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モブヒーロー ~モブで視る英雄譚~  作者: 甲田ソーダ
第二章 ~モブと愉快なお友達~
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モブの交渉

 時々出てくる魔物を倒し、襲撃があったところに着くと、俺は異様な雰囲気を感じ取った。



 ……見られてんな。



 一人二人なんて数じゃない。もっと多い。



「二人ともちょっと待ってくれ。俺から離れるな」



 二人は俺の不穏な空気を察したのか、二人は俺の後ろに回った。



 殺気、というよりは獲物を見つけたような視線。



 もしかしなくても当たりのようだ。



 静かな時間が続く。



 どちらから先に動くか。互いに機を窺っているところだ。



 だが、俺から先に動くことはできない。



 俺が二人から離れたら、もしものときに対処できなくなる。



 だから、せいぜい俺ができることと言えば、相手の熱を敏感に察知し、敵の数を把握すること。



 十……二十……三十? いや、三十五くらいか?



 多いな。



 後は敵のレベルだが、さすがにランク『A』とはいかなくても、ランク『B』が十人いるとすればなかなか厄介だ。



 やっぱり連れてくるんじゃなかった。



 二人を守りながら敵を倒せるかと言われると、正直自信がない。



 さて、どうしたもんか。



 そうしているうちに、後方から火の玉が飛んできた。



「……っ!」



 シルヴィの息を飲む音が聞こえた。



 まぁ、そりゃそうするわな。



 強者を相手にするときは、まず弱者を狙うのが定石と言われている。



 理由は簡単。



「ふっ!」



 仲間を守るために攻撃ではなく、守りにずっと転じなければいけないからだ。



 素早くシルヴィの後ろに回り込むと火の玉を斬る。



 しかし、それで相手が攻撃の手を休めるわけがない。



 四方八方から火の玉や水の玉が次々と飛んでくる。



 俺はあるときは魔法を斬り、あるときは火の玉をぶつけ相殺していた。



「「……すごい」」



 後ろの二人が同時に感嘆の声をあげるが、俺としてはそれどころではない。



 敵方の策略どおりこちらは防戦一方で一度も攻撃を仕掛けれてない。



 それだけではない。



 ……こいつらの参謀、なかなかの手練れだ。



 魔法を打ち込んでくるタイミングが絶妙だ。



 俺を倒すために撃つのではなく、ギリギリ守れるタイミングで打ち込んでくる。



 おかげで一発一発撃ち落とさなければならず、かつ、一瞬の油断で二人に魔法が当たってしまう。



 ただの魔法の弾だが、俺の集中力を少しずつすり減らしていく。



「けど、あまり俺を舐めるなよ」



 俺の集中力かお前らの魔力か。



 一騎打ちといこうか。



「うおぉぉぉぉぉぉ!!」



 移動の速度を上げる。



 それに伴い魔法が放たれるタイミングも早くなる。



『――!』



 そうしていると、相手はなかなか当たらないことに苛立ちを感じ始めたようだ。



 魔法ではなく接近戦に持ち込んできた。



 疲れている今なら勝てるとでも思っているのだろうか。



「だとすれば甘ぇよ!」



 岩陰から飛び出してきたのは深くフードをかぶった人型だった。



 その数はおよそ三十とちょっと。俺の予想どおりの人数だ。



 が、その全員が剣や斧などの武器を携帯している。



 しかも、やけに手に馴染んだような持ち方。



 戦略や魔法だけでなく武器の知識まであるとは、さすがに驚きを隠せない。



 魔法と武器の両立なんて、ランク『B』でもなかなかいないはずだ。



「な、なにあいつら!?」

「二人はそこの岩場に隠れろ!」

「は、はい!」



 ランク『B』が十人なんて数じゃなかった。



 まさか、全員ランク『B』の実力を持っていたとは。



 咄嗟に二人を岩陰に隠れさせたが、狙われたら終わりだ。



 勝ち目がない。



「なるようになれってか!」



 二人が狙われる前に全員倒す以外の道はない。



「クソッ!」



 敵の横払いに対して、俺は後ろへ飛び、着地と同時に膝を曲げて相手の懐へと潜る。



 剣を振り上げ、インパクトの瞬間に剣に魔力を込め、熱を発生させる。



 オレンジ色に剣が光る。



 もらった……!



 完全に入ったと思った。



 たった一人倒しただけでも、人質くらいにはなるだろう。



 そう思って魔力を弱めにしていたのだが、



 ガギィン!



