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麗龍学園生徒会  作者: 穂兎ここあ
夏休み編
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78 後悔と傷痕

「僕は功利の人生を壊したんです」


 有利の言葉に芽榴は特に反応を示さなかった。有利から目を逸らさず、ただジッと彼を見つめて話の続きを待った。


「僕はこのあいだ言ったように、幼い頃から厳しい稽古を受けてきました。楠原さんはすごいと言ってくれましたけど……それは僕にとって当たり前の、義務でした。でもそんな僕とは違って……功利は純粋に藍堂流の武術を愛していました。功利には後継になる義務はなく、稽古を受ける義務もなかったんです。それなのに功利は僕とともに厳しい稽古をいつも楽しそうに受けていて……でも僕は後継になることに必死で稽古を楽しむ余裕なんてなくて、だから……そんな功利の笑顔を見るのが僕は大好きでした」


 有利はそれを懐かしむように語る。


 有利と同じように木刀を握り、稽古を受ける功利。有利と手合わせをして無邪気に笑う功利。


 有利の口から紡がれる藍堂功利という人物が芽榴の知る藍堂功利とは全然結びつかなかった。


「……僕が小学6年のときでした。琴蔵財閥や東條グループには到底及びませんが藍堂家も武芸の名門、それなりにいい家柄です。そのころから両親は華道と茶道で名を馳せていましたし、その長男である僕はできるかぎり優等生でいる必要がありました」


 確かに、藍堂家ともなればラ・ファウスト学園に行くことも可能な家柄ではある。聖夜ほどとは言わずとも、よい家柄の後継となれば小さいころから全てのことに関して気を配る必要があっただろう。

 それがどれほどの重荷であるかは聖夜と同等の地位にいた芽榴が一番よく分かっていた。


「教師も周りの友達もみんな、僕を慕い、親切にしてくれました。そんな毎日を特に幸せだと思ったことはありません。でも、充実した日々を手放したくはありませんでした」


 有利の声音が変わる。本題に入ることはそれだけで芽榴に伝わった。


「しかし、みんなが僕を慕ってくれていたわけではありませんでした。どの小学校にもいるような『問題児』と言われる人たちは僕を嫌っていました。僕はあのときにはすでに大人の男性相手でも負けないほどの実力はつけていました。でも、僕は体格が並の男子よりも小柄でしたから『実際はそうでもないくせに』と彼らがそんなふうに思っているのは知っていました」


 しかし、有利はそれを気にしていなかった。すべての人に好かれるなんてことはありえないと考えていたからだ。10人いたら9人が有利のことを「いい人」と判断していただろうし、有利自身それでいいと思っていたのだ。


「でも、彼らは僕に直接何かをすることはありませんでした。だから僕は油断していたんです。少し考えれば分かることだったんです。彼らが功利に目を付けることは」


 功利は有利の妹ではあっても、藍堂家の後継ではない。見た目も実際も上品な功利が有利とともに厳しい稽古を受けてきたことはほとんど誰も知らず、予想していた者もいなかった。だからこそ問題児たちは功利をだしにして有利をこらしめようと考えたのだ。


「ある日の放課後に功利と功利の友人と、僕は公園で待ち合わせをしていたんです。僕は掃除当番で少し行くのが遅れてしまいました。そして、待ち合わせ場所に僕が着いたとき……そこには功利がただ一人階段の下で倒れているだけでした」


 そのまま功利は病院に搬送された。

 その場で何があったのかを知る者は功利しかいなかった。しかし、意識が戻った功利は何一つそのときのことを喋ろうとはしなかった。

 そのままでは何も分からない。分からないまま、医者から突きつけられた現実は残酷なものだった。


「功利の怪我はかなり重症でした。左腕を肩より上にあげることはもう二度とできないだろうと宣告され……。功利は木刀も、竹刀も握ることはできても、二度とそれを振るうことはできなくなりました」


 妹から大切なものを奪ったのは誰なのか。あのとき何があったのかを、有利は知る必要があったのだ。

 有利はあのとき功利と一緒に自分のことを待っていたはずの功利の友人に、何か知らないか尋ねた。

 しかし、その子はいつもの可愛らしい態度とは正反対にこう言った。


『あたしは知らないもん! ゆ、有利お兄ちゃんのせいで、あたしまで怖い思いしたんだもん!』

『僕の……せい?』

『有利お兄ちゃんのこと嫌いな六年生の人たちにいじめられたんだから!』


 有利はその言葉で分かってしまったのだ。功利を階段から突き落としたのが誰なのか、そしてその原因となったのが誰なのかを。


 有利はその後、その問題児たちを見つけ出してすべてを問いただした。


 功利のことをつけていた例の問題児たちは公園にいる功利と功利の友人を囲んで少し痛めつけるだけの予定だった。

 しかし、問題児たちの想像よりはるかに功利は強く、功利は友人を守って問題児を逆に懲らしめてしまった。問題児たちもそこでやめればいいものを、まだ幼すぎたためか、逆上してそのまま功利を階段からつきおとしたのだ、と。


