番外・兄の妹
いつの間かランキング入りとかしていてびっくり…評価やブックマークしてくれた皆様に心からの感謝を。
けれどこれって裏を返せば続き書けってことですかね。…書いてみました。
俺には妹がいる。
どんな子かというと可愛い。ただただカワイイ。目に入れても痛くないくらい本気で目に入れて眼球潰れても本望だというくらい可愛すぎる。仲は良好。毎日寝顔は拝んでます。
歳は一つしか離れていない。この時点でもうマジ可愛いと確定したものだろう。
なぜかって?俺の妹だからに決まってるだろ!
容姿は美少女、とまではいかないが顔のパーツは整っている。一見地味に見えるがそれに凛とした雰囲気も合わさって身内の欲目なしにもちょっとした美人だと思う。
おれには可愛く見えて仕方ないけど。
性格?良い子、超イイ子。朝食は作ってくれるし家事は俺と当番制だけどきちんとしてくれるし周りに気配りできるしその上謙虚で賢くて。クール&ドライで照れ屋なとこもあって偶に…いやかなり愛の鉄拳を貰うけど可愛い顔を見られるので全然良し。むしろヘイカモン、グーパンチ!…マゾじゃないから。
しかしあの乱暴っぽい言葉使いと毒舌はどこで覚えてきたんだろうなぁ…?
まあこんだけ可愛い可愛い言ってる俺だけど、最初から受け入れてたわけじゃない。実際可愛いのは事実。
出会ったばかりの頃は幼いながら捻くれてて、たくさん妹に迷惑かけた。
弟もそんな感じだったから二重で苦労をかけただろう。今でも週に一度教会へ行って懺悔してる。弟もいたら何が何でも強制的に連れ出して。
だけどそんな俺らを妹は救ってくれた。あの子だけが俺らを見捨てないで手を引っ張ってくれた。感謝してもし切れないほどたくさんのものをくれた。
そして恩人であるにも関わらず俺は過去に二度、あの子を大きく深い傷を負わせてしまった。
第三者の手で、俺の目の前でみすみすと。
これは俺と妹の昔の話。
一生後悔に苛まれるであろう過去の噺。
*********
俺が生まれて二年後、弟を産むと俺を産んだ母が死んだ。元々体が弱かったらしいけど詳しい死因は知らない。
フランスで父は俺らをベビーシッターや家政婦なんかに任せて朝から晩まで仕事漬けで、家には滅多に帰って来なかった。帰って来たとしても顔を合わせることなんで片手で数えるくらい。
話をした記憶もない。
母は日本人だった。だからかフランス語と日本語を日常的に使わされてたけど特段不自由はないし家政婦とか可愛がってくれたから、それが普通なんだと思っていた。
託児所に預けられるようになるまでは。
なんだこれ。衝撃だった。
預けに来た女の人にしがみついて「イヤだ」と泣き叫んで駄々をこねる子ども。迎えに来た女の人に抱きつき「おかあさん」とはしゃぐ俺と同じ歳の子ども。
あるいは男の人もいたりして二人に「おとうさん」「おかあさん」と子どもが真ん中に来るよう三人並び手を繋いで帰っていく子ども。
笑顔。ふわふわした空気。
ここで生まれて初めて『家族』という言葉を知った。
自分が普通じゃないと気がついた。
…普通って、なんなのだろうとも。
『家族』を目の当たりにしてからしばらく経って、俺は珍しく家にいた父に思い切って話しかけた。
「どうして“おとうさん”は“おかあさん”と迎えにきてくれないの?」
あんまり覚えてないけどそんな感じに聞いたはず。そしてそれは無垢な子どもながらの残酷な問いかけだった。
母を亡くして一、二年しか月日が経ってなくてまだ立ち直れてなかった父に対して。
「お前か弟か、産まれなかったらできたのかもな。」
父は少し甘くてメンタル弱い部分があって、母のことで随分荒れてたと父の仕事仲間から聞いた。俺が高校に入ってからだ。父はちゃんと母の事を愛してたらしい。
だけど幼いその時の俺は父の内心なんて露知らず、くべるはずもなく。そのままの意味で受け取ってしまった。
鋭く暗く冷たい視線を、『家族』に向けるべきじゃない視線を呆然と受け入れてしまった。
深く心を抉る形として。
それからはわかりやすく心を拗らせていった。
それは成長するごとに、周りの『家族』の団らんを見せ付けられるごとに、少しずつ。
『産まれなかったら』
それっていらないってことだろ?望んでなかったってことだろ?
