本編という名の裏の裏話Ⅱ
ジンがミーシャとアデラントの下へたどり着くと、ミーシャは大きなカプセルの中で何かの液体に漬けられていた。
「ミーシャを返してもらうぞ!」
「はっ。一足遅かった奴がよく言う者だ」
アデラントは大きなマントをはためかせて振り返った。
その笑みはどこまでも凶悪で、子どものようであった。
「やっとだ! 私が待ち望んでいた力がやっと手に入ったのだ!」
敵が前にいるというのに歓喜に酔うアデラントは、愛おしそうにミーシャの入ったカプセルに頬を擦りつける。
「君は何も知らないのだよ」
「知らない、だと?」
「この娘の価値さ」
アデラントは面白そうに笑う。
ジンを相手にしているのに、まるで見えていない。観客であるかのように振る舞う。
「この娘の正体を君は知らないだろう? それも仕方もないことだが、私は違う」
一体何の話をしている?
ミーシャの正体? 価値?
「この娘を作ったのは自然であって、私でもあるのだから」
アデラントはジンの理解を進めたいのではない。
ただ話したいだけだ。自慢話を聞かせたいだけ。
ただの子どもに言って理解できることじゃないことはわかりきっている。
「トライアイト=ミーシャ。【トライアイト】というのはある植物の名前だとは知っているかね?」
そう言われてジンは自分の知っている植物の名前を思い出してみるが、そんな植物の名は聞いたことがない。
田舎暮らしで植物の名前には自信があったんだが……。
「まぁ、知らないだろうね。教えてやろう。【トライアイト】というのはな、とある神話の偉大な植物の名前だ。簡単に言えば」
世界樹。
「世界樹?」
「世界樹とは世界を繋ぐ大事な一本だけの木。だが、それ以上に、世界樹がなければ世界は崩壊どころか、存在することすらできなくなる」
つまり、何が言いたいのかというと。
「世界樹の掌握は世界の掌握に繋がるということだ」
「……それが一体ミーシャに何の関係がある?」
「大ありさ。彼女はその世界樹なのだから」
「何を言って――」
「彼女はこの世のすべての植物を操ることができる。……植物というのは君が思っているよりも偉大なものでね。天変地異、なんてやわな話じゃない。その気になれば、世界そのものを作り替えることもできる!」
そうかもしれない。
新たな植物を創り出すことで、その木を中心に環境が変わることだってありえる。
世界が変わるというのも案外、的外れな意見ではないのだろう。
「だが、理論上そうだとしても、それほどの力をただで行使できるわけがない。ミーシャの魔力が保たないはずだ」
ミーシャの魔力はジンと同じ程度しかない。
それはギルドの魔力測定の結果で明らかになっている。
あの水晶はどうやっても騙せないはずだ。
しかし、アデラントは笑う。
「それができるんだよ。彼女の魔法は、正確に言うと植物操作ではない。彼女の魔法は世界に話しかけることができる魔法。ほんの僅かな魔力で世界と話すことができる。そして、意志のない世界は彼女に操られるというわけさ」
人とロボットと同じ関係だ。
ロボットは人ができないことを簡単にできてしまう。
それでも、意志のないロボットでは人間に逆らうことはできず、人間の指示どおりに動かされてしまう。
人間が指示するだけでロボットは動く。
ミーシャと世界の関係はそういうことだ。
「大した魔力は必要ない! 私が理論どおりだ!」
そこで、ジンは思い出した。
そういえば先ほどアデラントはミーシャを作ったのは自分でもあると言っていたな、と。
ジンの表情からそれを察したアデラントは、これもまた楽しそうに解説してくれた。
「有力魔法師達の灰を何でもない木に植え込んだんだよ。その木は言うなれば魔法師そのものの集合体だ。魔力が大量に込められた木はいつしか意志が芽生え、他のすべての植物と何か一つでも異なった時点でその木は世界樹となる。それが私の理論だ」
実際、その理論が正しいことはミーシャの存在によって証明されたわけだが。
「世界樹の力を手に入れた今、私を止めることは不可能だと言っておこう」
「この世に不可能なんて存在しねぇよ」
話を聞いてきて何か手がかりがほしかったが、やることは変わらない。
アデラントを倒して、ミーシャをあのカプセルから取り出す。
要はアデラントとの一騎打ち。
ジンは腰をかがめながら、剣を抜く。
「行くぞ!」
力一杯地面を蹴り、これ以上ない速さでアデラントへと近づく。
だが。
「先ほども言ったであろう」
アデラントはその速さをしっかりと目で捉えながら、それでも武器どころか戦闘態勢にも入る気はなかった。
「君がここに到着してきた時点で、もう終わっていたよ」
何を?
ジンがそう尋ねる前に、ジンの足下の地面が不自然に盛り上がった。
「っ!?」
咄嗟に急ブレーキをかけ、状態を起こすと、顎に何かがかすめた。
「くっ……!」
さらに何かしらの危険を察知したジンは勢いを利用して、バク転でアデラントから距離を取る。
すると、先ほどのジンがいたところへと何かが叩きつけられた。
距離を取っていなかったら、どうなっていたことか。
「これは……嘘だろ」
下から襲撃してきたその何かと、地面を打ち付けたその何かは全く同じものだった。
見るからに太く重く頑丈な植物。
それは、ミーシャが使っていた魔法ではなかったか?
「出てきなさい、世界樹よ」
アデラントの声に、ミーシャのカプセルが突如割れた。
こぼれ落ちる液体にあわせて、ミーシャもゆっくりとそのカプセルの中から出てくる。
「ミーシャ……!」
それは昨日までのミーシャではないことにジンはすぐに気付いていた。
目が虚ろだ。
あれでは見ているようで、何も見えていない。
「ミーシャ!」
ミーシャの意識を呼び覚ますように声を張り上げるジンだが、返事は返ってこない。
完全に飲み込まれてしまっている。
「無駄だ。彼女の魂はとっくにないのだから」
「そんなわけあるか! きっとどこかに!」
「それこそありえない。彼女の体に入っているのは彼女の魂ではないのだよ?」
「な……!?」
「私が召喚した魔物の魂。当然、私の言うことしか聞かない。私の声しか届かない」
アデラントは召喚魔法を極めた魔法師だ。
人の体に魂を入れることなど彼にとっては難しくないことだった。
「さぁ、ここからは私の練習台になってもらおう。どこまでの力か、見させてもらうぞ」
そのとき、ソルド達のいたところから少し離れた場所で大きな爆発音が鳴った。
「あちらも佳境のようだが、勝っても負けても関係ない。私が直に始末する」
「そんなこと、させねぇよ……!」
例えミーシャの魂がここにないとしても、必ず助けてみせる。
世界の命運は彼に託された。
「今、助けてやるからな!」
ジンはそう叫ぶと同時に、ミーシャに向かって駆けだした。
2018/03/08 割り込み