「はぁ!?」



 明らかにバランスを崩していたはずの相手が、いつの間にか俺の攻撃を剣で防いでいた。



 あのタイミングで腕を戻すことなんて不可能だ。



「魔法か!?」



 どんな魔法を使ったのかはわからないが、何らかの方法で俺の攻撃を防いだのは事実。



 殺さないようにと熱を低めに設定したのが仇となって、剣で防がれてしまったのは俺の落ち度だ。



「チィッ!」



 すると、真正面の敵と入れ替わるようにその後ろから敵が飛び出し、さらに左右からも同時に飛び出してきた。



 ランク『A』はいかなる場面でも冷静さを失わない。



 俺は、自分の足の裏ではなく、相手の足下を爆発させ、飛び出してきた三人の速度を速める。



 その代わり、俺を飛び越すような形となってしまい、ちょうど俺の真上で衝突する。



 死にはしないが、気絶くらいはしてくれるはず。



 なのに。



「うおっ!?」



 衝突したはずの彼らだが、まるで何事もなかったかのように落下して武器を振るってきた。



 一体何が起こっていやがる!?



 時間操作かとも思ったが、それにしては、つじつまが合わないことがある。



 どちらかというと。



 そう。



 人が入れ替わったようなそんな気がしてならない。



 ……いや、そうじゃない。



 入れ替わったような、ではなく、本当に入れ替わっている可能性がある!



