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麗龍学園生徒会  作者: 穂兎ここあ
夏休み編
81/410

69 麦わら帽子と藍堂家

 夏休みも残すところ、一週間余りとなった。

 人々は宿題に追われたり、残りの休日を遊び尽くして満喫したりしている。


 そんな中、涼しげなワンピースを着た芽榴は早朝から台所に入り浸っていた。


「お母さん、おかずは一食分ずつ小分けして冷凍してあるから、圭とお父さんにそれを出してあげてねー」


 芽榴は冷凍庫にジップロックを詰め込みながら後ろにいる真理子に言う。


「芽榴ちゃん」

「なにー? さすがにレンジは使えるでしょ?」

「当たり前よ! ひどいわ、芽榴ちゃん」


 そう言って真理子は拗ねたふりをし、そしてすぐに芽榴のほうに向き直った。


「そうじゃなくて……ね。私たちのことは気にしないで楽しんできてね」

「楽しむっていってもお仕事ばっかりだと思うよー」


 少し多めの荷物を抱えながら芽榴は苦笑する。そんな芽榴を見て、真理子は盛大に溜息をついた。


「合宿なんて、名目であることがほとんどよ? それにあのメンバーなんだし、少しも遊ばないなんてありえないわ」

「そんなものなの?」

「そんなものよ」

「ふーん」


 気のない返事をしながら、芽榴は玄関へと向かう。そして芽榴は最後に顔だけ真理子のほうに向け、笑った。


「いってきまーす」

「いってらっしゃい」


 今日から、生徒会合宿が始まるのだ。











 芽榴以外の役員たちは何度か訪れていて有利の家を知っているため、現地集合。有利の家を知らない芽榴は学園の近くのバス停のところに有利が迎えに来ることになっていた。

 芽榴は少し大きいバッグを地面に置いて、背後にある石壁に背を預けて有利のことを待っていた。

 芽榴がバス停に着いて数分後、待ち人は小走りでその場に現れた。


「楠原さん!」


 日除けのため、麦わら帽子を深くかぶっていた芽榴はその声を聞いて、人差し指で帽子を軽く持ち上げ、笑みを見せた。


「藍堂くん。暑いんだから、そんなに走らなくてよかったのにー」


 芽榴の元にたどり着いた有利の白い肌に汗が浮き出ているのを見て、芽榴は困ったように言う。


「いえ、少し家を出るのが遅くなってしまって。暑い中、待たせてしまってすみません」


 有利は少し息切れしながら頭を下げる。芽榴にとってはわざわざ迎えに来させてしまって申し訳ないと思っているくらいだ。それなのにこんなふうに謝るのは彼らしいところなのだが。


「はい、顔あげてー。待ち合わせ時間まであと五分あるんだよ? 私が早く着きすぎちゃっただけー」

「ですが……」

「ですが、は聞きませーん。それより早く行かないと遅れて皇帝様に怒られちゃうよー」


 芽榴がカラカラと笑いながら言う。芽榴の発言も正しいため、有利は渋々顔をあげ、芽榴を連れて自分の家へと向かうことにした。


「楠原さん。荷物持ちます」

「え? いーよ。重くないし」

「いいえ、これだけは譲れません」


 有利は芽榴の手からサッと荷物を受け取る。芽榴も何度か仕事を手伝ってもらっていて思い知っているが、有利は男子にしては華奢な体格なのに力は並の男子の倍以上ある。軽々と芽榴の荷物を持つ有利を見て、芽榴はクスリと笑った。


