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麗龍学園生徒会  作者: 穂兎ここあ
夏休み編
80/410

68 デートとバレッタ

 芽榴は図書館で風雅と二人、席に座っている。

 先ほどから風雅のことが気になるのか、女子の視線が痛い。「あの子、彼女かな?」といったコソコソ話もよく聞こえる。芽榴は風雅の宿題を手伝いながら溜息をついた。


「え、間違ってた?」


 風雅は芽榴の溜息に反応して数学のプリントに向けていた視線を芽榴に向けた。答えが間違っているから溜息をついたのだと思ったらしい。


「ううん。そうじゃないよー」


 芽榴が苦笑すると、風雅はやっとその意味を察したらしく、やはり申し訳なさそうな顔をした。


「ごめん」

「仕方ないよ。学園でもそーだし。でも、また一段と有名になってない?」


 図書館であるから、少し小さい声で芽榴は風雅に尋ねた。

 風雅はシャーペンを器用にクルクル回しながら苦笑した。


「うん。夏休みのあいだだけ、モデルのバイトしてるから」

「あー、そういえばさっきファンの子が言ってたね」


 芽榴は思い出してポンっと手を打った。「なんでバイト?」と芽榴が尋ねると、風雅は少し挙動不審になって「なんとなく」と答えた。何かあるなと思ったが、風雅がこういう反応をするときはあまり深く聞いてほしくないときだと分かっている芽榴はそれ以上問い詰めなかった。


「それより、芽榴ちゃんさ」

「何? その問題ならベクトルを使って……」

「そうじゃなくて!」


 少し声が大きくなり、風雅は慌てて口を押さえた。そしてフーッと深呼吸をしてもう一度口を開いた。


「今日、ちょっとオシャレしてくれてる?」


 風雅が遠慮がちに尋ねる。


 今日の芽榴は確かにいつもとは少し違っていた。顔も日焼け止めを塗った程度でやはりメイクはしていない。しかし、服装がこのあいだ舞子に選んでもらった可愛らしいものだった。普段の芽榴ならパーカーとショートパンツという利便性に富んだ服装なのだ。


 風雅がそんなふうに思ったのも当然だ。


「えっと……。似合わないの分かってるけど。蓮月くんはただでさえ目立つから、まともな格好にしようと思ってー……」


 芽榴は直接言われ、少し顔を赤くした。恥じらいながら頷き、消え入りそうな声で風雅に言った。


 そんなことを言われ、風雅の頭がそれ以上正常に機能するはずもなく。


「……芽榴ちゃん、お昼食べに行こうか」


 風雅は額をガンガンと手で叩いて、満面の笑みで言って立ち上がり、さっさと図書館を出て行ってしまった。


「やっぱり変かー……」


 芽榴は少し寂しそうに言う。いつもの風雅なら、「芽榴ちゃん可愛すぎ!」と言って抱きついてきそうだ。でも風雅は何も言わず、それどころか作り笑顔で出て行ってしまった。芽榴はいつもの格好でくればよかったと少し後悔しながら席を立った。












 芽榴は風雅に追いついて、二人で図書館の近くのカフェに行った。


「芽榴ちゃん、何にする?」

「えーっと……」


 風雅がメニュー表を芽榴が見やすいようにして見せる。一つ一つのエスコートの仕方がやはり風雅は手慣れてるなと芽榴は思った。


「あの人、蓮月風雅じゃない?」

「え、嘘! 前の女の子だれ!?」


 やはりここでもそんな会話が聞こえる。芽榴はチラとメニュー表に向けている視線を風雅に向けた。目があい、風雅が「ん?」と首を傾げる。芽榴も風雅がカッコいいことは素直に認めてしまう。


「ううん。これ、カルボナーラ」

「OK。すみません」


 風雅は近くにいた女性定員に声をかけた。定員は風雅を見るなり、顔を赤らめ必要以上に長く注文に時間をかけていた。


「芽榴ちゃん、ごめん。ちょっと席外すね」


 注文が終わると、風雅はそう言って席を立った。

 一人になった芽榴は特にすることもなく、窓の外を眺めていた。


「あれ? もしかして楠原さんじゃない?」


 芽榴は聞き覚えのある声に目を見開いた。瞬間的に声のした方を振り返る。


「うわぁ、やっぱり。超ウケる」


 芽榴の視線の先には濃い化粧に派手な服装の、ギャル、という言葉がピッタリな女子が二人いた。そのうちの一人が芽榴を見てそう言った。


「夏美、知り合い?」


 その隣の女子が怪訝そうに尋ねる。夏美と呼ばれたその女、渡辺わたなべ夏美なつみは鼻で笑いながら頷いた。


「長野にいたころ、小・中一緒だったんだよね。ああ、あんたも東京に進学したんだったね。麗龍だっけ?」

「え!? 麗龍って……すごいじゃん。夏美の友達に麗龍に通っている人いるなんてビックリ」


 夏美の友人は本当に感心したように言う。しかし、夏美のほうは楽しげに怪しい笑みを浮かべていた。


「友達、ねえ……。あんた、友達いたっけ?」


 クスクス笑いながら夏美が言う。芽榴は特に反応を示さない。夏美のことを強張った顔でジッと見ていた。


「香奈。この子、麗龍に通ってるけど大したことないから。勉強できるって言ってもほとんどインチキだし、男子の前ではぶりっ子してるし、友達なんていなかったもんね、あんた」

