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麗龍学園生徒会  作者: 穂兎ここあ
夏休み編
96/410

84 仲直りと救世主

 しばらくしてやっと泣き止んだ功利は、申し訳なさそうな顔をしていた。しどろもどろに芽榴に謝る。自分でも、その謝罪が今までの芽榴に対する態度や言動に関してのものなのか、それともいきなり泣いてしまったことに対してなのか、その両方なのか、よく分からなかった。


「ね、功利ちゃんも花火見るんでしょ? 一緒にみんなのところに行こう」

「は……はい。あの……楠原さん」

「なに?」

「私がいても……いいんですか? 私のこと嫌いでしょう? 本当にどうしようもないし……」


 功利は睫を伏せる。芽榴に嫌われても文句は言えない。自分がずっと「あなたが嫌いです」と言い続けたのだ。にもかかわらず今になって「芽榴のことをちゃんと知りたい」なんて、自分がどれだけ勝手なことを思っているかは功利にも分かっていた。


「嫌いじゃないよ。私が嫌いなのは……誰とは言わないけどたとえば初対面の女の子にいきなりキスしようとしたりするような嫌味なナンパ男とか、かな」


 芽榴は具体的に告げる。約1名、ラ・ファウスト学園の不埒な遊び人で有名な男子がクシャミをしたことは間違いない。

 もちろん功利には誰のことを言っているのかは分からず、「は、はぁ」とあいまいな返事をする。


「それに、嫌いなら一緒に行こうなんて言わないよ」


 芽榴の言葉に、功利は顔をあげた。

 芽榴はやっぱりいつもの気取らない態度で笑っていて、どうしてもっと早く認めることができなかったのかと後悔の言葉しか功利には浮かばなかった。


「楠原さん……」

「あぁ! いた!! こっちだよ!」


 功利が芽榴についていこうと足を動かした瞬間、先ほど芽榴が追い払ってくれた女の子たちが戻ってきた。それも、後ろに見るからにガラの悪い男子を連れてやってきたのだ。


「そんな……っ」


 その様子を冷めた様子で芽榴は見ている。一方で功利の顔は青ざめていた。

 功利の中学でも不良で有名な男子たちなのだ。


 昔の功利なら怖がることはなかった。

 でも今の功利は無力で、ただ彼らを怖がることしかできない。


 やっと芽榴と分かり合えそうだった。

 でも、自分のせいで他人を巻き込んで、また一人になる。芽榴を怪我させたら今度こそ有利にも見放されてしまうかもしれない。


 一瞬で功利の頭の中を負の考えが渦巻いた。


「……っ」


 そんな功利の前に小さな背中が現れた。

 芽榴が功利の前に堂々と立って、女の子たちと不良男子を見つめていた。


「こいつだよ! 邪魔したの!」

「そうそう! この子もボコボコにしてよ!」


 女の子たちが芽榴を指さして叫ぶ。


「ちがうっ! この人は関係な……」


 功利が何とか芽榴を庇おうとするが、それを止めたのは他でもない芽榴だった。


「功利ちゃん。この場は私に任せてさ、できればみんなを呼んできてくれる?」


 芽榴は功利にだけ聞こえるような小さな声で言った。それはつまり芽榴を置いて行けということだ。

 もちろん功利は首を横に振る。


「そんなことできませんよ! 私が残りますから」

「功利ちゃん、ボコボコにされちゃうよ?」

「それは……楠原さんが残っても同じじゃないですか……」


 功利が眉を顰めると、芽榴は「同じじゃないよ」とケロッとした声で言った。


「大丈夫。功利ちゃん、一つ言うと私は別にイイ子じゃない。だから」

「ごちゃごちゃ喋ってんじゃねーよ!!」


 一人の不良男子が芽榴に向かって殴りかかってくる。思い切り振り上げられた拳が芽榴の頬におりてくる瞬間、功利は目をつむった。


 ズササッ


 人が倒れこむ音がする。

 功利は泣きそうな顔で目を開けた。

 しかし、倒れている人物を見て功利は目を見開いた。


「な、なんだよ! この女!」


 芽榴に殴りかかった男子は芽榴の足元で気を失っている。

 男子の拳を避けた芽榴はそのまま男子の首根っこをチョップして気を失わせたらしい。


 唖然としている功利に、芽榴は手をポキポキと鳴らしながら再び声をかけた。


