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後編

不快な表現があります。

 



 翌日。



 いつもと同じように兄と登校していた私はふとあることを思い出し歩みを止めた。



「うぉい危なっ!どうした我が女神たる妹よ急に立ち止まったりして?」


「忘れ物。取りに帰る」


「え?ああじゃあ兄ちゃんと一緒に戻って」



 ツキン



「兄さんは今日生徒会の集まりがあるじゃん。だからいつもより三十分も早くに家を出たんでしょう?」


「いやぁけど」



 ツキン



「先生とかも参加する会議だよ。大事話し合いだって昨日言ってたじゃん。兄さんが欠席するわけにはいかないよ」


「……だけど」



 ツキン



「大丈夫。ショートホームまで一時間あるし、余裕。先行っててよ」



 振り返る私を心配そうに見下ろす兄。

 ああいったいな、頭。面倒だな、兄。


 いつも以上にイライラする。受け流す言葉も今日は流せない。



 無理矢理振り切って行くか、来た道に走り出そうとすると腕を掴まれる。



 ズキン



「ちょっと待てって我がい」



「過保護もいい加減にしてよホントウザいし恥ずかしいし気持ち悪い!もう何もできない子供じゃないんだから!…このくらいできるから、お願いだから行って」




 衝動的に、最近の鬱憤も晴らすように。


 なにこれ。なにしてんの私。

 これじゃまるで八つ当たりじゃん。




「…………わかった。けど、うしろに気をつけるんだよ」



 どうして。


 どうして傷ついた顔するの?


 どうして悲しそうな声を出すの?


 どうしてそんなに辛そうな顔するの?



 …それはきっと私が。




「………うん」



 離れた温もり。

 自分の腕に片方の手を添えて胸にあてがえて、一度も振り返らなかった兄を見送る。




 やがて姿が見えなくなって、はぁ…と重いため息を吐く。



 こんなつもりじゃ、なかったのに。



 さっきから強く続く頭痛。

 これのせいだ。地味に痛くてついカッとなって…。


 でもたまには良い薬かもしれない。明らかに度が過ぎる行為もあったんだし。


 ……でも言いすぎたかな。夜にでも謝ろう。



 重い足取りで引き返そうとうしろを振り向いた。





「っふ!?」




 瞬間。



 背後から私よりも大柄な誰かに抱き着かれる。


 突然すぎて呆然としてる間に素早く鼻と口を何かに覆われた。




 _______既視感が襲った。




 途端、異常だと気づいた私は自分のあらん限りの力でもがき暴れたが、安直な抵抗しかできない状況。周りを目だけで見渡すが運悪く誰もいない。


 どんどん力が抜けていく。それと同時に眠くなっていく。



 ………あれ。なんか、前にもこんなこと……?




 暗くなる視界。ぼんやりとした思考。







 …………どうして?



 それはきっと。きっと私が、




 私が全部悪い。





 *********





 記憶がないのは二つの時期。



 最初は小学校三年生の時。私が兄と初めて会った時らへんでもある。


 そしてもう一つは中学校一年生の時。



 多分お気づきだろうけど私と兄は本当の兄妹じゃない。所詮義兄妹というやつだ。

 弟もそう、兄と弟は父方の…義父の連れ子。私を産んでくれた母が結婚した相手。



 そして私はこのことを今の今まで忘れていた。


 何故か。



 __________それはこの頃誘拐されたから。



 私と兄と二人で、それから私と弟と二人で。



 二回、怖い思いをしたからだと思う。





 その事の前にまず話さなければいけないのは我が母のこと。



 私の母は綺麗な人だ。どのくらい綺麗かと言うと五人くらいの男の人に言い寄られて奪い合いされても微笑むだけで解決するくらい綺麗な人だ。


 ……いやマジで。意味わからんけどマジで見たもんこの目で。幼いながらその光景に恐怖した日が懐かしい。


 “母には逆らえない”と。




 職業は女優。芸能界を生き抜く強かな女性だ。女は云々の話は母から伝授された。それが将来役立ったのだから頭が上がらない。


 父は知らない。恋多き母は恋人がコロコロ変わった。それが私にとって当たり前だったから特に気にしなかった。母も『父親?いらないでしょ私がいるんだから』と言って、私も『ああそうかぁ』と納得してた。