ふざけんな。ふざけんな!
勝手に産んでおいて、そんな理不尽ありかよ!
『家族』に憧れを抱いた自分が馬鹿だった。
“あたたかさ”を望んだ自分が大馬鹿だった。
大人にとっては子どもながらの幼稚で小さな葛藤だったけれど、子どもにとっては大きな苦しみで。
いつの間にか弟までも巻き込んで俺ら兄弟はやさぐれていった。いっつもいつもどんどん体の芯まで、大事な部分も冷たくなってくのを感じてた。
月日が経って七年くらいだっただろうか。ある日突然父が俺らに話しかけてきた。
「新しい『家族』が加わる」と。
「日本へ帰る」と。
いい加減にしろよ…っ!どの口で『家族』と言えるんだ俺らのこと一度も『家族』だと言ったことないくせに!
ドス黒い憤怒が身体から溢れかえって自分を抑えられなくなった俺は、父に掴みかかって喚き散らした。
しかし図体のデカい父には大した脅威でもない小さな俺は一蹴されて、弟と共にさっさと日本へ連れて行かれた。
こうして俺は、日本へ来た。
そして出逢ったんだ。
おれの世界を暗闇から明光へ導いた『家族』に。
*********
第一印象は暗くて地味で陰気臭そうなチビ。
…えー妹よこれは昔の話だ昔の。今ではあの時の俺の目は節穴だとよぉーーく思い知ってるから愛想を尽かさないでくれ反省してる真面目真面目。
うんこんなこと妹に言えない。
その前に俺の女事情から説明しようか。
俺はモテました。現在進行形でモテます。
かの男の敵というやつです。
ナルシスト?なんでも言え事実だし自分を客観的に見れているということだ。
まあそういうわけで女の熱いラブコールを小学生、小学生だぞ?あんなちっさな頃から欲望を滾らせながら迫ってくるんだぞ同じくらいの歳の女子が。
恐怖以外の何物でもないよ。
慣れてきたら煩わしくて仕方ないけど。…世間の男ども、女子に夢の抱きすぎなんだよお前らは。
と要するに、俺の中では女子=害虫みたいな式が出来上がってて。
それはそれは冷たく当たってた。
時に挨拶してきても無視した。
時に話しかけてきても「汚れた体で近寄んなクソブタ」と暴言吐いたりした。
時に忘れ物を届けに来てくれても忘れた物を顔に投げ返した。
時に………
ちょっと過去の自分太平洋に沈めてくるマジ舐めてるブン殴ってやるあのクソイ
閑話休題。
このように今は反省も後悔もしてて、許されるとは思ってないけど子どもの俺は妹に辛く当たってたんだ。
…今思えば、八つ当たりだったのかもな。同じ境遇のはずなのにあの子は強かった。ちゃんと自分を主張できる子だったから。
意地悪した後は必ず、殴るか蹴るかされて取っ組み合いのケンカになってたしね。強かだよあの子は俺より男らしい。
対して俺は愚図で拗ねてるだけだったから。ガキだって思い知らされてた気分で不快だったのかも。
本当ガキだった。
だからあの子が後ろから不審な男が近づいてるのを見ても黙ってたのは馬鹿な意地張ったんだ。
悔しかった。俺だけが惨めに感じた。
ちっさくて脆いプライドがあの子を危険に晒した。
小学三年のあの日、俺も巻き込まれた誘拐事件。
犯人はたった一人の男。ひょろ長くもやしのような男で情けない顔だったから甘く見てた。捕まっても余裕たっぷりだった。
ガキな俺は日々を一人で生きてきたように勘違いして、あんな男脅せばすぐ解放するだろと腹をくくってたから。
現在は子どもが考えてるほどまったく甘くないけど。
いもうとの制止なんてどこ吹く風で生意気な口叩いて犯人刺激しとけばブチ切れるに決まってるのに。
本気で死ぬかと思ったよあの時は。
頭、顔、胸、腕、腹、背中、脚、身体の隅々まで隈なく殴られ蹴られぶつけられ。血飛沫飛んでもまだやるかって勢いで、あんまり覚えてない。
深く切れた部分もあって今でもその傷は残ってる。一生消えない俺の汚点…教訓だと思って素直に受け止めてるよ。
ホント、生きてるのが不思議なくらいだ。きっとそのまま助けを待ってたら死んでたかもしれない。
意識朦朧とした中、俺がどうやって助かったかわかるか?
