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麗龍学園生徒会  作者: 穂兎ここあ
夏休み編
87/410

75 図星と本音

 朝食を取り終えてしばらくすると、合宿二日目の午前の仕事が始まった。


「芽榴ちゃーん」


 芽榴の隣で仕事をする風雅が涙声で芽榴にすがりついた。

 仕事開始30分、おとなしく仕事をしていた風雅がいきなりいつものように騒ぎ出して芽榴は少々驚いていた。


「どーしたの?」

「ここの数字……覚えてない?」


 そう言って風雅は芽榴にプリントを差し出した。

 風雅がしているのは学園の不備書類の整理らしい。書類に書き忘れている正確な数字や語句を過去の書類等をチェックして書き加えたり書き直したりする作業だ。

 ちょうどこのプリントは夏休み前に芽榴が整理した書類の中にあった項目で、風雅もそれを知っていて芽榴に尋ねているのだ。


「えっと、確かー……」


 芽榴はスラスラと記憶を引き出して不備欄を埋めていく。その様子を惚れ惚れするように風雅は眺めていた。


「さすが、芽榴ちゃん」

「風ちゃん、それズルいわよ」


 出来上がった書類を颯に見せにいく途中の来羅が風雅を見下ろしながら呟いた。


「不備書類の再作成は昔の書類をUSBから引き出せば簡単だろう。自分でやれ、蓮月」

「う……翔太郎クン……」

「風雅。僕はお前に簡単な仕事を回しているつもりなんだが……。芽榴に迷惑をかけるな」

「颯クンまで……。オレにはその一致書類を探すのも大変だということを分かってほしいよ……」

「何か言ったかい?」

「何でもありません!」


 颯の有無を言わさぬ笑みに風雅は背筋を伸ばして返事をする。

 隣の芽榴はそんな風雅を見て、楽しそうに笑った。


「大丈夫だよ。私の仕事、終わりそうだし」

「芽榴ちゃん……!」

「芽榴。その仕事が終わったら次の仕事は準備できてるよ」

「え……」


 つい口を滑らせたことを後悔するように、芽榴の顔が青ざめる。風雅は「ごめん、芽榴ちゃん!」とひたすら謝っていた。


「え、るーちゃん。もう計算終わるの? 早すぎ」


 来羅は芽榴の真横から顔を出し、芽榴の手元の紙を覗き込んだ。来羅との距離は彼の短い髪が芽榴の頬にあたるほどに近い。そんな間近に来羅男バージョンがいることに芽榴も少し緊張してしまう。しかし、そんな芽榴を構うことなく、七桁の計算を暗算でしている芽榴に対し、来羅は「ひゃあ……」と感嘆の声をもらした。ほとんどの計算を暗記して利用しているのだから、芽榴の驚異的な記憶力はさすがだ。