「それを知って、僕は冷静さを失ってしまったんです。僕はそのときはじめて学校の生徒の前で喧嘩をしました。……あの姿で」


 有利と喧嘩し、問題児たちも多少なりとも怪我を負った。まだ幼いと言えど、有利が武芸家であるがゆえに本来そのことも問題にされるところだったが、問題児たちのしたことと功利の怪我の重傷さからすべてがもみ消しになった。


「悔しくて悔しくて……僕は何度も功利に謝って……。功利はそれでも僕のことは責めませんでした。ただ一つ『功利の分まで武の道を極める』と、それだけを功利は願いました」


 芽榴が自分の頑張りを褒めてくれた。それはとても嬉しいことだった。

 しかし、有利にとって武道は後継になるため、そして功利のためのものだった。


「僕はやっぱり……楠原さんに褒められるような人間じゃないんです。功利があんな風になったのは僕のせいで、楠原さんに嫌な思いをさせたのも僕のせいです。功利は僕のせいであんな目にあって……僕のそばにいる人間が怖いんです」


 有利はそういって苦しげに目を閉じた。彼は本当に自分を責めていた。


 そこまで聞いて芽榴は考え込んだ。

 もしも、本当にそうなら功利は颯たちのことも受け入れられないはずだ。仮に芽榴と知り合うずっと前に功利と役員たちの距離が縮まっていたのだとしても、功利の行動すべてが有利のせいだとは思えなかった。


「功利ちゃんは……藍堂くんのせいなんて思ってないと思うよ」


 芽榴は知らず、そう口にしていた。口にしてハッと気がつき口を押さえた。


「え?」

「え、あ……えと、私は功利ちゃんのことあんまりよく知らないけど……。でも、功利ちゃんが私に言ったことは別に間違えてなくて……全部藍堂くんのためって感じがしたよ」


 芽榴は功利との会話を思い出しながら有利に告げる。


「だから、私のことも藍堂くんのせいじゃない」


 芽榴はまっすぐ有利を見つめた。

 何の確証もない。しかし、芽榴の言葉には有無を言わさぬ説得力があった。


「楠原さん……」


 有利は大きく息を吐いて微笑んだ。

 芽榴の言葉をすべて信じてもそれが真実とは限らない。それでも有利は芽榴の言葉で救われた気がしたのだ。


 芽榴に話してよかった、と。


「藍堂くん。ありがとう」

「何が、ですか?」


 突然の芽榴からの感謝の言葉に有利は驚いていた。

 芽榴は少し困ったように笑いながら言った。


「藍堂くんは功利ちゃんの嫌がることしたくないでしょ? それでもこうやって私のそばにいてくれて……こんな大事なことまで話してくれて、ありがとう」


 芽榴が頭を下げようとするのを有利が制した。有利は芽榴の両肩を握り、今度は自分から芽榴にちゃんと向き合った。


「楠原さんは功利の思っているような人じゃありません」

「それは……分からないよ?」

「僕はそう思ってます」


 有利がはっきりと言い切り、芽榴は困ったように笑う。有利は芽榴の肩に触れたまま、言葉を続けた。


「……楠原さん、もうひとつ言っておきたいことがあったんです」


 芽榴は真剣な顔の有利に、首を傾げてその先を言うように促した。


「あの事件の後、僕の喧嘩の噂は異常なまでに膨れ上がって学校中に広がり、今まで慕ってくれていた人たちが皆、僕のそばからいなくなって……僕は孤立しました」


 それが悲しくて、通常時の自分と武道スイッチの入った自分、どちらも受け入れてくれる人を求めるように、有利は麗龍へ来たのだという。


「それでも、あの役員のみんなでさえ僕の姿を初めて見たときしばらくはぎこちなかったし慣れるのに時間がかかっていました」


 それでも来羅を除く3人は有利から離れることはなく、それが嬉しくて有利はそれからずっと彼らと一緒に学園生活を送るようになった。


 そしてそれから数ヶ月後、来羅と出会い、その数年後、芽榴に出会った。


「僕は半ばヤケクソだったんだと思います。神代くんや蓮月くん、葛城くんも柊さんもいると思えば、誰に何と思われても怖くはありませんでした。だから、トランプ大会前に躊躇なくみんなの前で木刀を振り上げました」


 有利は視聴覚室のスライド越しに生徒会室で暴れていた。芽榴は実際にその現場にいたわけではないが、有利のあの姿を目にした。


「それなのに、楠原さんはあの僕を〝おもしろい〟なんて言って笑い飛ばしてくれたんです。そんな人は僕が人生で出会った中でたった一人あなただけでした」


 有利は芽榴の肩から手を離し、その手を自分の膝へと持って行った。


「お礼を言うのは僕のほうなんです、楠原さん」


 有利はゆっくりとその頭を下げた。


「こんな僕の、そばにいてくれてありがとうございます」


 有利の声が震えている。

 芽榴はそんな彼の姿を見つめ、そして彼の手をキュッと握った。


「当たり前じゃん、そんなの」


 芽榴はヘラッと笑う。


 有利の言葉に潜む深い想いを芽榴はおそらく理解できてはいない。


 それでも、今度こそ大切な人の笑顔を守れるように、強くなりたいと有利は思った。

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