喧嘩に巻き込まれるモブ
今回は短くなっちゃいました。
エリクがいつもどおり朝早くにギルドに顔を出すと、受付越しに二人の女性が言い争っている光景が目に飛び込んできた。
はぁ……。またか。
「どうしてあなたは毎日ここに来るんですか!」
そう言ったのは受付の奥側にいる女性だ。
名札には丁寧な文字で『シルヴィ』という名前が書かれている。
「別に私がどこにいようとあなたには関係ないでしょ」
シルヴィにそう言い返したのは、赤髪の女性だ。
アイシア。
つい先日までは【エレスタ】という村で教会に住んでいたのだが、今はわけあって、この近くの孤児院の先生をしている。
孤児院の先生にしては言葉が乱暴な気がしなくもないが、それについてはあまりツッコまないで欲しい。
それにしても。
毎朝毎朝、疲れないのか? あの二人は。
最近の朝はずっとこんな調子から始まるのだ。
シルヴィはもとから俺より早い時間にここで働いているのだが、アイシアはわざわざ早くにここに来る。
来て何をするのかというと、このように、朝っぱらからシルヴィと喧嘩をしている、というわけだ。
何をしたいのかは俺が一番聞きたい。
きっとアイシアはジンがいつ来るかわからず、朝から待ち伏せしたいのだろうが、ジンがこの時間に来ることはめったにない。
いくら多く時間を共にしたいからといって、毎朝ここに来るのは大変ではなかろうか。
それに、来ない日が多いのにかかわらず、シルヴィと喧嘩をしていてはストレスだけが溜まるものではなかろうか。
「はぁ……」
心の中だけで収めておくつもりだったため息が外にも出る。
ストレスと言えば、俺の方がストレスかもしれない。
ギルドには緊急クエストも頼まれるわけだし、俺が投げ出すわけにはいかない。
あの二人の喧嘩の中に、俺は自ら飛び込んでいくという、あまりに不合理なことをしなければならない。
俺だってこんなことしたくねぇよ。
でも仕方ないじゃん。
俺以外にランク『A』がいねぇんだもん。
マジどうなってんの、このギルド。おかしくない?
「き、今日も相変わらずだね……二人とも……」
「「あっ! エリク(さん)!」
俺が声をかけると一斉に振り向く。
そこだけは息ぴったりなのにな……。
「き、今日は何かある、シルヴィ?」
今日はどんなとばっちりを受けるのだろう、と内心びくびくしながらシルヴィに話しかけた。
すると、シルヴィはやけに勝ち誇った笑みをアイシアに向けながら、手元の依頼書に目を落とした。
「今日はですね……。一件だけクエストが入っていますよ」
「へぇ……。何の?」
俺ではなく、なぜかアイシアがそう聞いた。
すると、シルヴィは少しムッとした表情で、
「あなたは関係ないでしょう?」
と言った。
しかし、アイシアが今度は勝ち誇った笑みを浮かべた。
「私は今日休みなのよ。だから、エリクの依頼について行こうって思ってるの」
「へっ?」
「なっ!?」
アイシアが俺のクエストに? 何で?
何かメリットがあるのか、と考えてみたところ、一つだけ思い当たった。
なるほど。いつかジンと一緒に行くときの練習台か。
また俺が踏み台になるやつだ。いつもこうだ。
「ふ、ふざけないでください! ダメに決まってるでしょう! 危険です!」
「そうだぞ。外は危険だらけだ」
いつもいつも練習台にされてたまるか、そういう思いでシルヴィに同調してみるも、
「え~? 私、ここのギルドの人じゃないもの。あなたの言うことに従うつもりはないんだけど」
「……………………」
……あれ? 今、俺の発言なかったことにされなかった? 無視されなかった?
え……あの。もしも~し?
……うん、聞こえてないね! 屍のような扱いをされているぜ、俺!
「そ、それなら私も行きます!」
「何言ってんの。あなたは仕事でしょ?」
シルヴィが息の詰まったような音を出すが、首を横に振って、
「き、今日は早いんです!」
と、明らかに嘘の発言をする。
「バレバレな嘘ね」
「う、嘘じゃありません!」
この二人がまた言い争い始めたが、結局何のクエストなの?
