冒険者には関係ない。冒険者ってのは自由だ。貴族に何さられようが、やられたからにはやりかえす。それが冒険者ってやつだ」
「そうかよ。ならそう思って死ね」
男がそう言ったその瞬間、入り口から武装した3人が飛び出してきた。
その手には小さな刃が光っている。予想したとおりだ。
こんな貴族でもさすがになんの装備もなしに冒険者ギルドには来ない。ましてや貴族というからにはボディガードの何人かは着いているだろう。
しかし、大っぴらにボディガードを侍らせていると格好がつかない。であれば、市民に扮したボディガード。そしてその武器は大物ではなく、ナイフのような小さな武器。
「これが金の力だ。冒険者なんてそれこそ金の奴隷だろ? よかったな、同じ冒険者に殺されて」
「ふぅん。彼らも冒険者なのか?」
「これが世界の理だ」
「小さい理だね」
腰の剣に手を伸ばす。
相手は三人。
相手の身のこなし的に相当場数は踏んでいるだろう。……勝てるか?
そう思ったときだった。
「あ、足が滑った」
「ぶへっ!?」
突然、敵の一人の顔の横から足が飛んできた。
爆発のような音を立てて吹き飛ばされた敵の一人は、もう一人をさらに巻き込んで壁に叩きつけられる。
「……え?」
「いやぁ、スマンスマン! 足が滑ってしまったぁ!」
わざとらしい台詞とともに豪快な笑い声を上げる人物は、まるで熊のような男だった。
背中には身体の半分以上を占めるほど大きな大剣を背負っており、鎧越しからでもその発達した筋肉は顔を覗かせていた。
「なんだテメェは!?」
「うん? 俺はソルドってんだ。よろしくぅ!」
「よろしくじゃねぇよ。何やってんだテメェは!?」
怒りの表情を顕わにする貴族の男とは対照的に、ソルドは高らかに笑う。
「なに、助っ人だよ。助っ人。男と男の勝負に邪魔が入りそうだったもんで」
「なんだと!?」
「四対一なんて情けねぇからよ。二対二にしてやっただけだ。そう怒るなって」
「四だとぉ?」
「お前を入れて四だろ?」
「……は?」
貴族の男が初めて額に汗を浮かべた。
「そんな焦るなよ。お前の相手はさっき冒険者登録したばかりの新人だからよ?」
ソルドはそう言うと、俺へ笑みを浮かべた。
そっちはアンタがなんとかするってことか。なるほど。
「やろうか」
「な、なんだと!?」
「さっきあのソルドさんっていう人が言ってたとおり。決闘だよ」
「なぁ……!?」
まさか自分が戦うことはないだろうと思っていたみたいだが、そんなわけがない。
どのみち、あの三人を倒した後にやるつもりだったのだから。
「……はっ。ははっ」
「……?」
貴族の男が急に笑い出す。
頭でもおかしくなったか、と思ったのもすぐ。
「冒険者って言っても所詮は新人。強いわけがねぇか」
貴族の男は腰に掛けてあったやけに高そうな剣を抜いて俺に向ける。
「要は、勝てばいいだけの話だ。勝てばシルヴィが俺のものになるんだ。そうだろ!?」
「え? えっと……あの」
突然話を振られたシルヴィは困ったように目を逸らす。
「安心してください。シルヴィさん。負ける気がしないので」
「は、はい」
貴族の男の後ろでシルヴィがハラハラと僕達の決闘を見る。
それはまるでまだ状況が掴めていないような様子で。だが、ようやく状況に追いついた頃、ハッとした表情で。
「あ、あの――っ!」
ドォンと後ろで爆発音が鳴ると同時に動いた。。
貴族の男が大ぶりで剣を振り下ろす。素人丸出しの剣。これで負ける方がむしろ難しい。
冷静に男の剣を避けると、剣を抜かず、拳で顔を撃ち抜く。
こんな奴に武器なんて必要がない。そう思っての結果だ。
殴り飛ばされた貴族の男は「ぐへぇっ」と鶏の鳴くような声でカウンターに背中からぶつかった。
たった一発で白目を剥いて、口から泡を吹き出している。
「ははっ! ワンパンとは、やるなぁお前!」
先ほどの爆発音はソルドが引き起こしたものだろう。三人目が先の二人と同じ場所に吹き飛ばされ、しかもギルドに壁が空き、建物の外まで投げ出されていた。
この筋肉はやはりハッタリなんかではない。
「いやぁ、スッキリしたな!」
ソルドは楽しそうに肩に手を置くと、二カッと気持ちよさそうな笑みを見せる。
「改めて俺はソルドってんだ。よろしくな」
「よ、よろしくお願いします」
「お前見込みあるぜ! 冒険者のな!」
「ど、どうも」
ダァハッハッハ! と、豪快な笑い声をあげたソルドは、そのままカウンターでダウンしている貴族の男を片手で持ち上げた。
「コイツは俺が回収して貴族様の家に届けてやるから安心しな!」
「だ、大丈夫ですか?」
「大丈夫大丈夫。俺、実はとあるお偉いさんと顔なじみなもんで」
呆然としていると、受付から声が飛んできた。
「……あ、ありがとうございます!」
見ると、シルヴィが顔を真っ赤にしていた。
「いえ。大したことでは。それに、ソルドさん? がいろいろやってくれるみたいですし」
「あ。あの……いえ! さ、最初に動いてくれたのはジン様ですから!! ありがとうございます!」
「「「……あぁ?」」」
なぜだろう? なぜか周囲から殺意のようなものを感じる。
先ほどまでは俺を試すかのような目が突然、俺を危険視するかのような目に変わったような気がする。
よくわからないが、この場にいては危険な気がする。
「あ、あー! 俺ちょっと今日の宿泊場所決めないといけないんだった。お、俺はこの辺で。し、失礼しまーす」
冒険者生活一日目。波乱の幕開けっぽい。
「――おい。人が寝ている最中によくわからん奴らがぶっ飛んできたと思ったら、今度は俺もろともギルドの外に投げ出されてなんだこれは? 人の睡眠を邪魔しといて謝罪一つもなしか? しかも、この誰だかわかんねぇ奴ら、俺が捨てるの? マジで? いやまぁ、捨てるけどさぁ。おかしくね、これ?」
クソッタレな冒険者生活の日常の幕間。
やっと、本来の主人公登場
次からはモブ視点です。
2023/09/16 改稿