「私は自分より強そうな相手に向かっていこうなんてカッコイイことはしないよ。てなわけで、呼んできてもらっていー?」


 芽榴がニコリと笑う。まだ躊躇していた功利だが、もう一度芽榴が「早く」と言えば自然と走り出していた。


「うっわー。見捨てられてんじゃん」

「かわいそう」


 女の子たちが笑いながら芽榴を見る。

 しかし、芽榴はそんな彼女たちを鋭い眼差しで睨み返す。

 爆笑していた女の子たちも、芽榴に襲いかかろうとする不良男子たちもその瞳に少し怯んでしまうのだった。


「前言撤回。私が嫌いなのはこーゆう人たち」


 芽榴はそう言って笑った。










「芽榴ちゃん……遅すぎる」


 河原では、風雅が忙しなくウロウロと一人で歩いている。狐の面をつけてそんな行動をされては逆に目立つ。


「少しは落ち着いたらどうだ」


 翔太郎はそう言って、風雅を見る。そして彼の姿を見て翔太郎は目を細めた。


「もっとマシな面はなかったのか」

「これ、芽榴ちゃんが選んだんだよ」

「……」

「楠原が選んだだとっ!? 俺も欲しいくらいだ!」


 翔太郎の隣で来羅が楽しげに無言の翔太郎にセリフをあててみる。もちろん、翔太郎は来羅の頭をすぐに叩いた。


「いったぁい!」

「貴様がくだらんことを言うからだ」


 ムキになるところからして、少しは来羅のあてたセリフはあっているのだろう。


「でも……そうですね。お手洗いにしても少し、遅い気がします」


 有利だけが風雅の不安に同調してくれた。思い悩む風雅と有利を見て、来羅と翔太郎は溜息を吐く。


「蓮月はともかく藍堂まで過保護すぎる。楠原がこの光景を見たら呆れるぞ」

「ほんと。女の子にはいろいろあるのよ。ちょっと来るのが遅いからって詮索するのは無粋」


 芽榴はナンパされるようなとびきり可愛らしい子でも、軽そうな子でもない。それは役員もみんな分かっている。それに、芽榴ならナンパされても軽々と潜り抜けるだろう。

 何よりこの河原は有利が見つけた人があまり寄り付かない花火スポットなのだ。芽榴の行ったお手洗いからもそう遠くはないし、何かあったなら気づくに決まっている。


「確かにそうなんだけど……」


 風雅は納得しながらもいまだ不安そうな顔をする。しかし、次に有利が発した言葉でみんな考え込んでしまうのだった。


「功利も、まだ来ないんですよね」


 もうすぐ花火が始まる時間になる。さすがに2人とも顔を出さないとなると、4人のあいだに緊張が走った。


「その辺りでも見てくるか……」


 翔太郎は立ち上がる。他の3人も辺りを少し探してみようと動き出す。


 すると、4人の元にものすごい足音が近づいていた。


「あー! 功利ちゃんだ!」


 風雅が自分たちのほうに走ってくる功利を指差して叫ぶ。

 みんなで自分たちのほうに向かってくる功利に駆け寄った。


「功利、遅かったじゃないですか。どうし…」

「楠、原さん、が……!」


 息切れしながら功利が伝える。

 芽榴の名が出た瞬間、4人の顔が強張った。


「私の、クラスの、不良に囲ま、れて……みなさんを、呼んでって、一人で……森の奥の、開けたところに……」


 功利がそこまで言うと、有利は功利の頭をポンッと優しく撫でた。


「ありがとうございます、功利」


 功利は目を見開く。

 顔をあげた功利の目の前にもう有利はいない。一足先に有利は駆け出していった。


「私たちも行きましょう」


 来羅が言い、風雅と翔太郎も頷く。

 息切れしている功利にあわせて3人は少しだけゆっくり走った。といっても浴衣は元々走りにくいため、ふつうは自然と遅くなってしまうものなのだが――。


「みなさん、すみません。早く、行きたいですよね……。私のことは考えずに……」

「何言ってんの。功利ちゃんも危ないっしょ」


 隣を走る風雅が振り向きながら言う。


「そうそう。それに有ちゃんが先に行ってるんだから私たちが着くころには事が収まってるだろうし」


 来羅が笑いながら付け加えた。みんな芽榴が不良に囲まれていると知ってもそれほど慌てていないことに功利は驚きを隠せなかった。芽榴はみんなに守られていると思っていたから。