「え、何それ」


 夏美の友人はまるで夏美を援護するかのような口調で反応する。夏美が芽榴のことを嫌っていると分かって、手のひらを返したようにあからさまな態度を示した。


「だから東京の、しかも麗龍なんて長野の人間じゃなかなか行けない学校に逃げたんでしょ?」


 夏美は机に手をつき、身を乗り出して芽榴の耳元で言った。

 芽榴は目を見開き、とっさに椅子を引いた。


「お待たせ……っていうか、えっと、芽榴ちゃんの知り合い?」


 微妙なタイミングで風雅がやってきた。


「蓮月……くん」


 芽榴は一番現れてほしくないタイミングで風雅が現れたことがショックだった。珍しく芽榴は泣きそうな顔をしていた。


 一方、夏美と香奈は風雅を見て顔を赤らめる。


「も、もしかして蓮月風雅!?」

「ウソ! え、でも、麗龍に通ってるって聞いたかも!」


 二人も雑誌で読んだのか、風雅のことを知っており、もはや興奮状態だった。

 おかげで芽榴は冷静さを取り戻すことができ、いつもの平然とした顔に戻っていた。


「あのぉ、あたし、めるちゃんの友達でぇ、久々に会ってお話したいんだけど……一緒していい?」

「うちもうちも!」


 さっきとは態度もしぐさもまったく違う。男子が好きそうな素ぶりを心得ている。芽榴でさえそう感じるのだ。風雅はなおさらそう思っただろう。


「ラッキー。楠原さん、使えるじゃん」


 風雅が突如そう言い、芽榴はもちろん、その二人も驚いていた。

 風雅はいつもの欠点一つない綺麗な笑顔のまま言葉を続けた。


「言っとくけど、オレに嘘ついても無駄だよ。キミの考えてること、ほとんど分かるから。芽榴ちゃんのこと友達なんて思ってないってことも分かったし。というか、さっき席に戻ろうとしたらキミたちがいて、途中から会話全部聞いてたし」