「あ、あの~?」
「「何(ですか)!!」」
……ねぇ、これ俺の依頼だよね。なんで俺が怒られてんの? おかしくない?
泣きそうになっている目を必死に堪えながら、それでも勇気を振り絞って尋ねる。
「ク、クエストの内容を教えてもらいたいな、なんて。」
最後の方につれて声が小さくなっていったのは勘弁してもらいたい。
いやね。本当に怖いのよ、この二人。
「あっ! す、すみません! エリクさん!」
俺を怯えさせてしまったことにシルヴィとアイシアが焦り始めた。
そうなると、今度はこっちが悪いと感じてしまう。
逃げ場なんて最初からなかったんだよ。
「なんか……うん。ごめんなさい」
気付けば謝ってる俺。
ますます二人が焦った様子になる。
「ち、違うんです! これは、その……!」
「と、とにかく! 内容を聞かせて、シルヴィ!」
「そ、そうですね! ちょっと待ってください!」
「早くしなさいよ!」
「待ってくださいって言ってるでしょう!」
どうやら二人に気を遣わせちゃったみたいだ。
けど、気を遣ってても喧嘩はやめないところは尊敬します。
いや、マジで。
シルヴィは依頼書をざっと読むと、一度咳払いをしてから説明してくれた。
「今回のクエストは【マラッカ草原】での依頼ですね」
【マラッカ草原】といえば、これもまた先日の大事件があった場所だ。
あのときの【ファイナルアーマー】に苦戦したというか、なんというか。
「謎の襲撃者達によって被害を受けている商人達からの依頼です。謎の襲撃者達を特定して解決してほしいということです」
「つまり、そいつらを倒せばいいってことね?」
「そうですけど……。アイシアさん、本当に行くんですか?」
「だから、そう言ってるんじゃん」
えっ!? マジ来るつもりだったの!?
てっきり、冗談かと思っていたんだが、アイシアはそうではなかったらしい。
「それに、何かあったらエリクが助けてくれるし」
ザ・人任せ!
そりゃ、一応助けるつもりだけど、もしものことがあったらどうするんだよ。
……ま、一人くらいなら大丈夫だろ。
シルヴィの持っている依頼書をチラリと覗くと、推定ランク『B』と書かれているし、一人くらいなら問題ない。
そうシルヴィに伝えると、シルヴィは焦った様子で身を乗り出してきた。
「そ、それなら、やっぱり私も行きます!」
「え?」
「だからあなたは――」
「大丈夫です!」
どこが大丈夫なのか、そう尋ねる前にシルヴィはギルドの中に入っていき、
「――フミちゃん! 私、今日はもう上がります! 後は頼みました!」
「はいは~い。……えっ!? 何それ聞いてないんだけど! って、なんでもう着替えてるの!?」
「頑張ってください!」
「待って、シルちゃぁぁぁぁん!!」
その叫びがギルドに響いた後、シルヴィが私服で出てきた。
「バッチリです!」
「どこが!?」
今、完全に自分勝手に仕事を押しつけてたよね!?
しかし、シルヴィはそんなことを気にもせずに、アイシアと再び火花を散らしていた。
「……はぁ」
……なんで二人は俺の仕事を増やしちゃうんですかねぇ。
これで二人になんかあったら俺はどうするべきなのだろうか?
マジで殺されちゃうかも。
この二人、自分達では気付いてないけどファンクラブまでできてることを知ってるだろうか。
「仕事を押しつけられた方にも同情しちまうぜ」
俺はそんなことを考えながら、クエストを引き受けると、二人は準備があると言って一度家に戻った。
……今のうちに一人で仕事を片付けてやろうか。
本当にそう思ったが、その後のことが怖いな。
ここは大人しく待つとしよう。
テーブルに座って待っていると、二人は息を切らして同時に戻ってきた。
どんだけ勝負にこだわってんだよ。
2018/03/08 改稿




