モブは逃げる
プロローグの答えです
ま~た、アイツか。
ここのところ、騒ぎの中心には必ずジンがいやがる。
ここまでいくと、いない方が事件率はかなり低くなるのではないか、と疑っちゃうレベルだ。
……で、一体何があったの? また、誰か攫われた?
そう思ったが、ジンの隣にはちゃんとミーシャがいる。
「――何か知りませんか!?」
ジンは険しい表情でギルド内を走り回っている。
埃が舞うのでぜひともやめてもらいたい。
ギルドを誰がいつも掃除しているか知ってるか?
……俺も知らん。そういえば、誰だ?
「お願いです! 何か知りませんか!? 何でもいいですから!」
焦った様子で冒険者達に頭を下げていくジンを、俺は冷たい目で見る。
いくら頭を下げたところで、何も知らない冒険者達はどんな反応をすればいいのだろう。
そんなジンを、後からミーシャはジッと見ている。
前から思っていたが、あの少女はときどき何を考えているか全く読めないときがある。
あの目はジンを諫めるものなのか。
それとも同調している目なのか。はたまた、何も考えずに見ているのか。
立っているのも疲れるので、俺はとりあえず座ることにした。
「早くしないと! じゃないとジャックさんが!」
ジンがようやく名前を発した。
俺としては、ジャックという名前の人物が誰かは知らないので、やはりどうしようもないが。
だが、ジンもどうせ、自分の目の前で人がいなくなったとか、そんなことで騒いでいるだろう。
「落ち着きたまえ」
そう言ったのは、ここにいるはずのない【紫鮫】だった。
なぜ、城下ギルドの冒険者が門前ギルドにいるのか。
不思議に思うが周りの冒険者達は何とも言わない。
……なんで? おかしくない?
その【紫鮫】の隣にはソルドが気まずそうに立っている。
あの野郎。ついに腰巾着となったのだろうか……。
プライドなさ過ぎだろ、と心の中だけで言っておく。
「カタリヌさん!」
ジンが【紫鮫】の方を向いて、名前らしき単語を口にした。
まさか【紫鮫】の名だろうか。
だとすれば、何も語らなそうな名前だ。
それにしても。
「カタリヌ……ねぇ」
とある事情で城下ギルドのランク『A』を何人か知っているが、聞き覚えのない名だ。
やはり、最近ランク『A』になったのだと確信する。
「あ、あの――!」
カタリヌの下にジンは走って行くと、険しい顔を崩さずにカタリヌに同じことを尋ねようとしたが、その前にカタリヌがそれを片手で制した。
「安心しろ、ジン。今回の事件の全容はもう掴んだ」
ほう。全容。
……え。ぜ、全容?
今コイツ全容って言った? 全容って言った?
待って待って。
……全容?
「嘘だろ……」
俺ですら全部は掴めてないのに。
ま、まさかと思うけど、転移された場所すらも突き止めた。とかじゃないよね?
ありえないよね? そんなこと。
お願い! 知らんと言え!
じゃないと俺の苦労が――
だが、そんな俺の思いとは裏腹に【紫鮫】――カタリヌは堂々とした様子で言った。
「今回の事件は【転移】の能力を使える人間の犯行だ」
だ、大丈夫だ。
そ、それくらい俺もわかっていたことだし。
その転移によって、被害者達をどこかの場所に飛ばしたことくらいわかってるし。
問題は、その場所を判明したかどうか。
お願いだからしてないでください!
「転移先は王都の南の門から出て、少し行ったところにある洞窟だ」
イエーイ! はい、俺の負け!
終わり終わり!
俺の苦労は一体なんだったの?
あのね?
いくら聞き耳を立てるだけだからと言ってもね、結構大変なんだよ?