 今思えばなんて馬鹿な親子なんだってなる。



 母はなんだかんだで自由だった。



 でも自由ということは私に構う時間が少ないってことで。


 お金はあったしベビーシッターみたいな人もいたから育児放棄じゃなかったけど、やっぱり寂しかったんだと思う。


 だから母が父親と兄弟を連れてきた時はとってもとっても嬉しかった。




 例えそれがどんなに冷めた父親と兄弟だったとしても。





 *********






 頬に伝わる冷たさに目を開ける。



 薄暗くて視界は悪いが、見知らぬ場所というのは合っているだろう。


 どうしてこんな所に?と疑問符を浮かべながら動こうとして、自分が縛られて転がされている事に気づいた。




 ……おぅふこれデジャヴ。




 いろんな意味で打ちのめされてると、カツンと近くで複数の靴音が響いて途端周りが明るくなった。



「おやおや眠り姫のお目覚めだ」



 ありがちでキザったらしい台詞だなおいキモいわ。


 眩しくてギュッと目を瞑ってた私だったけど、しばらくすると慣れてきて少しずつ瞼をあげ声のした方へ目を向けた。



 そこには卑しい笑みを浮かべた男たちが私を見下ろす姿。




 ………そういえばあの時も、その前の時もこんな風に“奴ら”は嗤ってたっけ。



「あんたらもどうせ金目当てでしょ?」



 反射的に出た言葉は震えていた。



 一拍のち、ゲラゲラと醜い声で嗤い出す男ら。五月蝿い。煩い。ウルサイ。


 ゲラゲラゲラゲラ。



 だんだんと蘇る記憶。

 やめてやめてやめて。

 ずっとずっと奥深くにねじ込んで強制的に封印した忌まわしい記憶。


 来ないでこないでコナイデ。



 気色悪い気持ち悪い吐き気がする汚らしい。






 どうして誰もこないの?





 *********






 最初、誘拐されたのは新しい家族と顔合わせしてから半年たったってくらいの頃。



 父はハーフらしく背が高くてなんか彫りが深くてなんていうかこう…キラキラしてた。…かっこいいってことで。


 そんな私にとって初めての父親は私には興味がなかったらしく、話をしたこともなくまず家にはほぼ居なかった。てか日本にすら居なかった。


 仕事場が外国らしい。母は変わらず芸能界で働いてた。

 結婚した意味は?けどいつの間にか帰ってきてたりする。ビビる。


 妻が自由なら夫も夫だった。



 兄弟たちは一言で言えば捻くれてた。

 現在でも仏頂面の弟ならともかく、顔面お花畑の兄でさえ近寄りがたい雰囲気だった。信じられないくらい今やその面影はないけど。


 時に「近寄んなブス」「消えろブタ」とどこで覚えてきたのかわからない汚い暴言をゴキブリを見るかのような目で言われたこともあった。



 無言でブン殴った。


 当時天使と謳われたその美貌を躊躇うことなくタコ殴りした。



 結果泣かして腫らして怒られ散々だった。そして仲は悪化した。解せぬ。




 ………からの、誘拐。


 しかも兄と二人。



 誘拐犯の目的は身代金目当てとまぁ無難というか。一番の印象はすごいせっかちなおじさんだなー。


 まあ目玉が血走ってたから本能でヤバイなと感じて私は大人しくしてた。私は。



 兄はそうはいかなかった。ギャンギャン吠えて暴れて、私が宥めても無視して。



 結果、血反吐吐くまで殴られた。私の目の前で。



 怖かった。やめてと叫んでもごめんなさいと涙流してもやめてくれない。さらに殴られ、私までもが殴られた。小さな頭を掴まれて投げられたってした。


 兄はまだその時の傷が残ってる、頭や体に。一生治らない傷を体と、心にまで。


 そしてそれは私にも。



 二回目の誘拐は私と弟。


 その誘拐犯らも身代金目当て。



 だけど、それだけじゃ物足りなかったのか。単に暇だったのか。犯人の一人が言い出した。


 言い出しやがった。




「この女ワマさねぇ?」




 言ってる言葉の意味はわからなかったけど、悪いものだと男らの欲情を孕んだ目線でわかった。



 暴れた。必死に、文字通り死ぬ気で暴れた。触るな触るな触るな汚い手で触んなロリコンども!って。


 けど弟が盾に取られた。弟にナイフを当てがって脅されたら、大人しくする以外どうすればいいわけ?



