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麗龍学園生徒会  作者: 穂兎ここあ
夏休み編
86/410

74 兄と妹

 夜が明けた早朝の道場。

 竹刀を振る音が一つ木霊する。

 たった一人で作り出す音は何十人もが統一して素振りをしているのかと思わせるほどに力強い。


 そろそろ他の門下生の稽古の時間になる。有利は竹刀を元の場所へ戻した。


「兄様」


 有利が道場の掃除を終えた頃、淡い黄色の着物を身に纏った功利が道場に顔を出した。どうやら有利にタオルと水を持ってきてくれたようだ。


「ありがとうございます。もう皆さん、起きていますか?」

「はい。兄様の支度ができ次第、みなさんで朝食をとると颯さんがおっしゃっていました」

「そうですか」


 有利は汗で顔に張り付いた前髪をかきわけて自分の顔を拭った。

 その汗の量からして、いつものように一生懸命稽古をしていたことが伝わる。

 功利は有利の姿を複雑そうに見つめ、彼に背を向けた。


「……兄様」

「はい」


 有利は功利に振り返る。功利が俯いていることが後ろから見ている有利にも分かった。そんな功利の様子を不思議に思った有利は首を傾げた。


「功利、どうかしましたか?」

「……兄様は昔から道場に部外者をいれたことはありませんでした」


 功利がそう言うと、有利は何も答えなかった。有利が何も言わないでいると、功利はそのまま口を開いた。


「でも、昨晩……兄様は楠原さんを道場にいれましたよね」

「……はい」


 少しの間をおいて返事をした有利に、功利はあからさまに顔を歪めた。


「どうしてですか」

「……稽古が終わった後、ちょうど楠原さんがいたので。外で待たせるのも悪いと思いましたから」


 有利が平然とした顔で理由を述べると、功利は唇を噛んだ。


「兄様、楠原さんのことは颯さんたちよりも特別扱いしてませんか?」

「そんなつもりはありませんよ。ただ、楠原さんは役員の中で唯一女性ですから……」


 有利がそこまで言うと、功利はフッと鼻で笑った。


「兄様も懲りませんよね」

「……どういう意味ですか」

「今まで兄様に近づいてくる人間がどうだったか、お忘れですか?」


 功利が有利を睨む。

 有利には功利の言いたいことが分かる。功利の気持ちを分かっているからこそ、有利は功利の鋭い視線からも逃げることができないのだ。


「忘れるはずありませんよ」

「それなら……」

「ですが、神代くんや葛城くん、柊さんも蓮月くんも今までの人とは違いました。功利もそれは分かっているはずです」

「分かっています。でも、楠原さんが颯さんたちと同じような人間だとは思えません」


 功利ははっきりと言い切った。しかし、有利はその発言にだけは強い声音で言い返した。


「功利は楠原さんのことを誤解しています。楠原さんは違います」


 有利がまっすぐ功利のことを見つめて言う。功利はその視線に耐えられず、顔をそらした。


「兄様は……何も分かっていません。私は……もう二度と、兄様にあんな思いはしてほしくないんです!」

「功利」


 逃げようとする功利の腕を有利が掴む。しかし、功利は思い切りその腕を振り払った。


「兄様がそこまで言うなら、楠原さんのことを信じるも信じまいも兄様の好きにすればいいです。でも、それでも……」




――兄様が私の分まで武の道を極めてくれれば、それで十分です――




「私との約束だけは守ってください」


 功利はそう言って、道場を出て行く。すると、稽古のために道場にやってきた祖父とぶつかりかけた。


「功利、どうしたんじゃ? 有利の手伝いかの?」

「爺様。兄様に連絡を伝えにきただけです。失礼します」


 笑いかける祖父に、功利は淡々と告げて出て行った。


「功利め、えらく気が立っとるのぉ。わし、何かしたかの?」

「いいえ。僕のせいです、すみません」


 有利は祖父に頭を下げた。


「なんじゃ? ふぉっふぉっ。木刀振り上げて怒鳴りでもしたんじゃろ? 有利、お主の二重人格は怖いからのぉ」


 祖父は楽しげに笑うが、有利は顔を曇らせたままだった。


「おじいさん……。人を信じようとすることは間違いでしょうか」


 どこか呟くような声音で言葉を綴った有利の姿を見て、祖父は小さくため息を吐いた。


「人は他人に助けてもらわにゃ何もできん。人を信じずに生きるなんて辛いだけじゃよ」

「……功利は五年前のあの日から、ずっと辛い思いをしているんですよね……」


 俯いた有利の顔に、湿った髪がパサリとかかる。顔は見えずとも、有利の弱々しい声だけで彼の思いが祖父には伝わるのだ。


「有利。過去に囚われてては前に進めん。功利のことは、功利自身で何とかするしかないのじゃよ」

「僕に、そんなこと言えるわけないじゃないですか……」


 有利は悔しそうな声で言った。


 かつて、無邪気に笑っていた功利はもういない。彼女からあの笑顔を奪ったのは有利といっても過言ではないのだ。


「有……」

「おじいさん。皆さんを待たせては悪いので、僕も……これで失礼します」


 有利は祖父を颯爽と横切り、道場を出て行った。

 

「……困った孫たちじゃのぉ」


 祖父は有利が去った後を眺めながら困ったように呟く。


「芽榴坊がどう出るか……じゃな」


 それでもどこか楽しげに、有利の祖父は木刀を手に取った。

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