孤独なケンタウロス
誰もいないベッドが脇に並ぶ宿舎の中で、私一人、椅子に座りながら箱を開けると、タオルやシャツの衣類に私の好きな本が入っている。大切な物はトランクに、それ以外は小さな収納庫に・・。こうして何かあった場合最低限の持ち物は素早く手に取れるから・・。
私が軍に入ってこれが初めての送りものだったのかもしれない。巣立ちする娘にはしっかり自立してもらうべきと言うものなのかな。
よし、今日も頑張ろう。
次の日の朝は晴天で明るい太陽が寒さの変わりに温もりを私達に与え、士気や気分も皆と一緒に漲る感じがする。
今日は哨戒と言う事なので私はいつもの飛行場へ向かうと、見ないパイロットとその軍人が3人いる。ドイツ空軍じゃない・・。
「こんにちは」
ドイツ語で挨拶した、黒い髪の女性は笑顔で私に手を振る。困った私は作り笑顔で振り返し、滑走路に並べられた愛機に乗り、バンドやベルト、落下傘を着用しながら彼女を眺める。
どこから来たんだろう。カーキ色の飛行服に軍服。同盟国から?それにしては随分と顔が違うし、目の色も違う・・。
咳を吐いたエンジンが始動すると黒いプロペラは風車の様に緩やかに回転し、次第に黒い円を作るかのように早く動いた。沢山の計器から地震計の様に針があちこち生物の様に生きている。
よし!異常なし!
「アンネ機異常なし、発進準備よし」
『了解だ。アンネ少尉。今日はハンナ大尉と哨戒だ』
『列機?いりません私だけで大丈夫ですから』
飛行帽の無線越しからハンナ大尉の声がした時、私は左を振り向いた。戦闘機1機が緩やかに滑走路を走っていくとエンジンの排気口から黒い煙を引っ張りながら、黒迷彩を施した翼は青い大空に向けて小さく消えていく。
口を開けて唖然とした私は我に戻ってこれからどうするか指揮官に聴くと『とりあえず待機所に行ってスクランブル待ち』と言われ、なんともどう思えば良いか分からないまま私は座席を外し、古びた灰色のレンガ製の施設向かって芝生を歩いた。
指揮所隣にある待機所は空襲サイレンが鳴った時素早く出動し、敵の迎撃を行うパイロットがいる場所なんだけど・・・。
少し茶色の痛んでいる木製のドアを引き開けると「臭い・・」息苦しくなるタバコの匂いで溢れかえって窓からは風が流れるように入りこみ、薄っすら浮かぶ白い煙を飛ばし消す。テーブルを囲むように賭け事をするパイロットや、椅子に腰をかけてタバコと新聞を読む人・・、居眠り・・。とりあえず戦ってるんだからこれくらい許されてもいいのかなと私は思った。
上官の女性の隣のベンチにお尻をつけて、壁に張り付けされた時計を見つめる。ゆっくり、時間の流れは、騒ぎに混じってかすかに聞こえる秒針のコチコチと言う音だけが私の耳に入る。こうして待ってる間にも東部戦線、アフリカ戦線ではドイツ軍が死闘を広げ連合軍を抑えている。
「吸う?」
「え、あの私タバコ吸えません・・」
「ああそう・・。そう言えばあんたぁ、ハンナと哨戒する奴じゃなかった?」
タバコを美味しそうに咥えて話しかけてきたのは階級中佐の戦闘機パイロットの女性だ。年齢も私より高そう。短髪の黒に赤の瞳を動かしながら新聞記事を眺めている。頬には切り傷の様な跡が。
きっとたくさんの敵と戦ったんだろう・・。
「いえ・・急に発進したので私は一応・・スクランブルの待機と言うか・・」
呼吸を受け付けないタバコ独特の煙を口から吐いた中佐の女性は、
「あいつは私の列機にいたんだがなぁ・・。悲しいけどな、ハンナに親しい人間の奴らが戦死してねぇ」
「酷いくらい自暴になってる。何せ、敵をいっぱい落として、早く戦い終わらせて・・それにしか脳が無い。手が出せずに皆ほったらかしてるよ。従えば中隊長になれる能力があるのに・・もったいないなあ」
残念そうな顔で咥えたタバコを灰皿の上で潰し、「暇だから私とゲームをしよう」と言われ私も暇だったのこれに同意。
テーブルにセットされたモノクロの板、言わばチェスで時間つぶし。
只やるだけではつまらないので、お金を賭ける。
「それじゃ私の勝率はこれくらいっと・・」
ポケットから1000マルクを10枚乗せるたので、私は小銭3枚、30ペニヒの金貨をテーブルに束ね置いた。勝てる自信がないからだ。
勝ったプレイヤーが用意したお金をすべて取る事の出来るルール。先行の私は小さな黒駒を動かしながら相手がどう来るか頭の中でシュミレーションする。
『敵爆撃連合、ベルギー方面に向かう。敵と交戦中、至急増援要請する』
待機所の無線から聞こえたハンナ大尉の声に静まった隊員ら。
『繰り返す。敵爆撃連合ベルギー方面へ向かう。敵戦闘機隊と交戦中。至急増援求む』
隊員達が慌しく待機所から飛び出し、飛行場へと走っていくと、暢気にお金をしまう中佐はなぜか微笑んでいた。
こんな状況なのに、どうして微笑んでいたのだろう・・?
