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モブヒーロー ~モブで視る英雄譚~  作者: 甲田ソーダ
第一章 ~モブのお仕事~
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モブの休暇

「そういえば、シルヴィ、少し聞きたいことがあるんだけど」

「はい? 何でしょうか?」



 いつもと同じ時間にギルドのカウンターでシルヴィと話していると、ふと、聞きたいことがあったことを俺は思い出した。



 帰ったらすぐ聞こうと思っていたことだったんだが、シルヴィとアイシアの修羅場に巻き込まれ、昨日はそれどころじゃなかったのだ。



「いや、【ウルフェンロード】を召喚するときに砂……というか粉、か? 何かそういうのを使うっていう話を聞いたことあるか?」

「粉……ですか?」



 シルヴィは少し考えると、カウンターの奥の方へ行ってしまった。



 ギルドが所持している文献を探しに行ったのだろう。



 大人しく結果を待っていると、意外にも早く帰ってきた。



「一応調べてみましたが、特にそういうのは無かったです」

「だよな~」



 俺もできる限り自分で調べてみたが、そういう文献は見つからず、ギルドならもしかしたら、と一縷の思いで聞いてみたんだが、やっぱりないか。



「何か気になることでも?」



 シルヴィが首を可愛く傾げて聞いてくる。



 別に隠すことでもない。むしろ調べてほしいと思っていたので、森での一件を話すことにした。



「残党だとは思うんだがな。それにしては気になることが多すぎて。城下ギルドが取りこぼしするかとか、あの遠吠えはなんだったのか、とか。そして、あの【ウルフェンロード】三体を倒したときに出てきた粉。それから召喚されていることは間違いないとは思ったんだけど」



 そのときにいた、三人のことはどうでもよかったので言わないことにした。



 シルヴィは顎に手を当てる。



 そのときもう片方の腕で胸が強調され、少しドキッとしたことは秘密だ。



「……すいません、やはり思い当たりませんね。その粉の現物があればいいんですが」

「それなら、これを」

「さすがですね、エリクさんは」

「いやいや」

「それでは、こちらでも少し調べてみることにします」

「助かるよ」

「いえ、このぐらいなら別に問題ありませんよ」



 それじゃ、今日はここらで帰ろうとしたとき、



「あっ、やっぱりここかっ!」



 そう呼ばれて俺はビクッとした。



 ……あ~やばい。これはまずい。



 この声からしてアイシアだろうな。



 シルヴィとアイシアを会わせたらまた修羅場が起きてしまうというのに。



 というか、なんでここに来ちゃうかな?



 シルヴィがいることはジンから聞いてないの?



 仲良くしろとまでは言わないが、もう少し穏便になってくれないだろうか……。



 アイシアは受付のシルヴィを見ると、目をキリッと細めた。



「……なんで、あんたがいるの?」



 聞いてねぇのかよ。こういうことこそ言っておけよ。ジンの野郎。



「あなたこそどうしてここに?」

「私はここに来ればエリクがいると思って」

「私はここで働いてますから」

「「……」」



 い、いや~っ! 何だ、ここ!? もう俺っち、帰りたいっ!



「ふ、二人ともここは……」

「「エリク(さん)は黙ってて!!」

「……」



 まただ……。また巻き添えをくらった。



 おかしいな。嬉しくないのに涙が出るよ。



 あれ? 涙って本来どんなときに出るものだっけ。



「……本当に帰ろっ」



 俺は泣いているところを見られないように、そっとギルドを後にした。



 ギルドを出ると、人は数えるほどしかいなかった。



 まだ、朝が始まったばかりだからだろう。



 おかげで、泣いているところを大勢に見られずに済む。



 後ろから聞こえてくる。



『私が――最初に――。だから――私の――っ!』

『――なんて――よ! 私は――と一緒に――っ!』

『『私が……っ!』』



 これは絶対に幻聴だな。



 知らない知らない。聞こえない。



「さて、何をしようかな?」



 一人でそんなことを呟いていると、



 ぐぅぅぅぅぅぅ。



「そういや、少し小腹が空いてきたな。朝珍しく食べるものが無かったからな~」



 冷蔵庫に何もないなんて、いつぶりだろう。



 最近の俺、やっぱり疲れているのかもしれない。



 だが、これもちょうどいい機会かもしれない。



 少しこの辺の開いている店で飯でも食べようかな。



 実は『エレスタ』での初めての外食に感動してから、王都での外食を楽しんでみようと考えていたところだった。



「まぁ、この時間に開いてる店があればの話だけど……」



 あちこち回って、結局店を見つけたのは、通りに人が多くなってからだった。



「これなら家で作った方が早かったか? いや、どっちみち食材がねえから同じか……」

「ご注文はお決まりでしょうか?」



 女性の店員に、適当に『朝食ランチ』いうものを注文してみた。



 朝食と昼食を合わせてみたものだろうか?



「こちらが『朝食ランチ』でございます」



 と、思って出てきたのはなんてことのない朝食によく食べる料理だった。



 まさかと思うが、ランチの意味をはき違えているのではなかろうか。



 だが、味は普通というところだった。



 なんとなくだが、この店には通い続けてもいいような気がした。



「ありがとうございました」



 店を出ると、もう道は人でふさがるほどに活気にあふれていた。



 普段はこの時間にここを通ることがないから知らなかったが、ここはかなりの店の激戦区なのかもしれない。



 そんな中、今俺が出てきた店だけやけに普通すぎるような気がして、大丈夫なのか、と思ったが、こうして生き残っている以上、大丈夫なのかもしれない。



 やはり俺に経営は無理かもしれないな、そう思った。



 人混みを抜け、いつもの道に戻り、ついでに食材を買っていくと、家に着く頃には人の数も安定していた。



「なんだか、新しい場所に行くだけで疲れた気になるのは何でだろうな?」



 独り言を漏らしながら、椅子に座ると、久し振りのゆったりとした時間が心地いい。



 最近は仕事以外で疲れている気がしてままならない。



「何かなかったか?」



 ただ、ぼうっと天井を見上げているのもいいが、何かしたい気分にもなってくる。



 体を動かすのではなく、ただ集中力を高められるような、そんなもの。



 そう思って、家の中を探してみると、本を見つけた。



「気分転換にはもってこいだな」



 本を開いて、読んでいると、知らぬ間に眠ってしまっていた。



 やっぱり疲労だろうな。
















 眠っていると、目の裏が突然明るくなった。



「……ん?」



 なんてことはない。真上から少しズレた位置にある太陽の日差しに当たってしまっただけだ。



「少し遅いが、そろそろ昼飯かな」



 朝買った食材で昼飯を食べ、いつの間にか閉じてしまっていた本を開く。



 久し振りの日常を送っているなぁ、と思っていると、家の戸を誰かが叩いた。



 戸を開けてみるとそこには息を切らしたシルヴィがいる。



 どうかしたのか、そう尋ねてみると、シルヴィは血相を変えて、



「今すぐギルドに来てもらえませんか!?」



 と、何かあったとみて間違いないだろう。



 あぁ、やれやれ。



 神様は俺に休暇という文字は似合わない、とでも言いたいのだろうか。



「今、支度する」



 何が起きたのかはギルドに向かいながら聞くとしよう。




2018/02/22 改稿

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