「柊、このUSBは返す。初等部の資料が入ったUSBはあるか」

「あ、うん。ちょっと待って」


 来羅はスッと芽榴から離れて身軽に自分の鞄のところに行き、白いUSBを持って翔太郎のところに行った。

 来羅が離れて芽榴はホッとしたように息を吐いた。


 そして芽榴は机を挟んで目の前に座る有利の姿に視線を移した。

 有利のペンは先ほどからずっと動いていない。しかし、視線は書類のほうを向いている。


 有利はいつもなら途中でみんなの会話に入ってくるし、ペンが停止するほど書類に手こずることはなかったはずだ。


 芽榴が不思議に思っていると、ちょうど顔をあげた有利と目があった。


「あ……どうか、しましたか?」

「……藍堂くん、もしかして具合悪い? 朝食のときから元気なかったけど」


 芽榴は心配そうに首をかしげた。

 有利は元気なときこそあまりないが、今朝からあまり口を開かないなと芽榴は少し気にしていたのだ。

 芽榴の言葉を聞いて、風雅も有利のことを心配そうに見つめた。


「有利クン、体調悪いの?」

「い、いえ。そんなことありませんよ」


 有利が両手を振って否定すると、風雅も芽榴も安心する。


「蓮月、貴様のほうこそ少し具合が悪いほうが静かでいいと思うが」

「翔太郎クン! さりげなくひどいよ!」


 隣で騒ぎ出した翔太郎と風雅を放って芽榴はため息まじりで書類に目を向けた。


「あの……楠原さん」

「んー? 何?」


 芽榴は上目で有利を見る。芽榴の視線を受け、有利は少し躊躇しながら口を開いた。


「功利は……どうですか?」

「……どうって?」


 芽榴が聞き返すと、有利は目をそらしながら言った。


「いえ……あの、ちゃんと……役に立てているかと思いまして」

「うん。丁寧にしてもらってるよー」


 ぎこちなく応える有利に颯が視線を向ける。芽榴はその視線を察し、何事もないように返事をした。


「功ちゃん、気が利くものね」

「お茶も美味しいし、綺麗だし! でもオレは芽榴ちゃんが1ば……」

「貴様は黙って仕事をしろ!」

「ひーっ!」


 そんなみんなの会話を聞いて、芽榴は笑い、有利は複雑そうな顔をする。颯はそれからしばらく何事かを考え込んでいた。










 午前の仕事が終わり、芽榴はいったん自分の部屋に戻る。一人で廊下を歩いていると、自然と綺麗な庭に目がいった。


「手入れされてるなー……」


 池にも地面にも木々の葉一つ落ちていない。常に誰かが掃除をしている証拠だ。


 そんなことを思いながら廊下を渡っていると、庭の掃除をする人影――功利の姿が視界に入った。




――功利は……どうですか?――




 先ほどの有利の発言が気になっていた芽榴はそこにあったスリッパを借りて庭に降り、功利の近くへと寄った。


「功利ちゃん」

「……! 楠原さん……どうしたんですか?」


 功利はすごく驚いたらしく、目を丸くしていた。庭箒を手にしたまま、功利は体ごと芽榴のほうを向いた。


「綺麗なお庭だよね。いつも、功利ちゃんがお手入れしてるのー?」

「ええ」

「すごいね、こんなに広いのに」

「別に、当然のことですから」


 功利は突き放すように言う。芽榴は困ったように頬をかいて、もう一度功利に話しかけた。


「えっと、何かお手伝いすることある?」

「ありません。楠原さんはお客様で、生徒会の仕事もたくさんあるのでしょう? こちらは別に困っていませんからお気になさらないでください」


 功利は冷たく言って再び箒で庭を掃除し始めた。

 功利のはっきりとした拒絶に芽榴は苦笑いする。そんな芽榴の様子が気に障ったのか、功利は芽榴に厳しい視線を向けた。


「私が楠原さんに少し文句を言ったからといって、別に私の機嫌取りまでしなくていいんじゃないですか?」

「確かに、機嫌取りと言われたらそうなんだけど……。でも」

「私は楠原さんが嫌いなんです」


 芽榴の言葉を遮り、功利が淡々と告げる。

 余りにも直球で言われたため、芽榴は一瞬目を見開いて固まっていた。

 そんな芽榴の様子を見て、功利は言葉を続けた。


「私、嫌いなんです。兄様や颯さんたちに好かれようと取り繕う人たちって。結局理想と違えば、手の平を返して……自分勝手に振り回して、そんなのおかしいじゃないですか」


 功利はまるで芽榴を責めるかのようにして言う。芽榴が何も言わないで、ただ功利のことを見つめていると、功利はフッと笑った。


「兄様を含め、颯さんたちは天才なんです。あんなに素晴らしい方々とあなたが一緒にいられるのは……たまたまあなたが人より要領がよくて、あなたが一緒にいても害がないと判断されたからにすぎないということ、お分かりですか?」

「……」

「だから兄様たちから少し気に入られているからといって自惚れないでください」


 功利の強い言葉が芽榴に刺さる。それでも芽榴は苦笑したまま、少し俯いて口を開いた。


「自惚れてないよ」

「え……」

「いつ、みんなの隣にいられなくなってもおかしくないって思ってるよ。だって私はいつも適当で、功利ちゃんの言うとおり、人より少し要領がよくて偶然みんなに気に入られただけだから」


