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麗龍学園生徒会  作者: 穂兎ここあ
夏休み編
82/410

70 負けず嫌いと負け知らず

 部屋を出た芽榴はしばらくお世話になることの礼と今たどり着いたことを颯に伝えるため、有利の祖父の部屋に向かった。


「失礼します。楠原です」


 部屋の前までやってきた芽榴が障子の前でそう告げると、中から颯の声が響いた。


「芽榴、お疲れ。入って」

「はーい」


 颯の言葉を聞いて、芽榴はゆっくりと障子戸を開けた。

 部屋の中にはいつものように芽榴を見てニコリと微笑む颯と碁盤の前で唸り声をあげる有利の祖父の姿があった。


「お邪魔じゃない? 出直そうかー?」

「ううん。もう終わるよ」

「終わらんぞ! まだどこかに手が……」


 そう言って有利の祖父は碁盤を真剣に見つめる。颯は困り顔でその様子を見た。


「残っていませんよ。おじいさんの負けです」


 颯にもう一度言われ、有利の祖父は畳を叩きながら悔しそうに叫んだ。


「きーっ! 完璧少年、老人は労らにゃならんのじゃぞ!」

「わざと負けたらもっと怒るでしょう?」

「むむむ。リベンジじゃ!」


 有利の祖父が目を輝かせて言うと、颯は肩を竦めた。


「またですか?」

「わしが勝つまでじゃ!」


 机を叩き、鼻息荒く有利の祖父が言うと、颯はため息をついて芽榴に目をやった。


「芽榴」

「ははは。神代くん、頑張ってー」


 颯の視線の意味が分かった芽榴は話を切り上げようとした。しかし、そんな芽榴の意図をさらに察した颯は楽しそうに笑った。


「おじいさん、芽榴が相手になるそうです」

「ちょ……」

「おぉ! 夢中になっとって気づかんかったわい。久しぶりじゃのお?」


 有利の祖父が芽榴の存在に気づき、声をかける。芽榴は当初の予定通り有利の祖父に今回お世話になることの礼を告げた。


「ふぉっふぉっ。なぁに、嫁女を泊まらせるのは当たり前じゃろ? 有利とは最近どうじゃ?」

「どうじゃと言われましても……」

「おじいさん」


 芽榴のことを『嫁女』と呼ぶ有利の祖父に対し、颯は満面の笑みで口を開いた。


「有利の相手は有利本人が選ぶものですよ」

「もちろんじゃ。有利も満更じゃなかろう?」

「……。とにかく、その『嫁女』という呼び方はやめていただきたいですね」

「ふむふむ。しかし、本人が嫌がっていなければ問題ないと思うのじゃが?」

「芽榴もその呼び方は嫌だと言っています」

「え?」


 言った覚えがない芽榴が間抜けな声を出すと、颯が満面の笑みのまま「何?」と芽榴に向かって首を傾げる。悪寒がした芽榴は「いえー、何もー」と言ってハハハハハと意味もなく笑った。


「ほお。でも、わしはこう呼びたいからのぉ」


 そう言って有利の祖父は困った顔をして颯の様子をチラとうかがう。

 颯は少し不服そうに顔を歪めた後、何かを思いついたようにいつもの笑みを浮かべた。


「じゃあ、おじいさんが芽榴に囲碁で勝ったらそう呼んでもいいですよ」

「えー……」

「ふぉっふぉっふぉっ。そりゃ楽しそうじゃの。言っておくが、わしは完璧少年以外に負ける気はせんぞ?」

「なら、おじいさんに得な賭けです。どうですか?」

「ふぉっふぉっ。いいじゃろう」

「私の意見は無視ですかー」


 芽榴抜きで勝手に話が進み、芽榴は目を細める。


「芽榴」


 芽榴が有利の祖父の向かい側に移動しようとすると、颯が芽榴を自分のほうへ手招きした。

 颯のそばに行った芽榴が首を傾げると、颯は芽榴の耳元に口を寄せて囁いた。


「負けたら、お仕置きだよ」

「……」


 負けたときのことを考え、芽榴は青ざめた。『お仕置き』と称される殺人的な仕事の山を渡される風雅の姿をよく見ている芽榴は絶対に負けたくないと思うのだった。



 それから芽榴は有利の祖父と渋々囲碁をすることになった。

 もちろん勝たなければ後が怖いので、この勝負は芽榴の圧勝だった。


「負けるのは悔しいのぉ。しかし、お主は囲碁もできるのじゃなぁ……。ますます有利の嫁にしたくなったわい」

「おじいさん」

「おぉ、分かっとる。そんな怖い顔をせんでくれ。そうじゃなぁ……今度からは『芽榴めるぼう』とでも呼ぼうかのぉ?」


 颯がすごい形相で睨むため、有利の祖父は苦笑しながら芽榴に尋ね、芽榴も苦笑しながら頷いた。


「負け知らずの完璧少年がムキになることもあるのじゃなぁ。楽しませてもらったわい」

「神代くんは意外と負けず嫌いですよ? おじいさんと一緒で」

「芽榴……。僕が負けることがあるのは芽榴が相手のときだけだよ」

「ふぉっふぉっ。なるほどのぉ」


 有利の祖父は何かを納得したように頷いた。


「それじゃあ、僕たちは仕事があるので失礼します。芽榴、行くよ」

「はーい」


 颯は芽榴の腕を引き、有利の祖父の部屋を出て行こうとした。


「完璧少年。ちと、こっちに来てくれるかのぉ?」


 有利の祖父が颯を引き留め、芽榴は廊下で颯が来るのを待った。


「なんですか? おじいさん」

「完璧少年、ここにおるあいだは芽榴坊から目を離さんほうがよいぞ」

「……?」

「じゃないと、わしが有利の嫁に勧誘するからじゃ!」


 そんなことを言ってふぉっふぉっと有利の祖父は笑う。

 颯は困った顔をして有利の祖父の部屋を出て行った。


「芽榴坊はイイ子じゃが、世の中にはイイ子をイイ子と認めることができん者もおるからのぉ」


 部屋に一人残った有利の祖父はそんなことを呟いた。









「おじいさん、話は何だったの?」

「芽榴を有利の嫁に勧誘すると言っていたよ」

「あー……」


 芽榴が半目で笑う。そんな芽榴を見て颯は少し悲しそうな顔をした。


「さっきはあんなことを言ったけど、もし本当に芽榴が僕じゃない誰かを選んだら僕に止める権利はないんだ」

「……?」


 芽榴が意味が分からないと首を傾げると、颯は芽榴の頭を撫でて笑った。


「まだ、これは先の話だろうけどね」

「神代くん?」

「行こうか」


 颯はいつものように優しく芽榴に笑いかけ、皆が待つ仕事部屋へと向かった。

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