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第七話

 柏原はその頃にしては珍しく体調が良く、病院を一時退院して実家に帰ってきていた。


 柏原が実家に帰ってきているという話を聞いた海上は、久しぶりに柏原の家を訪ねていった。柏原の実家を訪ねていったのは、柏原にちょっと報告しておきたいことがあったからだ。


 海上は高校を卒業したあと、地元にある私立の大学に進学したのだが、どうしてもそこでの生活に馴染むことができずにいた。そこで学ぶ全てのことが無駄なことのように思えてしまって仕方がなかった。


 それにその頃、海上は高校のときに友達に誘われてはじめたバンドにのめりこむようになっていて、このまま大学でやりたくもない勉強を続けるよりは、大学を辞めて本格的にプロのミュージシャンを目指したいという気持ちが抑えきれなくなってきていた。


 そして海上は大学二年の夏、思い切って大学を辞めると、東京に出て、そこでプロのミュージシャンを目指す決意を固めた。


 海上はそのことを柏原に報告しようと思って、その日、実に五年ぶりくらいに柏原の家を訪ねていったのだった。

 



 海上が柏原の家を訪ねていくと、柏原だけでなく、柏原の両親も久しぶりに訪ねて来た海上のことを歓迎してくれた。海上がちょっと寄っただけだからと断っても、海上のために手料理を振舞ってくれ、せっかくだから泊まっていけとまで言ってくれた。


 海上としては自分が東京に行くことにしたことだけを報告して帰るつもりだったのだが、結局、帰りにくくなってしまい、その日は柏原の家に泊まることになってしまった。まあ、こうして柏原とゆっくり話をする機会もこれからさきそう滅多にないだろうし、まあいいかと海上も思い直した。


 その日の夜は、いつか子供の頃に泊まりにきたときもそうしたように、柏原と一緒にテレビゲームをやったり、漫画を読んだりして時間を過ごした。


 そしてだいぶ夜も更けてくると、柏原はちょっと眠くなってきたと言って、布団のうえに横になった。

 海上も柏原のお母さんが用意してくれた布団のうえに横になった。


 部屋の電気を消すと、部屋のなかは真っ暗になった。しばらくして目が暗闇に慣れてくると、青白い月明かりの光が静かに部屋を照らしているのがわかった。どこか不自然な感じがするほど、その日は月の光の明るい夜だった。


 海上が布団の上から起きだして部屋のカーテンをあけてみると、そこには淡く透き通った、きれいな黄色い光を放つ満月が見えていた。




 実は自分は幼い頃、月の見える夜が怖かったのだ、と、静かな口調で柏原が語りはじめたのは、部屋のなかが静まり返って、柏原がもう眠ってしまったのかと海上が思ったときのことだった。


 まだ起きてたんだ、と、海上が意外に思って言うと、せっかく友達が遊びにきてくれているというのにこのまま眠ってしまうのはもったいなくて、と、柏原は笑って答えた。


 そっか、と、海上は柏原の科白に微笑して頷くと、それから柏原に話の続きを促した。なんで月の夜が子供の頃は怖かったのか、と。


 すると、柏原は苦笑するように笑って、それは子供の頃に見たテレビ番組のせいなのだ、と、話はじめた。


 月の光を見た人間が狼男に変身しまうという映画かドラマを昔テレビで見ていて、その番組を見て以来、ひょっとすると、自分も月の光を見ると狼男に変身してしまうんじゃないかと恐ろしくなってしまったのだ、と、柏原は話した。


 海上が柏原の奇妙な告白に可笑しくなって笑い声を上げると、つられるようにして柏原も少し笑って、でも、実際に、狼男にこそならなかったけど、ある日の夜、月の光を見ていたら急に頭がわれるように痛みだして、そのあと自分はいまの病気にかかってしまったのだ、と、柏原は語った。


 海上が柏原の話にどう答えていいのかわからずに曖昧に相槌を打つと、柏原はわずかなあいだ黙っていてから、やがて、自分はもうあと何年も生きられないだろうと思うとポツリと言った。


 海上がそんなこと言うなよと言うと、柏原は力なく小さく笑って、でも、ほんとに自分の死期が近づいてきているのがただわかるのだと柏原は言った。


 海上はそんな柏原の科白に対して、そんなことはない、実際に体調だってよくなってきているし、現に退院だってしているじゃないか、と言った。


 すると、柏原はたぶんこれは単なる一時的なものだと思うと言った。しばらくしたらまた悪くなると思うし、今度はもっとすごく悪くなる予感がする、と。


 なんでそんなこと言うんだよ、と、海上はちょっと苛立って言った。どうしてそんなふうにネガティブに考えるんだよ、と、海上は友人を責めた。昔は病気で辛くてもそんなことは言わなかったじゃないか、と。


 海上の言葉に、柏原は自分はべつにネガティブになっているわけじゃない、と、答えた。ただ事実をそのまま伝えているだけだ、と、言った。自分はべつに生きる気力を失っているわけじゃないし、投げやりな気持ちになっているわけでもないと柏原は言った。


 ただ、自分はほんとにいつ死んでしまってもおかしくない状態だから、そのまえにきちんと海上にお礼が言っておきたいのだ、と、柏原は語った。


 中学生のとき、自分がクラスの人間にいじめられているときにかばってくれて感謝していると柏原は告げた。中学を卒業してからも入院している自分をときどき訪ねてきてくれて嬉しかったと照れ臭そうに柏原は言った。


 海上はそんな柏原の科白に黙って耳を傾けていた。


 最後、柏原は東京にいっても頑張れよと言った。俺はお前が東京で成功することを祈っているし、俺はこっちで生きるために頑張るから、と。


 それから柏原はふと窓の方に視線を向けると、でも、今日はほんとに月がきれいだなとどこか哀しそうな瞳で月を見つめて言った。


 そのあと海上と柏原は布団のうえに横になりながら思い出話のようなことを少し話した。しばらくして柏原の声が聞こえなくなったなと思って海上が柏原の方を振り返ってみると、

柏原いつの間に眠ってしまっていた。







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