灰色のコンクリート製の掩蔽豪から次々に戦闘機が動き始め、各機が離陸をはじめていた。
私の機は事前に点検を終えていたので誰より早く乗ることができて、また発進もできた。
高度4000m。
敵はすでに内陸に入られたのことで、緑の大地には戦闘機隊が編隊を組んで敵の爆撃連合の迎撃を始めようとする。
青空の真下、覆いかぶさった雲から日光が差し込む。編隊達は機種を上向けて、視界の良い雲の真上目指して上昇をすると、周りは白くなって友軍機が見えない。これほどだと「明日は雨かな」と思ったけどそれ所じゃない。
雲から出た。あっという間である。せいぜい2分足らず。
私の大好きな空はいつも蒼い。とても嬉しく、エレーナ大尉も見守ってる・・。負けてられないぞ。
計器は高度5500mを示している。少し意気が出来ないので、酸素マスクを着用。
厳重な見張りに一瞬だけ光の矢が目に刺さった!左の方向に黒ゴマの様な物体が無数にも動き回ってる。ハエが何かにたかっている様にも見えた。
『ハンナめ、無茶な事を・・。アンネ少尉と私の列機はこのまま戦闘機を叩く。他は爆撃機を頼む』
スロットルを開き、エンジンは唸り鳴きながら機体の速度を増し、目に入った狙いやすい敵機を補足し機銃発射機に指を添えた。
敵は気づいていない。ハンナ大尉に釘付けだ。
まだだ・・。よし、ここだ!
丁度真後ろにお尻をだした敵機が照準内に入った。これぞとばか、力込めた指で引き金を押した。
綺麗な黄線は敵の尾翼に飲まれ、敵機は黒い破片を飛ばしながら地上真っ逆さまに落ちていく。
空戦の渦の中で、見る敵機は同じホーカーハリケーン、スピットファイアだ。
幸いに私に気づく敵機がいない。チャンスだ!
漆黒の尾を引っ張る戦闘機が1機いる。ハンナ大尉の戦闘機だ。
近づけさせないぞと心の中で言う。
ホーカーハリケーンがハンナ機の真下から攻撃しようと、茶色と緑の迷彩柄の機首に機銃を発射。強力な20mm弾は敵機を撃ち砕いてたちまち爆砕。見事な一撃。
とにかく引きつけないように、損傷したアンネ機を空戦空域から離脱させて様子を伺う。
弾痕は特に無く、止まらずに漏れる黒煙だけが彼女の機の状態を教えている。
あ、故障か!
「ハンナ大尉、自力で基地まで戻れますか?」
応答が無い。大尉は悲しそうな顔で私の顔を見て、『お前もそうやって・・私を独りにするのか』と返事が来た。
察した私は接せる人が彼女に居ない。言わば孤独なケンタウロスになっていた。
強がってるのも隠している理由だったのかもしれない。
「大尉は独りじゃないです・・。今、私が居るじゃないですか」
『今だけじゃないか・・。私は長く居られるだけでも・・』
「基地に還れば皆が待ってます。長く、ずっと・・居られます」
こんな無線のやり取りをしているとハンナ大尉は小さく頷いて『ランカスターをやってこい』と答え私は不思議と嬉しい気持ちになった。
すでに爆撃機は逃げ腰になっていて目標になっていた工業地帯の被害は少なからず済んだ。
そして太陽が真上から見下ろす時間の正午に基地に戻り、地上に降りた私は指揮所で報告。
どうやら大尉の機体はだいぶ連続して使っていたため不具合が出たらしい。でもこのくらいは小さなことで、大きな事といえば私が以前、着陸ミスをして機体丸々壊したほうが大きかった。




