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麗龍学園生徒会  作者: 穂兎ここあ
夏休み編
93/410

81 夏祭りと狐少女

 合宿最終日、空が薄暗くなり始めた頃に芽榴と風雅、来羅、翔太郎、そして有利が花火大会のある場所へと向かっていた。


「今年も人多いわねぇ」

「ウンザリするレベルだな」


 来羅がうちわでパタパタと仰ぎながら周囲の様子を見て呟く。それに同意しながら翔太郎が腕を組んで不機嫌に歩いていた。


 確かに祭りだから人は多い。しかし、理由はそれだけでないと芽榴は確信していた。


「ねぇ! あそこの人たち超かっこよくない!? 特にあの人!」


 自分のそばにいる男の子たち、そして特に自分の隣で楽しそうに話してかけてくれる男子にこの混雑の原因があることを芽榴は分かっていた。風雅を短期でモデルをしていた『蓮月風雅』だと気付く者も何人か出てきた。

 有利の母によって役員全員が浴衣を着せられているため、彼らを見つめる視線はいつもの倍の熱を持っている。


「神代くん、来ませんでしたね」

「放っておけ。神代は神代でやることがあるのだろう」

「そうそう。それより功ちゃんも一緒に来ればよかったのに」

「功利は少し用事があるらしく、後で顔を出すと言っていました」


 後ろでは日常会話が弾む。

 周囲の人にヒソヒソと話されることに慣れているのか、役員はあまり気にしていない。

 芽榴の隣を歩く風雅は芽榴との会話に熱中して他は眼中に無いとでも言いそうなほど嬉しそうに笑っている。

 しかし、役員たちが気にしなくても周りの好奇心は消えるどころか増していく。


「芽榴ちゃ――わわわっ!!」


 風雅が芽榴に話しかけようとした瞬間、それを遮るように風雅の目の前に女の子たちが集まってきた。


「わーお」


 芽榴はのんきな声をあげ、後ろを振り返る。しかし、背後にいた翔太郎たちも女子たちに囲まれていて姿が見えない。


「あらら……」


 芽榴は人ごみの中ポツリと立ち尽くす。一人でどうすればよいのかとなぜか冷静に考えていた芽榴の腕を誰かが強く引いた。


「るーちゃん」


 芽榴を少し暗い木々の影に連れ込んだのは来羅だった。

 来羅は有利と翔太郎を盾にうまく女子の群れを撒いて芽榴のもとにやってきたらしい。


「やっぱりみんなで浴衣着たから目立っちゃったわね」

「いつも以上にねー」


 芽榴が人集りを見て笑う。海水浴でも水着姿の役員を女子が囲んでいたが、今回の浴衣姿はそのときよりもはるかに人気が高いようだ。


「これは分散したほうがいいと思うのよね」


 来羅の意見に芽榴も賛成した。みんなで行動していたらいつまでたっても前には進めない。


「どーいう組み合わせで分散するの?」

「とりあえず、有ちゃんと翔ちゃんが今一緒に囲まれているからあの2人がセットで……でも、翔ちゃんは女嫌いだし、有ちゃんは暴走したら手が付けられないから……。私が2人のほうに行くとして、るーちゃんにはあのお困り男子をお願いしていい?」


 来羅はそう言って1人で複数の女子に囲まれている風雅を指さした。来羅の決め方は理に適っているし、芽榴も異論はない。


「じゃあ、落ち着いたら合流しましょ」

「落ち着いたらねー」


 芽榴はハハハと笑った。美少年を前に、人集りが落ち着くことはまずないだろう。

 芽榴がそんなふうに考えていると、来羅が芽榴の髪の毛をサラッと梳いた。


「ほんとは私がるーちゃんと回りたいのに」

「みんなが人気あるから悪いんだよ」

「こんな可愛いるーちゃんと二人きりで回れるなんて風ちゃんにはもったいないプレゼントだわ」

「何をおっしゃいますか……」


 女装した来羅が浴衣を着たほうがはるかに可愛いだろう。


「残念だなぁ」


 ハァーっと大きな溜息を吐く来羅に芽榴は困り顔で笑った。


「私が決めたんだし、仕方ないわ。じゃあ、あとでね。るーちゃん、ごめんけど頑張って」

「うん。来羅ちゃんも」


 芽榴は来羅に手を振り返す。そして、自分とお祭りを回ることになった男の子のほうを見て肩を竦めた。


「蓮月風雅くん!?」

「きゃあ、生だー!」

「会ってみたかったのー!」

「あ、どうも。えと、ハハハ、ありがとう」


 相変わらず風雅は女の子に対しての態度にそつがない。翔太郎も少しはそれを見習うべきなのだろうが、今の場合は少しくらい扱いが雑な方が困らずに済むのに、と芽榴は思っていた。