「どうかしました?」

「ううん、力持ちだなーと思って」

「からかわないでください」


 表情は相変わらず薄いが有利の頬が少し赤く染まる。そんなことなど知らない芽榴は呑気に有利の隣を鼻歌を歌いながら歩いた。










 有利の家は電車やバスを使うほど遠くはないらしく、二人は歩いていた。

 夏休みの会わないあいだ何をしていたか、二人はそんなことを話しながら目的の場所まで向かう。しばらく歩き、立派なお屋敷の門の前で二人は立ち止った。


「話には聞いてたけど……ご立派なお家、デスネ」


 芽榴は目を細めて有利の家、美しい庭園の奥に建つ由緒正しい雰囲気の日本家屋を見つめた。


「一応、名門らしいので……家柄のある御弟子さんも多くいらっしゃりますし、建前ですよ」

「建前でこんな素晴らしいお家は建ちませ……」

「芽榴ちゃーん!」


 芽榴と有利が門の前でそんなやり取りをしていると、ハイテンションな男子が有利の家の玄関口から飛び出してきた。

 芽榴は「ひっ」と声をあげて有利の後ろに隠れた。その際に思い切り有利の背中にしがみついたため、さすがの有利も驚いて目を丸くする。


「あ、ごめん。藍堂くん。服のびちゃうね」

「いえ、それは別に、いいですけど……」

「有利クン! よくない! 離れて!」


 有利が顔だけ後ろを振り向くと、芽榴との距離が一層近くなり、それを見た風雅は青ざめた顔で暴れはじめた。


「こんなあっついのに風ちゃんってば元気ねー」

「騒げばもっと暑くなるというのに騒ぐなど、馬鹿にも程があるだろう」


 風雅と共に芽榴と有利を出迎えにきた来羅と翔太郎が玄関先の日陰でそんなことを呟いていた。

 玄関の壇に座っている来羅はいつものように女の子の格好をしている。戸に背を預ける翔太郎と並んで見ると、やはり二人はお似合いだ。

 そんなふうに考えていた芽榴は手を振りながらまだ姿を見てない人物のことを尋ねた。


「神代くんはー?」

「有ちゃんのおじいちゃんのお相手ー」

「またおじいさんは……」


 来羅の言葉を聞いた有利が盛大にため息をつくと、その意図を察した翔太郎がすぐさま付け加えた。


「神代自ら、囲碁に付き合ってる。気にする必要はないと思うが」

「有利クンのじいちゃん、負けず嫌いだよね。颯クンにあの手の遊びで勝てるとかありえないのに」

「あははー」


 風雅のいう『あの手の遊び』で颯に勝ったことのある芽榴は苦笑する。目の前の有利は自分の祖父の大人気なさに改めてため息をつくのだった。

 結局有利から引き剥がされた芽榴は風雅に手を引かれて玄関まで連行された。芽榴が玄関に到着すると、先に玄関に入った有利が少し大きな声で誰かを呼び出した。


「お呼びですか?」


 綺麗な声でそう言い、登場したのは着物姿の可憐な少女だった。


 漆黒の長い髪に白い肌、黒い大きな瞳に長い睫毛。来羅と互角に可愛らしい女の子の登場に芽榴は目をパチクリさせた。


「あ、もしかしてこの方が……」


 芽榴を見た瞬間、その少女は何かを理解したかのようにそう呟いて有利を見た。


功利こうり。こちら、楠原芽榴さんです」

「あ、楠原芽榴です。よろしくお願いします」


 芽榴はよく分からないが、有利の家の人であるその少女に頭を下げる。

 すると、その少女は完璧な笑顔を芽榴に向け、口を開いた。


「藍堂功利といいます。兄様と爺様からお話は聞いていました。今日から数日ですが、こちらこそよろしくお願いします」

「…兄様?」


 功利の発言で引っかかった言葉を呟き、芽榴が有利を見ると、有利はゆっくりと頷いた。


「功利は僕の妹です」


 びっくりしすぎて声もでない芽榴を見て、風雅は「可愛い!」と芽榴に抱きついた。


「蓮月、虫唾が走る。やめろ」

「でも、るーちゃんが驚くのも分かるわ。有ちゃんと功ちゃん似てないもの」


 全体的に色素の薄い有利に比べ、功利は髪や目は真っ黒なのだ。確かに似ていない。

 しかし、芽榴が驚いているのは有利にこんな可愛らしい妹がいたということだ。


「そりゃあ、目もおかしくなりますよねー」


 こんな美少女と毎日顔をあわせ、学校では来羅と一緒にいて、美少女の感覚が壊れるのも無理はない。だから、たまに私のことを可愛いと言うことがあるのだろう、と芽榴は一人納得するのだった。

 

「ということで、楠原さん。何かあったら功利に相談してください。役員に言いにくいこともあるでしょうし」


 有利は少し表情を柔らかくして芽榴に言う。そんな有利の顔を見て、功利は少し目を細めた。


「楠原さん。お部屋はこちらになります」


 微笑んで案内する功利に芽榴は並んでついて行った。









 功利の後ろを芽榴はついていく。サイドだけを結った功利の綺麗な髪が芽榴の目の前で揺れていた。


「綺麗な髪、ですねー」

「ありがとうございます」


 功利は前を向いたまま答える。その声音からは嬉しさが感じられなかった。気に障ることを言ってしまったかと思い、芽榴は功利の様子をうかがった。


「あのー……」

「藍堂家の娘として恥じないよう身だしなみには気を付けていますし、当然のことですから」

「あ、ごめんなさ」

「それから敬語はやめてください。私のほうが年下ですから」

「あー……うん」


 功利にとって失礼なことを言ってしまったのかもしれないが予想以上に厳しく言われ、芽榴は戸惑ってしまう。

 明らかに有利や役員たちの前にいたときとは雰囲気が違う気がするのだ。


「ここが楠原さんの過ごすお部屋になります」


 障子戸を開け、見えた部屋は芽榴一人で過ごすには十分すぎるほど広かった。


「あのー、功利ちゃん。私一人なのにこんな広い部屋借りていい、のかな……?」


 芽榴が困り顔でそう尋ねると、功利の眉が一瞬ピクリと反応した。


「え?」

「……兄様が楠原さんは女性ですからと気にかけてこの部屋を」

「あ、そうなんだ」


 有利らしい気遣いに芽榴は苦笑する。その芽榴の顔を見て、功利は鋭い眼差しを向けた。


「毎日一生懸命頑張っている御弟子さんや、颯さんたちでさえこれくらいのお部屋を一人で使うことはありません。なのに、いい御身分ですよね」

「えっと……」


 功利からそんなことを言われ、どうすればいいか考えるが、かといって男子と同じ部屋でいいなどとは言えない。芽榴が返事に困っているのを見て、功利は薄い笑みを浮かべた。


「それ以前に、男性のお家に安易に泊まりに来ることにも疑問を感じていますけど」

「……」

「では、数日間ですがよろしくお願いします」


 ピシャリ


 功利に戸を閉められ、芽榴の手は行き場を失くす。

 功利の言っていることは確かに正しい。それでも初対面でここまで厳しく言われるのはおかしい。


「嫌われてる、かな……?」


 芽榴は大きなため息をつき、頬をパンパンと叩いて、部屋を出て行った。 

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