町の噂を意識的に聞くのってさ。
「なら、早く行かないと!」
そう言って、ジンは慌ててその場所に向かおうとするが――
「まだ行くべきではないな」
と、カタリヌはそう言ってジンの行く道を塞ぐ。
……ついでにソルドも。
お前、今超かっこ悪いよ……。
マジで側近みたいになってんじゃねぇか。
ジンはそれに対して驚いた様子を一瞬見せるが、すぐに目つきを変えて、
「行くなってどういうことですか!? ここで大人しく待ってろってことですか!?」
「別に行くか行かないかはジン、お前次第だ。だが、お前一人が向かったところで、待っているのは死だけだ」
カタリヌの言うことはぐうの音も出ないほど正論だ。
一人で向かって何になるというのだろう。
ジンは甘すぎる。
ミーシャの時もそうだったが、事件を軽く見過ぎているところがある。
「お前一人が行ったところで、お前が死ぬだけなんだよ。俺としてもそれは困る。お前はせっかくこのギルドの光になるかもしれないってのに」
いやいや。
腰巾着となってしまったお前の意見はマジでどうでもいい。
今話しているのはお前じゃないから。
この二人だけだから。お前はすっこんでろ。
ジンもそう思ったのではないだろうか、ソルドの意見を完璧なまでに無視して、カタリヌの横を通り過ぎる。
だが、行かせない、とカタリヌがその肩を掴む。
「待て。行くなと行っただろう」
「放してください」
そう言ってカタリヌの手を引きはがそうとするが、ランク『A』の手を舐めてもらっては困る。
そこらの何も知らないガキがはがせるものではない。
「お前は死ぬ気か?」
「死ぬ気はありませんよ」
「私にはそうは見えないが」
「なら! 仲間を見捨てろって言うんですか!?」
「そうじゃない!」
カタリヌが叫んだとき、思わず俺もジンを殴りたい衝動に駆られた。
少し調子に乗りすぎではないか、と言いたくなるほどに。
よく見ると、カタリヌのぶら下がった手も固く握りしめられている。
殴りたい衝動を必死に堪えているのだろう。
だが、殴らない。
それがランク『A』が持つ理性だ。
ランク『A』は感情を重視しつつも、感情だけに頼らない理性がなければいけない。
「少し待てと言っているだろう」
その代わりに、と。
もう一度同じ言葉を発するカタリヌ。
それはジンに言ったものなのか、はたまた、俺や自分に言ったものだったのか。
「待てませんよ」
それでもジンはその言葉の意味にまったく気付いていない。
完全に冷静なようで頭に血が上っている。
死にやすい冒険者の一般的な例だ。
いっそわかりやすかったら、皆で説得を試みることができるのだが。
現に、他の冒険者達はジンを冷静だと思っているような顔をしている。
全っ然、わかってねぇ……。
「逆に聞きますが、なぜすぐ助けに行かないのですか」
「お前は少し頭を冷やせ」
「そんなのとっくに」
「冷やせ、と言っているんだ」
そうなれば仕方ない。
自分で冷静だと思っている奴には、実力行使しかない。
カタリヌが殺気をギルド全体に放つ。
たったそれだけで、ギルドの温度が三度ほど下がったような気さえする。
これが本物の殺気?
違う。これは偽物の殺気だ。
だから、冒険者達が緊張に包まれる中、俺だけが平常心でいられた。
殺気なんてものを本当の意味でまったく知らない彼らには十分すぎる効果だった。
殺気か……。たった一人を止めるのにここまでやるのかよ……。
「さっきもソルドが言っていただろう? 一人は危険だと」
お前は【アーマーソルジャー】戦で一体何を学んだのか問いただしたい。
一人で戦うことが立派か?
一人でも助けに行くことが正しいことなのか?
一人で何でも解決出来る者は勇者か、はたまた、英雄か?
そうじゃねぇだろ。
「今お前一人が行ったところで何になる? 相手は少なくとも二人いるはずだ。でなければ、捕らえられた仲間を誰が見る?」
冒険者達を捕まえるほどの相手だ。
一人のはずがない。
アデラントのときの方がありえないのだ。
あれほどの規模のことをたった一人で行っている方がおかしい。
確実性を取り入れるなら、首謀者と協力者の最低二人はいた方がいいはずだ。
だとすれば、ジンの行いは正しいか?
一人と戦っている間に、もう一人が人質を取ればどうするつもりだ。
これ以上事態を悪化させる可能性をなぜ考えない。
今回に関しては、というよりか、ジンはもとから暴走する性格だ。
こういうときに、落ち着かせることができるのは、同じような経験をして、なおかつ、それに失敗した者だけだ。
かく言う俺も、規模は違うが似たような経験をしたことがある。
……まぁ? 俺の場合は失敗してないけどねっ!
だって俺、ギルド最強の優秀な冒険者だからなぁ!
はっはっは!
「……っ」
一人テンションが高い俺に反して、ジンはカタリヌの言葉と殺気にようやく大人しくなった。
やっとわかってくれたか。ぺっ!
「だから、いっぺんに両方同時にこなそうと言っているんだ」
そう言われて、ジンは驚いたようにカタリヌの方を見たが、むしろそれが当然だろうが。
逆になぜ、それは誰も思いつかない、的な顔をしているんだ、お前ら。
カタリヌは人差し指と中指の二本を立てると、
「班を二つに分ける。首謀者の捕縛班と仲間の救出班の二つに、だ」
まぁ、当然そうなるわな。
「けど、それでは人手が足りなくないですか?」
ソルドさんよ~。だからお前はお呼びじゃねぇんだって。
黙ってその無駄にでけぇ剣の素振りでもしてろよ。
人手が足りないどころじゃねぇだろ? ここの冒険者達のレベルも全然足りてねぇだろ?