 しかし、それができないのが風雅だということも芽榴は理解している。

 どうしたものかと芽榴は近くにいくつかある屋台に目を向け、その中の一つを見てポンっと何かを思いついたように手を打った。









「楠原さんと蓮月くん、大丈夫ですかね」


 有利、翔太郎、そして来羅は人混みを掻き分けながら前へと進む。声をかけてくる女の子たちを来羅と有利で適当にあしらいつつ、花火が綺麗に見える河原へと向かっていた。


「せっかくるーちゃんと2人で祭り回れるのよ? さすがの風ちゃんもそんな機会を無駄にするほどバカじゃないわ」


 有利の問いに綿菓子を食べながら来羅が答える。翔太郎は来羅の答えに不満そうな顔をしていた。


「分散案に異論はないが、どうして楠原と蓮月をペアにした? どう考えても楠原が大変だろう」

「なぁに? 翔ちゃんがるーちゃんと回りたかった?」

「そんなことは言っていないだろう!」


 ムキになって怒る翔太郎を有利が宥める。しかし、有利も翔太郎と同意見だった。


「大変なのに変わりはないですけど、蓮月くんよりも僕たちの誰かといたほうが楠原さんに迷惑がかからない、という意見は僕も同じです」

「今は、るーちゃんも風ちゃんみたいな単純おバカと一緒にいたほうが気が楽だと思って」

「どういう意味ですか?」


 来羅がボソッとつぶやいた言葉に翔太郎と有利は首を傾げる。2人には来羅の言葉の意味が分からなかった。


「皇帝さまのご機嫌斜めの理由知ってる?」

「いや……楠原なのか?」

「その通り」


 来羅は頷いて、綿菓子を翔太郎に向けた。


「だから無邪気に1人でも騒ぎだしそうな風ちゃんがそばにいたほうがるーちゃんも気がまぎれるし、素直に楽しめるでしょ?」


 来羅は「名案でしょ?」と言ってフフンと笑う。そんな来羅を見て翔太郎と有利は困った顔をした。


「僕と葛城くんがはしゃがないのは納得ですけど……柊さんでも、楠原さんを元気づけることくらいできるでしょう?」

「とんだお人好しだな」


 翔太郎が来羅の頭をポンと叩いた。


「別に。風ちゃんに負ける気しないだけよ」


 来羅はそう言って微笑んだ。

 自分の大切な人たちが喜ぶ方法を考える。自分が後回しでも彼らが喜ぶならそれでいい。そういう考え方は来羅の美徳でもあるが、少しくらい狡くなってもいいのではないかと翔太郎は思うのだった。









 風雅は女子に囲まれていた。芽榴のもとに行きたいのに前は見知らぬ女の子たちばかりだ。

 もう自分のことを置いてみんなと屋台巡りをしているかもしれない。風雅は半ば芽榴とお祭りを回ることを諦めていた。

 目の前の気合いの入った普通に可愛い女の子たちを前にいつもの愛想笑いを振りまいていたときだった。


「ちょ、押さないでよ! え……」

「何? 狐……?」


 突然、狐のお面をつけた浴衣の少女が人集りをかきわけて風雅の前に現れた。


「狐……?」


 突然割って入ったその少女に皆不思議な顔をする。風雅も唖然としていた。その隙に少女が目の前の風雅の腕を掴んでダッシュした。


 狐のお面を付けた少女は浴衣なのに並の女子とは思えない速さで走る。風雅は手を引かれるまま、その女の子の速度にあわせて走った。ファンを撒いて屋台のテントの後ろに二人は隠れた。


「その浴衣……芽榴ちゃん?」


 自分の腕を引いていた狐の面の少女が立ち止まると、風雅はゆっくり尋ねる。少女はお面を外して風雅に向き合った。


「脱出成功ー」


 そう言ってVサインをする芽榴を見て、風雅は顔を赤く染める。それを隠すように風雅は慌ててしゃがみこんだ。


「蓮月くん?」

「あぁー! 芽榴ちゃん可愛すぎ……」

「はぁ?」


 また変なことを言い出した、と呆れ半分で芽榴は風雅の前にしゃがみこんだ。


「えっと……みんなは?」

「分散しようって。私と蓮月くんがペア」

「マジで!? やばい。オレ、幸運使い果たしてるかもしんない」

「何言ってるの……」


 百面相している風雅を見て芽榴は半目で呟く。


「ね、蓮月くん」

「ん、何?」

「せっかくだし、屋台とか見よう」

「もちろん!」


 風雅は頷いて急いで立ち上がった。芽榴と二人で回れる時間を無駄にはできない。


「あ、ちょっと待った!」


 芽榴は風雅を呼び止めて、彼の腕を引く。振り向いた風雅の頬に触れ、自分の顔の近くに彼の顔を引き寄せた。


「え……芽榴ちゃん!?」

「そのまま行ったらまた同じことでしょ? はい、あげる」


 芽榴は目の前にある風雅の顔に自分がさっきまでつけていた狐の面をかぶせた。


「え、これじゃ……オレかっこ悪くない?」

「一緒に回れなくなるよりマシだと思うけど?」


 芽榴はサラッと告げる。しかし、その一言が風雅には嬉しくてならなかった。芽榴なら「じゃあお面はずして、囲まれてきてください」とでも言いそうなところだ。それなのに芽榴は自分と一緒に回ろうとしてくれている。その事実を喜ばずにはいられない。


 風雅はお面を被っていてよかったと思った。今、自分の顔はどうしようもなくだらしないことになっているから。


「ねぇ、芽榴ちゃん」

「なに」

「手、繋いでいい?」

「いや」

「即答!? この人混みだしはぐれちゃうかも」

「こんな大きいのに、お面つけて歩いてる男の子なんてそうそういないから、見失わないよ」


 やはりいつもの芽榴だ。

 それでもそんな彼女の隣を歩くことができている今は風雅に何一つ不服なんてなかった。

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