 芽榴は悲しそうに笑った。

 功利の台詞は芽榴自身がずっと考えていたことを見透かしているようだった。


 どうして知り合って間もない自分がみんなに気に入られたのか。

 考えれば考えるほど、それは『偶然』の一言に変わっていった。

 功利に言われなくても芽榴は自分で分かっていたのだ。それでも実際に言葉にされるのは辛いものがあった。


「でも、だからこそ取り繕うんだよ。みんなのそばにいたいから。私が切り捨てるなんて絶対ないよ」


 芽榴は歪んだ功利の瞳から目を逸らすことなく告げた。


「そんなの、分からないじゃないですか」

「分かるよ。だって私のことを本当の意味で受け入れてくれたのはみんなが初めてだったから」


 そのとき初めて功利が言葉に詰まった。芽榴はただ変わらず功利を見つめていた。その瞳を見れば、芽榴が嘘をついているかいないかは明白だった。


「だからね、功利ちゃんの言ってることに異論はないし、ほとんど正しいんだけど……。私のみんなへの気持ちだけは否定しないで」


 最後のその一言だけ、芽榴は強い声音で言った。功利に何と思われていても、それだけは誤解してほしくなかったのだ。


「邪魔してごめんね。掃除がんばって」


 芽榴は功利に背を向けようとした。すると、功利が箒をグッと握りしめ、小さな声で呟いた。


「……何なんですか」

「え……」

「いきなり現れて、兄様のこと笑顔にして……。私は何をしても何を言っても兄様を責めることしかできないのに……どうして……」

「……功利ちゃん?」


 突然、功利が震える声でそんなことを言う。芽榴は戸惑いながらも功利を気づかうようにその手を伸ばした。


「触らないでください!」


 ドンッ……バシャッ


 勢いよく突き飛ばされ、芽榴は背後にあった池の中に尻餅をつき、その水飛沫でびしょ濡れになってしまった。


「ひゃあ……つめた」

「何をしてるの?」


 水の冷たさはどこかに消えていく。廊下のほうから聞こえた声に目を丸くした。声の持ち主が誰かなど、振り向かずとも分かる。

 その人物と向かい合っているのだろう功利の顔は色をなくしていた。


「颯さん……あの、これは……」

「功利」


 颯の冷たい声が響く。顔を見なくとも、颯がどんな顔をしているのか、芽榴には分かってしまった。


「神代く……」

「また……私ばっかり、悪い子みたいに……」

「え……」


 功利の小さな声が芽榴の耳に届く。芽榴が目を見開くのと同時に、功利は芽榴と颯から逃れるように背を向け、家の中に走り去った。


「芽榴!」


 功利の後を追おうとした芽榴の腕を颯が引いた。


「神代くん」

「夏だからって濡れたままで風邪をひかない保証はないよ」


 颯はそう言ってジーンズのポケットから取り出したハンカチを芽榴に手渡した。


「ありがと……」


 芽榴は苦笑する。あの現場を最も見られたくないと思っていた人に見られてしまったからだ。


「功利は有利と同じで、感情の起伏はあまり激しくない子だと思っていたけど……。功利と何があったんだい?」

「……たいし」

「『たいしたことじゃない』なんて台詞は受け付けないよ」

「……」


 先に逃げ道を塞がれてしまう。颯の口調は優しいが、譲歩する気がないことは彼の目を見れば分かる。


 芽榴は深呼吸をして口を開いた。


「功利ちゃんに……図星を指されて、少しムキになっちゃっただけ。功利ちゃんは悪くない」

「悪くなくても、芽榴を池に突き飛ばすのはやり過ぎだと思うよ」


 普段穏やかな功利がやり過ぎる。だとすれば、芽榴が余程ムキになってその〝図星〟に対して反論したということになる。しかし、颯にはそんな芽榴の姿など想像もつかない。その図星が何なのか、気にならないはずがないのだ。


「……芽榴」

「神代くん」


 芽榴は颯の顔を見上げた。

 芽榴が呼びかければ、颯は「何だい?」と首を傾げ、柔らかい表情で見つめ返してくれる。


 颯だけじゃない。風雅も翔太郎も来羅も有利も、みんな同じように見つめ返してくれるだろう。


 この優しさが偶然だと思うには、彼らの存在が芽榴の中で大きくなりすぎていた。


「新学期の初めの頃、神代くんと初めて話したときのこと……覚えてる?」

「もちろん。雨の日で、芽榴が傘を借りに生徒会に来て……。オセロをして、僕は芽榴に勝てなかったんだ」


 颯は悔しそうに、でもどこか懐かしそうに告げる。

 そんな颯の顔を芽榴は複雑な表情で見つめた。


「もし……あのとき私が神代くんに負けていたら」




――あんなに素晴らしい方々とあなたが一緒にいられるのは…たまたまあなたが人より要領がよくて、あなたが一緒にいても害がないと判断されたからにすぎないということ、お分かりですか?――




 ハンカチを握る手に力が入る。

 これ以上、上手い言葉なんて見つからなかった。


「今ここにいるのは私じゃなかった?」

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