いい加減、自分達が弱いことに気付こうぜ?
「冒険者だけではな。だが、私達には雇える仲間がいるだろう?」
「え、まさか?」
……おっと。まさか、ここでか?
と、驚いたふりをしただけで、実際はそうなることくらいだいぶ前から予想していた。
人手とレベルをまかなうために俺が作らせたギルドだ。
忘れているはずがない。
冒険者達が複雑な表情で向かいの建物を見る。
ヘイゲル達の傭兵ギルド。
世界初の魔物の傭兵ギルド。
ようやくお前らの出番だな、ヘイゲル。
「彼らだって、ここで問題を起こせばどうなるかわかっているはずだ」
冒険者達の心配や不安を払拭するようにカタリヌが語る。
冒険者ギルドの前にわざわざギルドを作らせたのも俺だぜ?
と、言いたいところだが、実際にやってくれたのはシルヴィだ。
今はもう夜なのでいないが、ちゃんとそのことも礼を言っておこう。
「君たちも無理はしなくていい。先日の件で、まだ傷も癒えていない者も無理しなくていい」
……あ、マジで?
つまり面倒くさかったら行かなくてもいいってことだよな?
何人かは勢いよく立ち上がって戦おうとする意志を表明していたが、別に俺は戦う義理なんてない。
前のときは、自分の尻ぬぐいをするってだけの話だったわけだし。
ついでに言うと、もうカタリヌというランク『A』が一人いるのだ。
もう一人もいらないだろ。
それ以上に、俺の苦労をあの【紫鮫】にも味わわせてやりたい。
むしろ、それ以外ない。
……最低だって? 今さらだろ。
「残ってくれた者には感謝する。それじゃ、作戦について説明するが――」
背中からカタリヌの作戦の説明が聞こえてくるが、俺は一切振り向かず、堂々とした様子でギルドを出ていった。
帰ってくると、俺は早速家で二度寝を決行していた。
……まぁ、二度寝という時間ではもうないが。
誰が面倒くさいことをしなければいけないんだ。
昨日はドラゴンとも戦って疲れ切っているわけだしな。
ギルドで一度の睡眠もあれでは気休め程度にしかならない。
さぁ、明日からまた頑張るか!
こんな感じで気合いを入れて寝ているところにだ。
「ナゼ貴様ダケ休ンデルンダッ!」
という、叫びと共に腹の中心に衝撃が走った。
「グハァッ!」
目の玉が飛び出すのではないかと思うほど大きく目を見開くと、そこには怒りのヘイゲルの顔が。
だが、こちらだってせっかくの睡眠を妨害されて怒らないわけがない。
「殺す気か!」
「貴様、俺ガ今カラ働クッテノニ、ナゼ貴様ガ休ンデイル!」
うるせぇ、知るか!
俺が情報収集しているときはお前だって休んでただろうが!
「……俺達ハ捕マッタ奴ラノ救出ニ行クコトニナッタ」
「あぁ、そう。頑張れ」
そんな報告のために起こすな。帰れ。
布団をかけ直そうとするが、ヘイゲルはそれを奪い取る。
「ダカラ、貴様モ行クンダヨ!」
「なんでだよ!? お前達の依頼だろうが! 俺関係ねぇだろ! どんだけ俺が好きなんだよ!」
気持ち悪いわ!
「俺ガ働イテイルノニ、オ前ガ休ンデイルノハ腹ガ立ツ」
「テメェ最低だな!」
夜で近所迷惑になるにもかかわらず、ヘイゲルとひとしきり喧嘩したあと、ヘイゲルはピラリと写真を俺に見せてきた。
「テメッ。処分しろって言ったよな!?」
「処分スルカドウカハ俺次第ダ」
「この野郎……!」
はぁ。わかったよ。わかりましたよ。
行けばいいんだろ?
「最初カラソウスレバイイノダ」
「ただし、条件がある」
この件が解決した後は、俺の目の前でそれを処分しろ。
守らなかったらお前らのギルドを潰す。
俺とお前らの力の差はあの最初の戦いでわかっているはずだ。
そう言うと、
「ワカッタ」
「言っとくけど、全部だからな!? 一枚だけとかすんなよ!?」
「俺モソコマデ魔物ジャナイ!」
……いや、魔物だろ。
よくわからないが、そういうことで俺も夜の洞窟に駆り出される羽目となった。
……というか、俺は冒険者だから首謀者捕獲班じゃねぇの?
私もヘイゲルみたいな友人がほしい……!
(友人がいないわけでじゃありませんよ?)
2018/03/15 改稿