 風雅がそう言うと、二人は青ざめてしまった。そして香奈という子は咄嗟に弁解しようと口を開いていた。


「この子のこと、悪く言ってたのは夏美だもん! うちは知らないよ?」


 あくまで風雅に媚を売る。夏美は信じられないという顔で香奈を指差した。


「香奈も嫌な態度とってたじゃない!」

「それは夏美にあわせて……!」


 とうとう無駄な口論を始めた二人を風雅と芽榴は冷静な顔で見ていた。このままでは店に迷惑がかかると思った風雅は真剣な顔で口を開いた。


「何にせよ、芽榴ちゃんを傷つけるようなことは言わないでよ」


 風雅が夏美を見て言うと、夏美は顔を真っ赤にして口を震わせた。


「な……! その子かばうなんてありえない! インチキで猫かぶって最低なんだから! 絶対離れたほうが……」

「そうだとしても。オレは芽榴ちゃんと一緒にいるの。オレが決めたことで、初対面のキミには関係ない」


 風雅はそう言って席についた。

 口論が気になったのか、店員が顔を出し、夏美と香奈は顔を真っ赤にして店を出て行った。


「蓮月くん……あの……」


 芽榴が言葉を選んでいると、風雅がいつもの優しい笑みを浮かべた。


「お腹減ったー。まだかな? あ、芽榴ちゃんのカルボナーラも食べさせてね」


 風雅は何事もなかったかのように言葉を紡ぐ。芽榴は一瞬、反応できずにいたが「参ったなー」と呟いて笑った。


「もちろん、あーんって食べさせ」

「却下ー」

「まだ言い終わってないよ!」


 食事がくるころにはいつもの調子が戻っていた。結局、芽榴は風雅の分を皿に取り分けて渡し、風雅は文句を言いながらも嬉しそうにそれを食べていた。


 食べ終わって、もう1ラウンド宿題をしようということで、店を出ることになった。

 レジの前で芽榴が自分の分を支払おうとすると、風雅がそれを止めた。


「オレが払うよ」

「え、ダメだよ。私も払うー」

「宿題手伝ってくれるお礼だと思って」


 風雅はそう言ってさっさと芽榴の分の食事代まで払ってしまった。











 それから二人は五時間ほど図書館にいた。風雅の宿題は芽榴の手伝いのおかげでなんとか終わり、風雅は合宿行きのチケットを獲得した。


 帰り道、風雅はご機嫌だった。断っても聞かないため、芽榴は風雅に家まで送ってもらっていた。


「よかったねー、終わって」

「うん。芽榴ちゃんのおかげ、ありがとう」


 風雅は嬉しそうに笑っている。それを見れて芽榴も満足だった。


「私こそありがとー。ご飯奢ってもらっちゃったし」

「普段、芽榴ちゃんにはお世話になってるんだし、当然だよ」

「そんなものかなー?」

「うんうん」


 風雅は頷いて笑った。そんな風雅を見て芽榴は目を伏せた。


「蓮月くん……」

「何?」

「あの、さ……。昼のことなんだけど……」

「芽榴ちゃんの言いたくないことは言わないでいいよ」


 風雅の声が夕闇に静かに木霊する。芽榴が顔をあげると、風雅は変わらぬ優しい笑みを浮かべていた。


「これ、芽榴ちゃんが前にオレに言ってくれたこと。言いたいことなら全然言ってほしいけどさ」


 体育祭のとき、風雅の彼女予約制度について芽榴は深く尋ねなかった。風雅はそれをありがたく思ったし、芽榴もきっと今回はあのときの風雅と同じ気持ちだろうと思ったのだ。


「今日の蓮月くんは、なんか大人びてるねー」

「たまには芽榴ちゃんにいいとこ見せたいからね」


 こんなことを素直に言ってしまうところが残念であるが、だからこそ風雅といるのを楽しいと思えるのかもしれない。芽榴はそう思った。


「蓮月くん、助けてくれてありがと」

「……オレがそうしたかっただけだよ。芽榴ちゃんにお礼を言われるようなことはしてない」

「それでも、嬉しかったよ」


 芽榴が目を伏せたまま口元を緩める。風雅はそんな芽榴を見て少しだけ頬を染めた。


「芽榴ちゃんって、ほんとに質が悪い」

「えー?」

「何でもないよ、独り言」

「変なのー」


 芽榴はカラカラと笑った。


 そんなことを話していると、芽榴の家が見えてきた。


「芽榴ちゃん」


 家まで五歩くらいの距離のところで風雅は立ち止まった。

 芽榴は「どうしたのー?」と首を傾げ、風雅の近くに歩み寄る。

 すると、風雅は少しぎこちない様子でカバンの中からショップバッグを取り出し、芽榴に渡した。


「え?」

「開けてみて」


 風雅が言うので、芽榴は急いでショップバッグの中を開けた。中には赤いリボンが巻きつけてある白い箱がある。

 その中身を開けると、可愛らしいバレッタがいくつか入っていた。


「え……っと?」

「誕生日プレゼント。役員みんなで腕時計あげたけど、やっぱり個人的に渡しておきたくて」


 風雅が照れくさそうに言う。芽榴は本当に驚いていてなかなか反応できずにいた。


「バイトしてたのもさ、ずっと頼まれてたからなんだけど……。一番は芽榴ちゃんと今日みたいにデートして奢れるようにしたかったのと、誕生日プレゼント買っておきたかったからなんだ」


 風雅は後頭部を触りながら苦笑する。「カッコ悪いから言わないでおこうと思ったんだけど」と溜息をついていた。

 芽榴はそんな風雅を見て、手元のバレッタに目を向けた。そしてバレッタの一つを手に取り、髪の毛につけた。


「どーかな?」


 芽榴が微笑んで風雅に尋ねる。風雅は少し目を見張り、すぐにはにかんで笑った。


「すっごく似合う。その服にピッタリだ」

「服も似合ってるって……思ってたの?」


 芽榴が驚いたように言い、風雅も逆に驚いていた。


「オレ、変って言った!?」

「え、だって……。オシャレしたって言ったら何も言わずにお腹空いたからって図書館出て行ったから。似合ってないのかと……」


 芽榴に言われ、風雅は「あーーーっ」と低い声をもらし、額を押さえて泣きそうな顔をしていた。


「いや、うん。まあ、そうしたけどね」


 ここまで伝わらないものかと泣きそうな風雅に対し、芽榴はまだ分かっていないようだった。

 風雅は観念したように溜息をついた。


「芽榴ちゃん、可愛いすぎるから。格好だけじゃなくて発言もさ……。だから頭冷やそうと思って外に出たんだよ。あのままじゃ勉強どころじゃなかった」


 風雅はそう言ってまた「あー、もうなんでオレはこう颯クンみたいにキメられないかな」と喚いていた。

 そんな風雅を見て芽榴はクスッとはにかんで笑った。


「ありがとー」

「だから、そういうところが……もう……質悪すぎ」


 芽榴が聞き返すと「なんでもない」と風雅は言った。そして芽榴に家に入るように告げる。芽榴は家のドアの前に立ってクルリと風雅の方に向き直った。


「蓮月くん、ありがと。楽しかった」

「それはこっちのセリフだよ。おやすみ」

「おやすみなさーい」


 芽榴はそう言って今度こそドアの向こうに消える。楠原家から楽しげな笑い声が聞こえ、風雅は安心して楠原家に背を向けた。


「よく我慢できたな、オレ」


 風雅は今日一日理性を保っていられた自分を一人でブツブツとほめながら自分の家へと帰るのだった。

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