なんとびっくり、妹が助けてくれたんだよ。
スゴい泣いて泣いて「やめて!」と初めてみる弱気なあの子は俺の為に泣いて、俺のとばっちりで殴られ投げられた。それでも抵抗し続けるあの子の精神の強さには感服した。
あの時産まれて初めて他人の為にキレたんだ。同時に悔しいともね。
あの子は関係ないだろ?俺を心配してくれてるだけなのになんで殴られなくちゃならない?
馬鹿で屑で愚かな俺は涙を流しながら意識を失った。
気づいたのは派手な音と振動がつたわってきたから。
困惑してる内にしばらくして「大丈夫?立てる?歩ける?まず意識ある?」と掠れた高い声が聞こえて、すぐに妹だとわかった。
そして目撃した。
近くにダンボールの山ができてて、その隙間から人の腕が出てる光景を。
………何があった?!
衝撃的過ぎて頭が真っ白になりながらも説明を求める俺に、妹は言った。
真顔で「為せば成る」、と。
惚れた。
カッコよすぎた。
心なしか妹の背後から後光が見えた。
この日を境に、俺は妹を『女神』視する。
*********
まず妹のことを知る努力をした。妹の母…都和子さんに訊いてみたり妹を観察したり妹の同級生に訊いてみたり。
結果、俺の知る女子とはかなりかけはなれた存在だということがわかった。薄々気づいてたけどあの頃は認めたくなかったんだ。
興味が湧いてきた俺は妹となるべく接するようにした。脅かさないよう物腰も柔らかくするように、言葉も荒げないよう…。
付かず離れずの距離を保ってた妹は突然俺が近づいてきたのを見て動揺してたけど、すぐ慣れていた。順応性の良さ。
そしてこの頃、発見するのだ。
この子笑顔マジカワイイ……。
特に初めてはにかんだ無垢な笑顔を向けてきてくれた時はヤバかった。悩殺された。女神が降臨した。
接する度にあの子は俺に笑いかけて。寂しい時は楽しそうに一緒に遊ぼうと手を差し伸べてくれて。
いつの間にか、自然に笑ってる俺がいた。
胸があたたかくて、ふわふわして。
気づけば『家族』を手に入れてたんだ。
そしてある日なんの前触れもなく、壊れた。
また妹が誘拐された。今度は弟も。
大事なものが手の隙間から零れ落ちた。
*********
あの子にまたもしものことがあったら大変だと思って、この街のヤンキーたちに根回ししてて正解だった。
バイクを借りてヘルメット無しで爆走し(無免許じゃないけど良い子は真似しないでね!)、GPS(この頃からいちおう付けてました)が反応してる倉庫へ引き連れたヤンキーたちと突っ込んで数で制した。
犯人はあっさり捕まえた(本当に良い子は真似しないでください)。
でも遅すぎた。
あの子の傷は根強い部分まで引き裂かれてた。
目の前の弟と…特に妹の惨状が目に入った瞬間目の前が真っ赤に染まって。
気づけば無数の男どもが血飛沫をあげて、俺は何人にも取り押さえられながら衝動に身を任せ無茶苦茶に訳わからないことを喚いてた。
赦さねぇ赦さねぇ赦さねぇ赦さねぇブッ殺してやる殺してやるぶち壊しやがって傷つけやがって八つ裂きにしてやる塵どもが屑どもが下種どもが絶対絶対絶対絶対絶対一生赦さねぇ。
心のどっかで思ってた。
きっとまたあの子は自分で切り抜けたりするんだろうなーとか。俺よりもずっと強いから。
俺は忘れていた。
どんなに心が強くても、あの子は力が弱い女の子なんだって。男に敵うはずのない女に成長してる女の子なんだって。
自分の能天気さに反吐がでる。
どれだけごめんと悔いても、妹の傷は根強く残る。何も変わらない。
なんて、無力なのだろう。
もう思い出したくもない。
でもあの時。
救急車呼んで白いタンカーに横たわる妹の譫言が忘れられない。
「どうして誰もきてくれないの?」
耳にこびりついて離れないんだ。
*********
あの子は変わった。
笑わなくなった。あまり口を開かなくなった。一人でいることが多くなった。