 あの中の誰かがそんな魔法の持ち主だとすれば……。



 そこまで考えたところで、フードをかぶった彼らの内の一人が叫んだ。



「オ前ラ! 止マレ! オ前ラガ勝テル相手ジャナイ!」

『……ッ!』



 少し変わった話し方をする奴だ、と思った。



 すると、彼らに指示をしたリーダーと思われる奴は、俺と向き合った。




「フン。ナカナカヤルナ」

「……そちらこそ」



 ランク『B』の実力でここまで俺を焦らせた敵はそういない。



 素直に感心している。



「キサマ、何者ダ?」

「冒険者だ。お前達をなんとかしてくれ、という依頼が来てな」

「……ソウカ」

「おいおい、俺だけ教えるのも不平等ってもんだろ。お前達のことも教えてくれねぇか?」



 そう言ってやると、相手は一瞬のためらいの後、ゆっくりとフードを取った。



「……へぇ。噂には聞いていたが初めて見たぜ」



 その正体は魔物だった。



【リザードマン】と呼ばれる体に鱗をまとった魔物だ。



 リーダーの男がフードを取ったことで、仲間達も次々とフードを取っていく。



 正体はどれも【リザードマン】であることは間違いない。



「イレギュラーか」



 魔物の中で稀に、人の言葉を理解し、話すことができる魔物がいるという話を聞いたことがある。



 どうしてそういう魔物が存在するのか。



 どうやってそういう魔物が生まれてくるのか。



 その理由は未だに解明されていないが、事実としてそういう存在がいるのは間違いない。



 現に、今俺の目の前に立っている。



「他の【リザードマン】達は?」



 その質問にリーダーの【リザードマン】は何も言わなかった。



 この【リザードマン】の他に何匹か話せたり、俺の言葉を理解できる者がいるのだろう。



 けど、またあっちは俺のことを信頼できる相手とは思っていない。



 別に、無理に白状させる気は俺には元々ないのだから気にしない。



「で、話があるんだろ?」



 戦闘を途中でやめたからには俺と何か話したいことがあると考えられる。



「ココハ見逃シテクレナイカ?」



 こりゃまた、直球だ。



「素直に頷けねぇなぁ。そんなことしたら、お前らはまた商人を襲うだろ?」

「当然ダ。デナケレバ俺達ハ生キイラレナイ」



 まぁ、そうだろうな。



 この数の魔物を養うには相当な食料が必要なわけだし。



 当然魔物の彼らは人の町に入ることもできないわけで、商人の食料を奪い取る以外に方法はない。



 その事情はわかっているのだが、そういうわけにもいかない。



 だって、俺のクエスト料が入ってこないじゃん。



 商人は別にどうでもいいけど、俺に金が入ってこなくなるのは困る。



 ……クズと呼びたければ、何とでも言え。



「俺はお前らを見逃すことはできねぇよ」

「交渉決裂カ……」



 そう言うと、その【リザードマン】は右手をあげた。



 仲間達に戦闘再開の合図を送るのだろう。



「まぁ、ちょっと待てって」

「?」



 その【リザードマン】は眼を細くした。



 まだ何かあるのか、と。



「このまま見逃す訳にはいかないとは言ったが、このままお前らを見放す気も俺にはねぇよ」



 さすがに俺にだって人の心くらいあるさ。



 一瞬でも疑ってしまった奴にこそ、クズの称号を俺から授けてやろう。



 ざまぁ。



「ドウイウ意味ダ?」

「別に。困っている相手を倒そうなんてクズ野郎がすることだろ?」

「何ガ言イタイ?」



 だからそんなに警戒しないでくれ。



 これはお前達に取っては都合の良すぎる話なんだ。



 別に俺はジンアイツみたいになりたいとは思ってはいないが、都合のいい話を出したくないわけでもない。



「内容次第デハ殺スゾ」

「まぁまぁ。落ち着いて聞いてくれよ」



 幸いシルヴィもいることだし、ギルドに話を通すのはそこまで難しくなさそうだ。



「傭兵になるっていうのはどうよ?」



 何も言い返してこない。



 これは話を続けろという意味でいいんだよな。



「お前達が傭兵となれば、金が入りそれで飯を買える」

「チョット待テ、俺達ハ町ノ中ニ入ルコトガデキナイゾ」

「なぜ入れない?」

「俺達ハ魔物ダゾ?」



 そんなの見ればわかる。



 けど、それがどうした。



「物理的に入れないわけでもないだろ?」

「俺達ガ入ッタラ皆ニ怖ガラテ討伐サレルカモシレナイ」



 そう、そこで俺とシルヴィの出番というわけだ。



「ただ傭兵ギルドを作るのなら不可能だが、傭兵ギルドを冒険者ギルドの前に作るとすれば話は変わるだろ?」



 要するに見張り役がきちんとついていればいいだけの話だ。



 さらには国のお偉いさん方が多く済む城近くのギルドではなく、俺達門前ギルドの前だ。



 何かあったとしても被害は最小限に抑えられる。



 まぁ、そんな心配は俺はしていないが。



 こうして交渉できている時点で、彼らが反逆を起こすことはないだろう。



「俺達だって最近は人手不足に困っているんだよ。俺達のギルドのことを知らないと思うがひどいもんだぞ? 俺以外の奴らの弱さは半端じゃねぇ」



 下手すれば、というか、確実にこの【リザードマン】達の方が強い。



 ジンとミーシャについては知らないが、あれもまだ発展途上といったところだろ。



 やはりこいつらの方が俺は信用できる。



 つまり何が言いたかったのかというとだな。



 ギルドの目の前に傭兵ギルドを作ろうというシンプルかつ大胆なことをしようぜと言いたいわけだ。



 しかも、ただの傭兵ギルドではないぞ。



 世界初の魔物による傭兵ギルドだ。



 実際問題【アーマーマン】戦は人手不足であり、戦力不足でもあったわけだし。



 それも含めて考えれば、この【リザードマン】達を手元に置いておくことはお互いに悪いことではないはずだ。



 つまりウィンウィンの関係。



 我ながら頭がいいぜ。今日の俺は冴えてるぜ!



「どうよ? この話、悪くないと思うのだが?」



 最終確認をしてみたものの、もうこれは落ちたようなものだ。



 俺の交渉術を侮るなかれ。



 リーダーの【リザードマン】はしばらく考えていたが、ようやく決心したようで、力強く頷いた。



「ヨカロウ。ソノ話ニ乗ッテヤル」



 契約完了、とばかりに俺と【リザードマン】が握手を交わすと、それを見ていた【リザードマン】達も祝福の声をあげる。



 ……嬉しいのはわかるけど、ちょっとそれやめてくれない?



 いかにも俺達が結婚するみたいな雰囲気やめてくれない?



 雄の魔物とか。



 吐き気がするわ。



「そういや自己紹介がまだだったな。俺はエリク。シノイ=エリクだ」

「俺ハ『ヘイゲル』ダ」



 ヘイゲル。



 何気なく交わした握手だが、これがきっかけに、のちの最大の傭兵ギルドが誕生することを俺はまだ知らなかった。


















「私たちはいつまでここにいればいいのかしら?」

「さ、さぁ……」



 ――何か忘れているような気がするが、まぁいいだろう。




2018/03/09 改稿

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