「楠原は無理はしても無茶はしない。貴様を俺たちのところに寄越す余裕があるということは、問題ないと知らせているようなものだ」


 翔太郎の言葉に風雅と来羅はうんうんと頷く。


「でも、だからって……2人は遅すぎだよ!! もっと早く走って!」


 風雅は後ろを軽やかに走る来羅と翔太郎を叱咤する。しかし、2人は「浴衣着てるんだからこれが全力だ」と逆に風雅に怒鳴るのだった。








 森の中では芽榴が手についた埃を払うようにパンパンッと手を鳴らす。


「や、やばいじゃん。この子、信じらんない」


 芽榴の周りで倒れている男子たちを見て女の子たちが青ざめながら言う。

 芽榴はふーっと一息つくと、功利をいじめていた女の子たちのほうに歩み寄った。


「な、によ。あんた、藍堂さんなんか助けてばっかじゃない? あんな子」

「功利ちゃんは確かにいい子じゃないかもしれないけど、悪い子じゃない。それに、あなたたちが言えた話じゃないでしょ?」


 芽榴は冷たい目で女の子たちを見つめる。

 その瞳に耐えられなくなった女の子たちはヒッと声をあげて急いでその場を去って行った。


「さて、と……河原はこっちのほう、だっけ……」


 みんなのいる河原へ向かおうと後ろを振り返って、芽榴は立ち止まる。


「どこの不良少女が暴れたらこうなるんだい?」


 芽榴はその声と暗い森の茂みから現れた人物を見て苦笑する。

 そこにいたのは颯だった。祭りには来ないで、有利の家にいたはずの彼が今ここにいることに、芽榴は驚きを通り越して笑みをこぼした。


「神代くん……。来てたんだ」


 風雅のおかげか、颯がいつものように優しい表情で話しかけてくれたからか、芽榴は目をそらさずに颯に言葉を向けることができた。


「今、来たんだよ」


 颯はそう言って、間抜けな顔をして倒れている少年たちの顔を覗き込み、溜息を吐く。


「芽榴に手を出すなんて……意識があるならもっと痛い目にあわせるところだけど、命拾いしたね」


 さりげなく恐ろしいことを言う颯を見て、芽榴は肩を竦めた。

 そんな芽榴に、颯は少年たちに向けていた視線を移した。


「でも……本当に、分かってないね。芽榴」


 颯の瞳が芽榴を捕らえる。

 芽榴の顔が緊張で強張った。颯が何を言い出すのか、それが芽榴にどんな感情を与えるのか、芽榴には予想もつかない。


 颯は芽榴に近づいてくる。

 芽榴の前に立ち止まった颯はしばらく芽榴を見つめ、そして彼女の腕を掴んだ。


「君は確かに強いけど、でも」


 颯は掴んだ芽榴の腕を引っ張り、芽榴を木の幹に押し付けた。颯の力は強くて、さすがの芽榴でも振り払うことはできなかった。


「女の子だ。男の力には勝てないこともあるということを覚えておいて」


 颯はそう言って、芽榴の腕から手を離した。しかし、颯は芽榴の目の前にいて、芽榴は解放されてもなお、木の幹からは離れられずにいた。


「神代く……」

「芽榴」


 芽榴が何かを伝えようと、颯の名前を呼ぶ。しかし、それを遮って颯が芽榴の名を呼んだ。その意図を組んで、芽榴は口を閉じて颯の言葉を待った。


「僕はね、芽榴のそういうところを気に入っているよ」

「え……」


 突然の颯の言葉は芽榴には理解できなかった。


「僕の想像を容易に越えてしまう。今だって、まさか不良全員を気絶させてるなんて思わなかった」

「……もしかして、助けにきてくれた?」

「もちろん、そのつもりだったけどね」


 颯は苦笑する。「無駄足だったみたいだ」と言って肩を竦めた。

 そんな颯を見ていると、忘れてしまいそうになる。芽榴には颯にちゃんと言わなければならないことがあるのだ。


「神代くん」

「……何だい?」

「酷いこと言って、ごめんなさい」


 一際強い風が駆け抜ける。木々がザワザワと騒がしく鳴った。


「でもね、私がここにいるのはやっぱり偶然で、だけどそれは当たり前のことで……でも私はここにいるから……。えっと、だから、何が言いたいかって言うと……」


 頭の中では言いたいことはまとまっていた。でも言葉にすると全部バラバラになる。自分でも言っていることがメチャクチャだと分かって、芽榴は深呼吸をした。落ち着いてもう一度口を開く。


「私じゃない誰かかがいるなんて考えてもムダで、今私がいるこの場所は私のものなんだって、それだけは自信持たなきゃダメだよね」


 それが芽榴の出した答えだった。

 風雅に言われて、自分なりに見つけた思いを颯にぶつけた。


 その真っ直ぐな瞳を受ければ、たとえそれが間違っていても颯に否定することなんてできなかった。


「本当に、芽榴は僕の調子を狂わせる天才だ」


 颯はハハハと笑って片手で顔を覆った。「神代くんこそ」と芽榴が言うが、颯は首を横に振る。


「芽榴。僕からもちゃんと言っておくよ。もう君が不安にならないように」

「え?」

「僕にとって、芽榴は特別だよ」


 颯は芽榴の頭に触れ、そのまま自分の胸に引き寄せた。

 この格好はお互いにとってあまりよくない。誰かに見られたら特に厄介なことになる。そう分かっていても、芽榴にはそれを振りほどくことができなかった。


 初めての喧嘩も初めての仲直りも芽榴にとって、とても甘く切なく未知の世界だった。

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