 服を破かれ身体中弄られて、屈辱だったし怖かったし辛かったし気持ち悪かったし。最悪だった。


 助けてと叫んだ。



 誰も助けてくれなかった。




 *********





「ああそうだ、お嬢ちゃんの考え通り金目当てさ」



 笑いを堪えながら答える男。


 何が面白いのか本当にさっぱりだ。



 だけど今の状態、どう転がるんだろう。

 震えてもう声も出せない。当たり前だ、一度は頭の隅に追いやって閉じ込めたトラウマが再発してる真っ最中なのだから。


 複数の男。

 耳障りな声。

 …醜い欲情を孕んだ、目。


 あ。



「でもそれだけじゃなくてなあ?…俺らはお前の父親に恨みがあるんだよぉ」



 父?意味がわからないなんで父の名前が、あ、奴の奴らの目がどんどん染まってく。



 ヤバイ、ヤバいヤバいヤバいやば



「だからちょいとばかり協力してくんねぇかなぁ?俺らの頼み、聞いてくれるよなぁお嬢ちゃん!」



 ああ。


 引き裂かれる衣服。

 近づく無数の手、手手手手手手手手手。



 ああ、怖い。もう何もかも動かせない。抵抗さえも脳が麻痺して命令できない。


 また?為すがままに



 助けて。助けてよ。



 誰がまた、






「助けてよハルくん」




 呟きは続けて轟いた轟音に掻き消された。






 曖昧ながら覚えてるのは、悲痛な声で叫ぶ…。



 そんな声、出さないでよ。




 私がまた、守るから。





 *********






 前の二回の誘拐事件。


 あれって最後はどうやって助けられたのかな?



 あー、そうだそうだ。思い出した。


 確か最初の方は殴り疲れたおじさんが休憩しようと煙草吸いながら椅子に座ったところを私がうしろから近づいてタックル食らわせたらその煙草が運良く鼻の穴ん中入って悶絶してるところを近くに積み重なってたダンボール(中身入り)を崩し落とぜば気絶して机の上にあったカッターを拝借してロープ切って自力で脱出したんだったー。


 いやあハイスペックが近くにいたら誘拐されても撃退できるんだね。ものすごい事実思い出したなー。



 …いやいやいや何やらかしちゃってんの私?!



 二回目は?えーっとあー…。


 本番ってところでバイクの大群が突っ込んできて、兄がヘルメットつけないで手を振りながらこっちに………。




 おかしいだろ!?




 おい兄!馬鹿兄!!型破り過ぎるだろあり得ないって!!!

 助かったから結果オーライ?納得できるかっ!!!



 ……世の中には知らなくて良いこともあるんだね。




 あれ。あれれ。

 じゃあ今回は?三回目の誘拐はどう助けられて




「ナツ!」



 ……え。なに。

 誰私の名前呼んでるの?


 ああでもなんか戻らなくちゃって気持ちになるのはどうしてかな?



 それはだって、私。




 まだ謝ってないからでしょ?





