心機一転
音もなく現れたのは三人の黒装束、其々顔に《顰》、《獅子口》、《橋姫》の能面を付けていた。
彼女が所属する日本で国家術師軍を除いて三番目の規模、3千人の術師を持つ組織の一つ、《忍隠れ里》の部下たちである。
「ありがとうございます。この情報は頭領にも伝えて下さい」
『御意』
「志衛殿、お話があるのですがよろしいでしょうか?」
「承りましょう」
通信の相手は二重授名者、伊勢神宮のトップ
〝八剣三鏡・HI(卑弥呼・斎王)〟である。
「先程、神宮内に侵入者があったそうです」
その言葉に御堂、そして背後で聞き耳を立てていた四十九院の全身に殺気染みた緊張がはしる。
それだけで辺の樹々がざわめき、大気が張り詰める。だが、それも次の言葉で収まった。
「賊には逃げられましたが、幸い怪我人、犠牲者はいません」
「賊の狙いは宝具か?」
英国の倫敦を通る本初子午線を基準に十二時間置きに起動するのが、地脈と龍脈を利用した
〝瞬間転移陣〟である。
「恐らく。〝三種の神器〟を強奪するつもりだったのでしょう」
〝三種の神器〟とは《八尺瓊勾玉》《天叢雲剣》《八咫鏡》の日本における三大宝具である。
「警備の者を常駐させましょう。取り敢えず、廿六木姉弟には待機をお伝え下さい」
〝廿六木彰子・E(役小役)〟
〝廿六木達哉・Y(倭建命)〟
「神宮内における対術師用結界の強化を考えなければな」
「そうやね」
相槌の主はどこからとこなく取り出した(陰陽術流の圧縮空間)ステンレス製ウィスキーボトル
を空にし、続いて濁酒の瓶を片手に掛けていた。
山積みの責務に加わる新たな仕事を考えると(決して御堂が仕事に手を抜いている訳ではない)
疼痛がしてきた御堂は同じく圧縮空間から煙管を取り出し(葉巻、煙草、煙管を常備)、火皿に薬
草多めの刻み煙草を詰めると燐寸で火を点け、口元に吸い口を充てた。紫煙を口内で噛み潰しゆ
っくりと吹き出す。
『それと、西洋魔術協会から連絡があり、明日の会議は協会本部・倫敦から煉道会本部・上海へ変更になったとのことです』
「それは又急ですね」
『はい、何でも協会本部のある倫敦では最近魔獣の出現数増加に伴い〝屍喰鬼〟の出没が頻繁に確認されていますので万が一を考えて議場の変更をと』
「〝屍喰鬼〟が?」
〝屍喰鬼〟は、人だけを喰う二足歩行の魔獣だ。数いる魔獣の中でも畏怖、嫌悪する。醜悪な見目に加え強靭な肉体と類人猿に比肩する高い知能を持つ。獲物を殺し皮を剥ぐ、まではまだ可愛い方だ。彼らは死姦癖をもつのだ。
「協会も心配しすぎやろ。集まるの全員トップクラスの術師やで」
「協会から連絡がありました。エデンの園、暗殺者教団、大規模な魔獣の発生について、三者の関連性についてです」
「関連性?」
「ええ、エデン、教団は人間と敵対する所属と同盟を組んだそうです。教団と同地区に基盤を持つアルケミーが彼らの殲滅に乗り出しましが時すでに遅く、教団本部はもぬけの殻だったと。
エデンの本部は不明ですし」
「彼らの目的は何なんやろな?悪役らしぅ世界征服とか?」
「で、それが今回局所的に勃発している魔獣の大発生と何の関係がある?」
「教団の三幹部、ハサン・サッバーフ、ジルド・レー、jack・the・Ripperの授名者がイタリア南部、シチリア島北東部で目撃されたそうです。恐らく彼かはエトナ山の地脈と龍脈になんらかの細工をしたのかと、あそこには龍脈が集中しています。その弊害が各地に現れているのでしょう」
「何故そんなところで?」
「目的行動詳細は一切不明です」
「まて、エトナ山だと?」
「何や、志衛君なんかわかったんかいな?」
「《二又の悪竜》と《怪物の真祖》をあそこには二重封印してある」
「完全に後手やな」
「四十九院、聞いての通り、俺と宮柳は明日いっぱい此処を空ける。頼むぞ」
「あんま、期待せんといてな。僕、プレッシャーに弱いんやから。けどまっ、大丈夫やろ。最近は妖族たちも豪い大人しいもんやし、これも刺刀君が〝妖王白面金毛九尾〟を倒してくれたからやな」
「できればリザに会いたくない。犬猿の仲、ジェンダーフリー、同性愛者、バイセクシュアル」
「妖王ではない、元妖王だ。それに、百鬼は九尾を殺してはいない」
「現、妖王は〝鵺〟だ」
「眷属化やろ?そっちも方が凄い思うけどな。」
「刺刀殿のことですか?」
忍の一員であり、情報戦も得意とする宮柳は脳裏に三年前の彼の情報を思い浮かべる。
《極東の異端児 刺刀百鬼・S》
存命ならば今年で年齢二十六歳、身長百八十一cm、体重七十八㌔。
日本に四人しか存在しない二重授名者、御堂志衛の一人目の弟子、十歳にして《悪魔七二柱》
を従え十五歳で忍術を極める。十九歳で当時、極東術師軍が交戦していた妖族の王、白面金毛九尾を討伐し眷属化。二十三歳の時に十八回の激戦のすえ単独で《純血の吸血王 ウラド三世》を討伐。続いて《白銀の孤狼 ネブカドネザル二世》との討伐に赴くも、交戦前に突如として行方不明に、それからの《極東陰陽寮》には定期的に連絡があったものの一向にして所在は掴めず実に三年になる。
《異端》の名を冠するのは彼が異色の経歴を持つと伴に、異族に加担する事が度々ありソロモンの名を継いだことがは非常に稀有なことであるからだ。授名者の霊名及び真名は術師本人の出身国、英雄に限定されるわけではないが、極東は例外的であり初の事だった。故に付いた異名が〝異端児〟である。三年前瑞士を襲った万を越える魔獣の軍勢を己一人で左腕を犠牲に退けた事から《HAND ONE》《バーゾンの英雄》とも称される。
本人にとっては迷惑千万な話し││かと思いきや、彼は然程気に留めていなかった。
「彼は今どこで何をしているのでしょうか?」
「わからん。が、あの馬鹿弟子のことだ、またどこかで人助けでもしているのだろう」
「やろうなぁ」
「さて、じゃあ此方もそろそろ逆転の策でも考えよか」
嗜虐的な笑とともに四十九院が口にしたその台詞に御堂と宮柳は鷹揚に頷きを返した。