男に近寄ったり触れられなくなった。
拒絶反応でもどしてしまうんだ。エグついてしまう、泣きながら。どうしようもなさすぎてみれたものじゃなかった。
弟がそんなあの子を見て一番ショックを受けていた。俺の影響か人嫌いのあいつが青ざめた顔を覆い妹に向かって謝罪の言葉を繰り返していた。
それでさえも妹は怯えて目を瞑り耳を塞いで縮こまっていた。
俺は差し伸べた手さえ払い退けて恐怖に染まった目を向けられるのが、他の何よりただ悲しかった。
無力の俺にはこういうのがお似合いだというのか。
_____________そんなの、絶対に認めない。
決意した。
守る。何物にももう俺の『家族』を傷つかせやしない。手段は選ばない。俺の全てを使ってこの先守り通すのだ。
今度は俺が、あの子を救う番だ。
そうと決まれば行動は速い。
妹の情報を聞き出す時に磨き上がったコミュ力を存分に発揮し、人脈を揃え根を回していった。
途中、どこから嗅ぎつけたのか誘拐のことや俺の影響で、隠れてコソコソと妹にちょっかいを出してきたメス共には退散願った。少し苦労した。
また人脈は上の方にもあると良いとも思い。…思い切って数年ぶりに父に話しかけた。
ちゃんと向き合ってはっきり話をすれば、わだかまりはあっさりと溶けて拍子抜けした。
…親子揃って不器用すぎたのか。
妹は退院して帰ってくると、どういう原理か誘拐された時期の記憶を忘れていた。一度精神科に連れて行ったが、「耐えきれない辛い記憶を封じてるだけ。そっとしておくのが一番いい」と言われた。
確かにその方がきっと幸せだろう。俺との出会いはちゃんと俺が記憶してるのだから。
あとは妹がちゃんと目を合わせて話ができるように、俺が試行錯誤しながら心のリハビリをしたな。
色々試したけど、なるべく爽やかな笑顔を浮かべるのとかおちゃらけたりしたり女子っぽい髪型とか効果的だった、はず。
それから、もう誘拐とかこりごりだったから監視カメラとかつけるようになったり、妹の行動を二十四時間確認してするようになったりした。
……若干ストーカーじみてるのは十分理解してたけど、妹の半目より虚ろな目の方がキツいから。我慢できます。
……そして一緒に歩くときは半歩後ろに控えるようにしてる。これは妹の背後を守るためでもあり尚且つ…自分への戒めみたいなものだ。
誘拐の原因は俺の父の仕事からもきてると思う。え?父の仕事内容?……金貸しだとだけ言っておく。
*********
また月日が経ち数年。
妹はだいぶ立ち直った。俺の努力の賜物とあの子本来の心の強さのお陰だろう。
弟は全寮制の中学校へ行き、妹を圧迫させないようにと干渉も避けている。高校は俺らと同じにするらしい。そろそろ寂しいのだろう兄にはわかるぞ弟よ。
父と新しい母との仲は良好でいいんだけど時折見せつけられるのがたまにキズ。他所でやれや他所で。
俺は……俺は何故か妹に辛辣な毒を吐かれる毎日だ。なぜだ。変態?ストーカー?愛があるから問題ないんだ!絶対何があろうとやめる気はない。
…止めれないきがするのは気のせいだろう。
けど妹の表情は乏しいままで。
だけどたまに、ほんの稀に。
目元を和らげた穏やかな顔を見せるようになったかな。
ああホントカワイイ子だ、俺の妹は。
可愛いカワイイ俺の妹、ナツ。
時に俺がどんなに君を求めても、俺自身が牽制してくる。後悔や罪悪感に苛まれながら愛する勇気は俺にはないから。
きっと君も望んじゃいないだろうしね。
その分君を守ってあげる。
俺の時間を君にあげる。
俺の存在自体を君に捧げよう。
君をうしろから包み込んで守るから。
これが俺の『家族』愛の形だ。
俺なりの答え。
ありがとうナツ。
俺はもう、十分幸せになれたよ。
……もしもまたなんかあったら今度は飛行機でも突っ込ませるかなー。
また雑になりましたが裏事情とか色々書けたので。…弟はどうしようか迷ってます。