 *********





 病院のベットで目が覚めてからまず目に飛び込んできたのは顔の穴という穴から水を垂れ流してる兄のドアップという、イケメン形無しでとても目に毒なものだったから反射で殴ってしまった。


 反省はしてるけど後悔はしてないぞ変質者。



 そして周りを見渡せば他の家族もそんな状態でマジでビビった。兄が喚きながら抱きついてなければ後ずさってたほどに。

 まあその後弟も飛びついてきたから無駄だっただろうと思う。



 その後騒ぎを咎めに来た看護師さんになぜか私までもが怒られ家族退場してから、あの後どうなったのか聞いた。


 誘拐事件は無事解決し、私は数日眠っていたらしい。

 …また最後までやられなかったとも言われた。「本当に良かったわ」と看護師さんまで涙目で嬉しそうに微笑んでくれた。


 因みに今までの誘拐事件後の病院は全部ここです。お世話になってますホント。



 それから次の日には退院できた。



 シャイ過ぎて今の今まで話しかけられなかったとカミングアウトしてきた父は職場を日本に移すそうだ。え?移せるの?てか父の仕事なに?恨まれる仕事してんの?とかいろいろ思って聞いてみたけど父は答えてくれなかった。


 これも知らなくて良いことですか?



 …そして地味に気になる今回の助けられた経緯だけど、聞いてない。てか聞かなくても大体わかってる。




 さあ、さっさと終わらせよう。





 *********





「おかえり我がヴィーナスたる妹よ!」


「ごめんなさい」



 家の玄関を開け彼の声を耳にした瞬間、私は光のごとくその場で土下座した。


 場の空気が固まる。兄は何も言わない。



「え…っとまず立ち上がりなって、な?すごいいたたまれなくなるから…」


「だからもういいよ。私を守らなくていい。」



 私の手に触れようとしていた大きな手がピクリと反応した。



 そう、もう頑張らないでほしい。


 中学の時にされた誘拐の後、男が怖くなった私を守ろうとしてくれた兄。

 助けてくれたのが兄だったから少しはマシでも怖くて嫌でも近寄ることもできなくなった私を、阿呆らしい態度や可愛い髪ゴムとかつけて励ましてくれてた。過度な過保護も守ってくれてたんだろう…いや許せないこともあるけど。


 弟だって本当は私の通う中学校に入学する予定だったのに、わざわざ遠くの全寮制の中学校に通わせてしまった。

 今なら理由がわかる、負担を少しでも減らしてくれようとしてくれてたんだろう。弟が……アキが、一番負い目を感じてたみたいだから。


 母が帰ってくる頻度は増えたけど、父は皆無というほど帰ってこなくなった。



 どこが冷めた家族だ。みんなみんなとっても温かいじゃないか。



 それを私は、一人だけ記憶なくてして。家族のこと蔑ろにして。


 どこまで最低なんだ私は。



「違うよ、ナツ。守られてたのは俺の方だよ。」



 両腕を掴まれて上へ引っ張られる。

 すると兄の懐にすっぽりと収まってる私がいた。



「あの日ナツが役目をくれたんだ。何もやる気が起きなくて、つまらなかった世界をナツが変えてくれたんだ。俺が楽しくて笑えるようになったのはナツがいたからだ。」


 ちょっとやり過ぎな自覚はあったけど、とバツ悪そうに呟く兄の声を耳元で聞きながら私は驚く。



 ……兄が普通の喋り方をしてる。



「ていうかナツまたうしろから襲われただろ?うしろに気をつけろって言ったのに。死角だから仕方ないとは思うけど…だから今度は俺が守るよ。ずっと守る。ナツが気に病むことじゃないよ、な?」



 だから俺の役目を取り上げないでよ。



 そうまた泣きそうな声で告げる兄を情けなく思いながら、妙に納得してた。



「うん」



 やっぱ守られてるのは私なんだな…。





 *********





 私の兄は完璧でした。


 今やストーカーへと堕ちました。


 けれどもやっぱり私の兄はいつまでたっても優しくて完璧な兄だったのでした。













「ところで助けに来たのって兄さんだよね?なんで場所わかった?」


「……………ええっ?Pardon?」


「無駄に発音いいのムカつくな!くっそ今度はどこに仕掛けたんだよGPS!!!」


「ちゃんと『助けてよハルくん』ってのも聴いてたよ!ねえもうハルくんって呼んでくれないの?」


「盗聴器もかぁぁぁ!!!」





 やっぱ下衆野郎でした。




雑であっさりとした終わりとなりました。色々裏設定とかあるのですが…一応終わりです。拙い文章を読んでくださった方ありがとうございました。

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